496話 気付かなかったな
「どういう事だ?」
ジナルさんが、私たちの会話に首を傾げている。
肩から下げたバッグを開けて、中を見るとソラと視線が合った。
どうやら会話を聞いていたようだ。
「ソラは、洞窟や岩穴を見つけるのが得意なんだ。人目に付かない場所も探してくれるだろう」
お父さんがバッグから飛び出したソラを見る。
「ソラ、悪いが協力してくれ」
「ぷっぷぷ~」
お父さんの言葉に嬉しそうに鳴くソラ。
かなり機嫌が良さそうなので、きっといい場所を探してくれるはず。
「ソラ、私とお父さん、お姉ちゃんが身を隠せる場所を探してくれる?」
バッグの中で話は聞いていたようだけど、ちゃんと目を見てお願いしないとね。
「ぷっぷぷ~」
ソラはやっぱり嬉しそうに鳴くと、周りを見回す。
そしてすぐに、移動をし始めた。
「行くか。ジナルたちも来るか?」
お父さんが、ジナルさんたちを見ると、なぜかため息を吐いたジナルさん。
「ソラ……あぁ、いや、なんでも無い。アイビーのテイムしたスライムだからな。うん。そういう事だって出来るか」
ジナルさんが、ソラを見て私を見て頷いた。
何だろう、これは喜んでいいんだろうか?
「ソラは普通のスライムとまったく違うな」
ガリットさんの言葉に、お父さんと一緒に苦笑してしまった。
全くもってその通り。
「ぷっぷ~」
ソラの鳴き声に視線を向けると。
同じ場所で飛び跳ねているソラが見えた。
もう見つけられたのかな?
早いな。
「ソラ、見つけたの?」
「ぷっぷぷ~」
蔦が絡んでいる大きな岩。
よく見ると、岩の中が空洞になっていた。
が、蔦が岩全体に絡んでいて入れない。
「蔦を切るしかないな」
お父さんが小型のナイフを取り出して、蔦を切っていく。
パラパラと蔦が落ちて行くと、広い空洞が現れた。
「おぉ、すごいな。ちょっと中を見てくるな」
ジナルさんが、楽しそうに穴の中に入っていく。
しばらくすると出てきて、問題ないと教えてくれた。
「ガリット、この場所は大丈夫か?」
ジナルさんの言葉にガリットさんが頷く。
「大丈夫だ。場所は把握できた」
「そうか。さて、俺たちはハタハ村でちょっと遊んできますか」
遊ぶ?
飲み屋に行く事かな?
それにしては、ジナルさんたちの表情がちょっと気になるな。
何というか、何かを企んでいるような……噂話を集めてくるだけだよね?
「行ってくるな~」
ジナルさんたちが手を振るので、つられて振ってしまう。
「どうした?」
私の表情を見て不思議そうな顔をするお父さん。
そんなに表情に出てたかな?
「ジナルさんたちの表情が気になって」
私の言葉に頷くお父さん。
やっぱりお父さんも何か感じたんだ。
「たぶん王都の情報を仕入れるのに、何かするんだろう」
王都の情報って、運が良ければって言ってたよね?
「アイビーも気付いているだろう?」
「ジナルさんたちが、普通の冒険者じゃないという事?」
私の言葉に無言で頷くお父さん。
それは、調査員以外にも何かあるという事だよね。
じっとお父さんを見ると肩を竦めた。
……深入りはしないという事かな。
「さて、今日の寝床を整えるか」
不思議そうに私とお父さんを見ていたお姉ちゃんと一緒に岩穴に入る。
中は広く、シエルもそのまま横になれそうだ。
「まずは寝床を作るか」
お父さんの言葉に、マジックバッグから必要な物を取り出していく。
最初の頃は手伝いが必要だったお姉ちゃんも、今では1人で寝床の準備が出来る。
体力はまだ無いが、旅にはかなり慣れてくれた。
「よしっ。夕飯を作るか」
夕飯を作るための火を起こす。
周りに落ちている枝を拾うが、岩穴の周辺にはあまり落ちていないようだ。
「マリャ、シエルと一緒にここにいてくれ。枝を見つけてくる」
お父さんの言葉に、火の番をしていたお姉ちゃんが頷く。
「分かった。火が消えないように頑張るね」
「急いで拾ってくるね。シエル、お姉ちゃんをよろしく。ソラたちはどうする?」
「にゃうん」
「ぷっぷ~」
「てっりゅ~」
「ぺふっ」
シエルは了解という事だね。
えっとソラとフレムは……一緒に来るのかな?
あっ、ソルは火の番だね。
そんなに寒くないのにな。
「マリャ、行ってくる。近くにいるから、何かあったら叫んでくれ。まぁ、シエルがいるから大丈夫だろうけどな」
「にゃうん」
お父さんの言葉に嬉しそうに尻尾を揺らすシエル。
頭を撫でると、グルグルと喉が鳴った。
「行ってきます」
お姉ちゃんとシエルに手を振ってから、枝が落ちているところを探す。
「この辺りの枝なら乾燥しているからよさそうだな」
お父さんの言葉に頷いて、枝を拾ってはマジックバッグに入れていく。
いつまでこの岩穴にいるのか分からないけど、明日はまだこの岩穴にいるだろうな。
明日の分も、一緒に拾っていこう。
「アイビー。ジナルたちから俺の話を聞いたんだろ?」
お父さんの話?
「昔のお父さんの様子だったら聞いたよ」
「……そうか」
ん?
お父さんの声が緊張してる?
視線をお父さんに向けると、色々な感情が入り混じった表情をしている。
「どうしたの?」
「どう思った?」
……それは、昔のお父さんを知ってという事かな?
「別に何も思わなかったけど」
「えっ? その、ひどい奴だとか……」
酷い奴?
あぁ、そう言えば仲間を切り捨てるのが異様に早かったから冷血漢と言われていたとか言っていたな。
「思わなかったよ。冒険者の仕事は、残酷な判断をしなければならない事があると知っているし。その時お父さんが取った対応は、最良だったんじゃないかと思ってる」
確かに仲間を切り捨てたのかもしれない。
でも、それは多くの人を守るためだったのではないかと思っている。
もしくは、何か事情があった。
だって、あの師匠さんが見守っているんだよ?
間違った事はさせないと思う。
「……そうでもないぞ。もっと考えれば他の方法もあったはずだ」
お父さんの顔に後悔が浮かぶ。
お父さんがそう言うという事は、他にも方法があったんだろうな。
でも、その方法が成功したかどうかは、誰にも分からない。
「そうかもしれない。でも、他の方法を取ったら失敗した可能性だってあるでしょ?」
「それは……その可能性があるのか……」
ほらっ。
だったらお父さんの判断は間違いじゃない。
「お父さんが意味もなく人を切り捨てたら、師匠さんが黙ってないと思うけど……」
師匠さんだけではなく、ゴトスさんも。
「確かにそうだな。馬鹿な事をしそうになったら、なぜかいつも師匠が傍にいるんだよ。で、嫌味は言ってくるし、揶揄ってもくるしで、もの凄くイラついて、それを師匠にぶつけて……」
師匠さんらしいな。
きっと抑え込まれている怒りをわざと煽って、自分にぶつけさせていたんだろうな。
ゴトスさんがギルマスになってからは、怒りをぶつけてもいい仕事とかお父さんにさせてそう。
「そう言えば、お父さんが育てた冒険者たちが話していたよね。お父さんの活躍で多くの人の命が守られたって。分かっている人は分かっていると思うよ」
お父さんと初めて出会った時に、お父さんを心から心配していた3人の若い冒険者たち。
冒険者になりたての時に出会って、基礎を叩きこまれたと言っていた。
お父さんの教えで、何度も命が助かったと嬉しそうに話していたのを思い出す。
その彼らが言っていた、お父さんはすごい冒険者なんだと。
お父さんのお陰で多くの人が救われたと。
「彼らは……俺の勝手な後悔に付き合わされたんだよ」
後悔?
お父さんを見る。
「助けられなかった彼らに雰囲気が似ていたから助けたんだ。自己満足だよ」
お父さんの言う彼らが誰なのかは分からないけど、どれだけ悲しんだのかは今のお父さんを見ても分かる。
「最初はそうかもしれないけど、死んでほしくないから、基礎を叩きこんだんでしょ?」
「まぁな。あいつらは無茶苦茶だったから。だから徹底的に師匠から教えてもらった基礎を叩きこんだ」
「きっかけはお父さんの自己満足なのかもしれない、でも結果的に彼らの命を守ったんだよ」
私がそう言うと、なぜがホッとした表情をするお父さん。
いったい、何がそんなに心配なんだろう?
「昔のお父さんの事を知られたくなかったの?」
どんな噂を聞いたって、私の中でお父さんは優しい人という印象は変わらないんだけどな。
「悪い。試すようなことして……」
何となく、途中でそうなのかなとは思った。
気付かなかったけど、不安をかなりため込んでいるのかな?
「私の中でお父さんは、優しくてかっこいいんだよ」
「かっこいいか? かなりみっともない姿を見せていると思うが」
「いや、かっこいいよ。そして、不器用すぎる!」
私の言葉に、驚いた表情をしたお父さん。
何でもかんでも抱え込み過ぎなんだから。




