500話 地下洞窟には夢がある
「地下洞窟か。ソラ、すごいな」
お父さんの言葉にぷるぷると嬉しそうに揺れるソラ。
ガリットさんやフィーシェさんからも、褒められて撫でられている。
「ぷっぷ~!」
岩に近付き、中を覗きこむ。
下を覗きこむが、底が見えない。
かなり深いのかな?
「危ない! 落ちないように気を付けろ」
ジナルさんが、私の腕を軽く後ろに引っ張る。
かなり前のめりになって覗きこんでいたみたいだ。
「ありがとうございます」
確かに、あのまま覗きこんでいたら落ちたかもしれない。
「すごく深いみたいですね」
「そうなんだよ。簡単に確かめてみたが、だいたい8mぐらいはあるみたいだ。地下洞窟は面白いんだぞ」
面白い?
ジナルさんの言葉に首を傾げる。
私は怖いと思うんだけどな。
「魔物はいないんですか?」
「いるぞ、地下洞窟には地下洞窟特有の魔物がな。これがいいマジックアイテムを落としてくれるんだよ」
落としてくれるというか、倒してドロップさせるんだよね?
……まさか、地下洞窟の魔物は本当に落とすの?
「ジナル、嘘を教えるな。アイビー、魔物がマジックアイテムを落とすことは絶対に無いからな」
「そうだよね」
「ん? えっ? もしかして信じた?」
お父さんの言葉に納得した表情をすると、ジナルさんに驚かれた。
「悪い。ドロップの事を俺たちの間では落とすというからさ」
冒険者たち特有の言葉かな。
「ジナル、降りるか?」
「当然だろ」
ガリットさんの言葉に楽しそうに答えるジナルさん。
本当に楽しみなようで、少し興奮しているみたいだ。
フィーシェさんがジナルさんを見て、苦笑いをしている。
「ジナルは洞窟が好きなんだよ」
フィーシェさんの言葉にジナルさんが楽しそうに頷く。
「そうと決まれば、一度村に戻るぞ」
えっ?
「地下洞窟は他の洞窟とは少し違って、専用の装備がないと死ぬ」
なるほど。
ジナルさんたちが、戻る準備を始める。
「ついでに餌もばらまいてくるか」
ジナルさんがさっきとは違う笑みを見せる。
「餌?」
お姉ちゃんが、ジナルさんの表情を見てちょっと引いている。
確かに、何かやりそうな表情だもんね。
「18人の追っ手も判断が出来ない3人も、村に入る時に冒険者として申請しているんだ。昨日の様子だけの判断になるが、全員がそれなりの手練れだと思う」
ハタハ村に入った時の申請がどうして分かったんだろう?
簡単に知る事なんて出来ないよね?
「マリャの確保かそれ以外の仕事を受けている時に、冒険者なら絶対に興味を惹かれる地下洞窟の情報が流れる」
餌って地下洞窟の事だったのか。
「さて、奴らはどう動くかな?」
楽しそうに話すジナルさんに、お姉ちゃんが体をちょっと引いた。
うん、今ものすごく悪い顔をしたからね。
その気持ちが分かる。
「ドルイドたちはどうする?」
フィーシェさんの言葉に、ここに冒険者たちが来ることに気付いた。
あまりに急な事だったから、呆けてしまったな。
「そうだな……」
「にゃうん」
シエルがお父さんにすりっと体を寄せる。
「とりあえず、ここを離れて周りの森を見て回るよ」
お父さんがシエルの頭を撫でながら、森の奥を指す。
シエルがいてくれるお陰で、森の奥に入り込んでも安全に過ごせるもんね。
「そうだ。寝床にしている岩穴は……あそこは大丈夫か?」
「村からこの地下洞窟までの道からは、かなり離れている場所だから大丈夫だろう」
お父さんが思案すると、ガリットさんが地図を見ながら答えてくれた。
地図を覗きこんで、ガリットさんに位置関係を説明されたのか納得したようだ。
「それに。地下洞窟の事が噂になれば、ここ周辺だけに注意を払っておけば、誰かに見つかることは恐らく無いだろう。まあ、ここがどれくらい深い洞窟なのかによるが」
そんなに、この地下洞窟に冒険者は集まるのだろうか?
まぁ、明日になれば分かるかな。
「明日の昼にまた……今度は、何処がいいだろう?」
「捨て場で会おう」
お父さんの言葉にフィーシェさんが頷く。
村を挟んで反対側なので、落ち合うなら最適な場所だろう。
「夕方辺りから気を付けてくれ」
村で地下洞窟の事を話した後だね。
「分かった。また明日」
「あぁ。明日」
ジナルさんたちが村へ戻って行くのを見送る。
「お昼も食べたし、すぐに移動しようか」
「うん」
使った物を素早く片付けて、地下洞窟からシエルの案内で森の奥へ移動する。
お姉ちゃんの体力強化も兼ねているので、疲れ具合を確認しながら歩く。
地図で確かめたけど、この奥には岩場が広がっているみたいだ。
「お父さん」
「どうした?」
ソラたちの元気に飛び跳ねる姿を見る。
今日も元気だな。
「地下洞窟にはそんなに冒険者が集まるの?」
新しい洞窟が発見された時は、冒険者が集まりやすい事は知っている。
それにしたってジナルさんたちの言い方が気になる。
まるで冒険者全てが、地下洞窟に興味がわくみたいな感じだった。
「地下洞窟の魔物は、珍しいマジックアイテムしかドロップしないんだ。その分厄介な性質を持っている魔物が多いが。それが分かっていても、マジックアイテム欲しさに冒険者が集まるんだよ」
珍しいマジックアイテム。
「地下洞窟で見つけたマジックアイテムで、莫大な富を築いた冒険者もいるんだぞ」
「そうなの?」
「あぁ。だから人気なんだよ。地下洞窟は、普通の洞窟では絶対に見られない夢が見られるからな」
莫大な富か。
確かに人を惹きつけるんだろうな。
「すごいんだね」
どんなマジックアイテムをドロップするんだろう。
興味が無かったけど、気になってきてしまった。
「にゃうん」
シエルの声に、視線を向けると大木の下で座っていた。
ソラたちもシエルの周りでくつろぎだす。
急にどうしたのか。
「休憩だ~」
後ろからお姉ちゃんの声が聞こえる。
見ると、疲労困憊した表情のお姉ちゃん。
しまった、いつもより速く歩いていたかもしれない。
「大丈夫?」
「大丈夫だよ~」
大木まで歩くと、お姉ちゃんがどさりと座り込む。
「悪い、歩くのが速かったな」
「いえ。慣れる必要があるから、今の速さで歩いて欲しい」
「そうか?」
「うん」
お茶を用意して、お姉ちゃんに渡す。
自分の分のお茶をゆっくりと飲みながら周辺を見る。
「ごめんね。巻き込んじゃって」
ゆっくりお茶を飲んでいると、小さな謝罪の声が聞こえた。
隣を見ると、沈んだ表情でお茶を飲むお姉ちゃん。
さっきまで普通に見えたのに。
やはり追っ手の事などを気にしているんだろうか?
「気にするな」
「でも……」
お父さんの言葉に首を横に振るお姉ちゃん。
「マリャ。これからの事を決める時は、俺たちのためではなく自分がどうしたいかを考えて決めるんだぞ」
お父さんの言葉に、苦悶の表情をするお姉ちゃん。
「まだ時間があるから、ゆっくり考えればいい。ジナルたちは地下洞窟でしばらく遊ぶだろうしな」
遊ぶ?
確かに、楽しそうにしていたから時間が掛かるかも。




