512話 それぞれの出発
お姉ちゃんが乗る馬車の中を見せてもらう。
すごいと聞いていたので、興味があったのだ。
狙われやすくなるので、外観に華美な装飾は一切無い。
でも、内装がすごかった。
細部にまでこだわった作りで、ちょっと感動してしまう。
「すごいでしょ?」
「うん」
顔合わせの時に馬車を見ているお姉ちゃんは、今日は落ち着いている。
初めて見た日は、帰ってきて早々に馬車のすごさを大興奮で教えてくれた。
どうも、旦那さんの両親がお嫁さんのために用意したらしい。
息子が迎えに行けなくて申し訳ないという気持ちなんだと、エガさんが教えてくれた。
「最初は反対だったけど、今では待ちわびているそうだよ」
ガリットさんが荷物を馬車に積み込みながら教えてくれる。
「お嫁さんをですか?」
「そう。最終的な話し合いで、旦那と両親がハタハ村まで来たそうなんだ。そこで話をしてかなり気に入ったらしい。旦那が怪我した時も、怪我の心配より迎えに行けないほうを心配したらしいから」
それは……旦那さんがちょっと可哀そう。
「おはようございます。今日からどうぞよろしくお願いいたします」
お嫁さんが両親とともに家から出てくる。
「おはようございます。こちらこそ、よろしくお願い致します」
「マリャちゃん。ふふっ、楽しみだね」
「はい」
お姉ちゃんとお嫁さんが楽しそうに話している雰囲気を見てほっとする。
この様子なら旅もきっと楽しめるはず。
そう言えば、お嫁さんの両親は行かないんだろうか?
「どうした?」
「お嫁さんの両親は行かないのですか?」
近くにいたガリットさんに小声で訊く。
「仕事の関係で婚儀に間に合うように行くんだって」
なるほど。
「そろそろ行こうか」
エガさんの言葉に、お嫁さんが馬車に乗り込む。
「マリャ。オール町に行けば俺の師匠が待っているから。師匠に任せれば問題ないからな」
「うん。ドルイド、アイビー。本当に、本当にありがとう」
お姉ちゃんが深く頭を下げる。
「気を付けてね」
「うん。また会えるよね?」
お姉ちゃんの言葉に力強く頷く。
「もちろん。絶対に会いに行く。そうだ、師匠さんは楽しい人だから安心してね」
「ふふっ、分かった」
お姉ちゃんが馬車に乗り込むと、エガさんとガリットさんが御者席に座る。
ランジさんは、馬に乗って並走するみたいだ。
「じゃ、ドルイド。また」
「あぁ、エガ、ランジ。マリャの事を頼むな」
お父さんの言葉にエガさんとランジさんが手を上げる。
馬車が走り出すと、ランジさんがすぐに後を追った。
「行っちゃったね」
「そうだな」
お父さんが私の頭を、ぽんぽんと優しく撫でる。
馬車が門から出て行くのを見送ると、小さく息を吐く。
「大丈夫か?」
「大丈夫。また会えるしね」
そう、寂しくなる必要はない。
また必ず会えるのだから。
よしっ。
あっそう言えば、お嫁さんの名前聞いてないや。
次に会った時にお姉ちゃんに訊こうかな。
……大丈夫だよね?
「お父さん、お姉ちゃんは無事に師匠さんの所へ行けるよね?」
「ジナル、追っ手の様子は?」
お父さんがジナルさんに訊く。
「3日後に、10人ほどがこの町に着くみたいだ。ただ先に2人が明日にはこの村に着く」
追っ手がこの村にいないなら、出ていった事は知られていないから大丈夫だよね。
それにしても、やたら詳しいな。
何処でそんな情報を仕入れてくるんだろう?
不思議だな。
「さて、そろそろ俺たちも準備をするか」
「そうだな」
フィーシェさんの言葉にジナルさんが地面に置いていた荷物を背負う。
お父さんと私も荷物を肩から下げ、準備完了。
「行こうか」
お姉ちゃんを見送ってから少し時間を空けて出発しようという事になっていたが、追っ手がいない今ならいつ出発しても問題ないだろうという事で、すぐに出発することになった。
「そう言えば、地下洞窟はどうなったんですか?」
「あぁ、行方がわからない者の捜索は終了したようだ」
私の言葉にジナルさんが、肩を竦める。
終了したという事は見つかったのかな?
「無事だったんですか?」
「いや、何の痕跡も無いから捜索打ち切り。死亡確定だよ」
死亡。
「家族の下へ帰れなかったんですね」
「というか、偽造カードを使っていた者たちは、誰かもわからないから。家族がいても、知らせる手段がないんだよ。それに、そんなカードを使っているという事は犯罪者だろうから。家族がいない可能性の方が高い」
犯罪者か。
「出発ですか?」
「あぁ、世話になったな」
門番さんとジナルさんたちが親し気に話し出す。
私とお父さんは、ハタハ村から預かっていた許可証を返すとそのまま門から出る。
しばらく待つと、笑いながらジナルさんとフィーシェさんが門から出てきた。
「悪い、待たせた」
ジナルさんたちと合流すると、ハタハ村の隣ハタハフ町に向かって村道を歩き出す。
しばらく歩いて周りの気配を探る。
近くに人の気配はない。
「大丈夫かな?」
私の言葉にジナルさんたちの足が止まる。
ジナルさんも気配を探ってくれたのか、「大丈夫」と言ってくれた。
ソラたちが入っていたバッグの蓋を開ける。
宿では、人の動く気配が途切れることが無く、少し異様に感じたため部屋の中でも少し緊張しながら過ごした。
ぴょんと勢いよく飛び出した2匹。
「ぷっぷぷ~」
「にゃうん」
あれ?
他の子は?
ぴょんぴょん。
「ぺふっ」
「てっりゅりゅ~」
「ここは森だから我慢する必要ないよ」
私の言葉にフィーシェさんが首を傾げる。
「我慢って?」
「泊まっていた宿なんですが、人の動いている気配がずっとしてて、部屋の中でも、思いっきり遊ばせられなかったんです」
「あっ」
私の言葉にフィーシェさんが困った表情になる。
その表情に首を傾げる。
「悪いあの宿……」
紹介したのがジナルさんとフィーシェさんだから、申し訳なく思っているのかな?
お風呂も広くて自由に料理が作れたから、いい宿だったけど。
宿に泊まる客の動きを制限するのは無理なんだし。
「いい宿だと思いますよ」
「ははっ。そうだな」
どうもすっきりしない。フィーシェさんをじっと見る。
それに苦笑するフィーシェさん。
もしかして何かあったのかな?
まぁ、もう過ぎた事だし気にしても仕方ないよね。
シエルがアダンダラに戻ると、私を見る。
「ハタハフ町に行こうと思うの、好きなように歩いていいよ。別にいつまでって決まってないから」
「にゃうん」
嬉しそうに鳴くと、さっそく森の中に入っていく。
「そうだ、相談するのを忘れていた」
シエルを先頭に歩き出すとジナルさんが、肩を竦め私とお父さんを見る。
「何をだ?」
「ハタハ村から、ハタハフ町を通らずにオカンジ村に行ける道があるんだが、どうする?」
ハタハフ町に行かない道か。
そんなに急いで無いし、町に寄ってもいいけどお父さんはどうだろう?
「急いで無いしな。ハタハフ町に寄ってもいいんじゃないか?」
「そうだな。ハタハフ町には美味い団子がある」
フィーシェさんが嬉しそうに笑みを見せる。
そんなに美味しいのかな?
「草餅か? フィーシェは好きだよな」
くさもち?
くさ……草?
草の餅?
美味しそうに思えないんだけど……。
「独特な癖があって美味いじゃないか」
「そうか?」
ジナルさんとフィーシェさんが、草餅が美味しいか美味しくないかで言い合っている。
お父さんは知っているのかな?
「お父さんは知ってるの?」
「あぁ、薬草にもなる草を餅に混ぜ込んでいるんだよ。俺は好きだけどな」
薬草になる草を混ぜ込んでいるのか。
なるほど。
薬草はちょっと癖があるモノが多いもんね。
私も気になるな。




