506話 少しのんびり
マジックバッグを持って嬉しそうにするお姉ちゃんに笑みが浮かぶ。
「お姉ちゃん、そんなに気に入ったの?」
服の時も靴の時も本当に嬉しそうに笑うな。
「自分の物ができると、つい嬉しくなっちゃって」
「そっか」
お姉ちゃんが嬉しいならそれでいいや。
そういえば、これからどうするんだろう?
まだ、決めてないのかな?
「取れたぞ」
お父さんが部屋の鍵を持って、私たちの方へ来た。
「一番上の部屋だ」
一番上?
一番上ってかなり良い部屋だよね?
「お金は大丈夫?」
お父さんの袖をちょっと引っ張る。
「大丈夫。朝ごはんはつくけど夕飯は無し。選べないから宿代が安いんだ」
そうなんだ。
確かに夕飯付きが選べない宿屋は初めてかもしれない。
「あと、シーツの洗濯も各自でして欲しいらしい」
「えっ?」
シーツを自分たちで洗う?
「店主と奥さんが喧嘩中で、奥さんが実家に戻っているらしい」
お父さんの言葉に唖然とする。
まぁ、店主さんにも色々あるからね。
喧嘩……実家……宿を開いていて大丈夫なのかな?
「そうなんだ、早く……仲直りできるといいね」
それ以外にどう言えばいいのか分からない。
部屋は広くテーブルやソファが置いてある。
この広さがあれば、ソラたちも少し遊べるね。
肩から下げていたソラたち専用のバッグを開ける。
勢いよく飛び出してくるソラたち。
「皆、今日はこの部屋に泊まるから、いい子にしてね」
お父さんを見ると頷いてくれた。
「マジックアイテムで声が漏れないようにしたから、声を出しても大丈夫。ただし、大きな声はだめだよ」
「ぷっぷぷ~」
「てりゅ」
「ぎゃっ」
「にゃうん」
「ぺふっ」
何だか順番に鳴かれると、シエルがすごく普通に聞こえる。
スライムとしてはあれだけど。
「アイビー、お風呂に行かない?」
お姉ちゃんがワクワクした表情で私を見る。
「そうだね。そう言えば、お風呂の時間は何時だろう?」
「決まっているの?」
「宿によって違うんだ」
「そうなんだ」
ちょっと残念そうなお姉ちゃん。
教会ではお風呂に入れていたのかな?
……訊かないほうがいいよね。
「お父さん、お風呂の時間は聞いた?」
奥さんがいないと色々大変だろうな。
「男湯と女湯、両方とも15時から22時までだ」
15時は過ぎているから、入れるみたい。
「お姉ちゃん、お風呂大丈夫みたいだよ」
私の言葉に、お風呂の準備をするお姉ちゃん。
私も自分の準備をするとお父さんに声を掛けてからお風呂に入りに行く。
1階に降りると、この宿に泊まっている冒険者たちの姿が見えた。
少し緊張する。
ジナルさんが大丈夫と言ったので、大丈夫なんだろうが絶対ではないだろうし。
この中に追手がいる可能性も0ではないだろう。
「おっ、こんにちは」
1人の冒険者が私たちを見て声を掛けてくる。
お姉ちゃんがちょっと緊張した面持ちで小さく頭を下げる。
「こんにちは」
「昨日はいなかったよな?」
どうしよう。
この人が敵か味方か分からない以上、余計な事を言わないように気を付けないと。
「今日からこの宿にお世話になります」
「そうなんだ――」
ばこっ。
あっ、痛そう。
目の前の冒険者が頭を押さえて後ろを振り返る。
「何を怖がらせているんだ。悪いな。ほら、行くぞ」
仲間だろうか?
頭を叩いたことを怒っている冒険者を無視して、引きずって行ってしまう
「なんだったんだろう?」
「さぁ?」
警戒した方がいいのかな?
一応、後でお父さんに話しておこう。
お風呂を出て部屋に戻ると、ジナルさんがなぜかトロンと睨めっこをしていた。
いや、違うな。
見つめ合っていた?
「仲良くなったんですね」
「どこが? 何かすごい嫌われているんだけど?」
えっ?
トロンが?
ジナルさんとトロンを見る。
じっとお互いに目を合わせて……まぁ、ちょっと雰囲気がギスギスしてるけど。
「どうしてでしょうね?」
「ジナルさん、何かしたんですか?」
お姉ちゃんの言葉に、ジナルさんは首を横に振る。
「面白いぞ」
お父さんの言葉にお姉ちゃんと首を傾げる。
何が面白いの?
そう思ってジナルさんとトロンを見る。
「見とけよ」
ジナルさんはそう言うとトロンに手をそっと出す。
すると素早くトロンが足でジナルさんの手を叩き落とす。
それも結構な速さで。
ばしっ。
「いてっ」
「うそっ!」
トロンの初めての攻撃。
いや、カリョを枯らしたのも攻撃なのかな?
あれは、食事か。
やっぱり、初めての攻撃だ。
「トロンって足で攻撃するんですね」
私がちょっと喜んでいると、ジナルさんが納得できないという表情をした。
えっと?
「俺が攻撃されているのに、嬉しそうにされた」
あっ!
えっと……「大丈夫ですか?」なんて今更だしね。
「トロンの攻撃、可愛いですよね」
私の言葉にお父さんが噴き出し、ジナルさんに唖然とされた。
だって、小さい木の魔物が一生懸命足を伸ばして攻撃するんだよ?
可愛い過ぎる。
「まぁ、可愛いと言えば可愛いのか? いや、結構な攻撃力なんだぞ。ほらっ」
ジナルさんの手の甲には2本の攻撃された痕。
赤く腫れあがっている。
まあまあ痛そうだ。
それにしても、なんでトロンがジナルさんを攻撃したんだろう?
「トロン、ジナルさんが嫌い?」
トロンが首を傾げる。
あれ? 嫌いではないらしい。
そっと手を出すが、もちろん攻撃する事なく掌の上に乗ってくる。
落とさないように持ち上げて、目の前に持ってくる。
こうやって、持ち上げる事が出来るのはいつまでだろう?
ゆっくりのんびり成長して欲しいな。
「嫌いじゃないみたいですよ?」
「……そうみたいだな」
ジナルさんが不思議そうにトロンを見る。
嫌いではないのに攻撃?
「何かトロンの気に障るような事を言ったんじゃないですか?」
私の言葉にトロンが何度も頷く。
正解だったようだ。
「え~、何を言ったっけ?」
ジナルさんがお父さんを見るとお父さんが考え込む表情をする。
「あっ!」
何か思い出したのか、お父さんがジナルさんを見る。
「『木の魔物は人を襲うしかできないだろ』と言いながら部屋に入ってきた」
その言葉にトロンがジナルさんを睨む。
なるほど、それに怒ったのか。
「それはジナルさんが悪いですよ」
「え~、いや、だって……俺の知っている木の魔物と言えばそうだったからな」
ジナルさんが困ったように頭を掻く。
まぁ、一般的な木の魔物の印象だよね。
私もトロンに出会う前は、そう思っていたし。
まぁ、私の場合は襲われたからなんだけど。
「トロンはしっかり役に立ってくれてますよ。カリョの花畑を時間を掛けずに枯らしてくれたし。木魔病の木を一瞬で枯らしてくれたし」
枯らしてばかりだけど、すっごく役立つんだから。
私の言葉に驚くジナルさん。
「えっ、カリョの花畑ってハタル村で見つかった広大な花畑のやつか?」
「たぶんそうだろう」
お父さんの言葉に頷く。
カリョの花畑があちこちにあったら驚く。
「それに木魔病……そうか。トロン悪いな。知らなかったとはいえ」
「ぎゃっ、ぎゃっ」
嬉しそうに鳴くトロン。
どうやらジナルさんを許したようだ。
それにしても、ジナルさんの手の甲を見る。
「ジナルさん、その手の甲――」
ぱく。
しゅわ~。
「「「「あっ」」」」
ソラがジナルさんの手を食べて吐き出すと、腫れは綺麗に無くなっていた。
皆、自由過ぎない?