493話 ガリットさんのスキル
「まだ、降ってたよ」
フィーシェさんの言葉にジナルさんがうんざりした表情をする。
じめじめした湿気が苦手らしい。
洞窟に入って2日目。
雨が止まないため、足止めを食らっている。
「明日には止むかな?」
ガリットさんが、地図を見ながらつぶやく。
それにお父さんが肩を竦めた。
「ぷっぷぷ~」
サーペントさんと機嫌よく遊ぶソラたち。
出会ってから、ずっと楽しそうだ。
「まぁ、ソラたちの気分転換とマリャの休憩にちょうどいいだろう。マリャはかなり疲れ切っていたからな」
お父さんの視線の先には、寝ているお姉ちゃんの姿。
毎日限界まで歩いていたので、この2日間はいい休憩になっている。
「それで、これはどうするんだ?」
ジナルさんが指す方向を見ると、50個近くの魔石が山積みになっている。
それは、サーペントさんが私たちにプレゼントしてくれた物だ。
「この透明度、どう見ても4もしくは3だろうな」
ジナルさんが1つを持って、焚火の火で確かめる。
「こんなのを1か所で売りに出したらすごい事になりそうだな」
フィーシェさんが楽しそうに話す。
確かに、レベルの高い魔石を50個も一気に売りに出したら、かなりの騒ぎになるだろうな。
「そうだな。とりあえずギルマスの部屋に呼ばれて、どこで採れたのか聞かれて洞窟だと話すと場所と洞窟内の状態、村からの洞窟までの時間などをしつこく何度も確認されて、最後には案内をする事になるんだろうな。この洞窟まで」
ジナルさんが嫌そうな表情で話す。
なるほど、それはかなり面倒くさいだろうな。
というか、ここにはシエルの案内がないと来られないと思う。
「ジナルの言う通りになるだろうな。そう言えばガリット、この場所はどの辺りなんだ?」
フィーシェさんの言葉に首を傾げる。
何故、それをガリットさんに訊くんだろう?
「アイビー、ガリットは方向感覚スキル持ちなんだよ」
ジナルさんが、私が疑問に思った事に気付いたのか説明してくれたが、方向感覚スキルが分からない。
「聞いた事は無いか?」
ジナルさんの質問に頷く。
「そうか。方向感覚スキルは自分の足で歩いた場所は、地図を見ればその場所がどこかだいたい分かるんだよ」
いいな。
そのスキルが有ったら、絶対に迷子にならなくても済むよね。
ガリットさんを見ると、ちょっとばつの悪い顔をしている。
「どうしたんだ?」
フィーシェさんの質問に、肩を竦めるガリットさん。
「悪いんだが、ここがどこなのか分からない。何度も道順を思い出して、地図を見てるんだがさっぱりだ。こんな事は初めてだよ」
ガリットさんの答えに、ジナルさんとフィーシェさんが驚く。
「地図を見ていたから、どこか教えてくれるのかと思ったんだが……」
ジナルさんの言葉に首を横に振るガリットさん。
「歩いた道ははっきりと思い出せる。どちらの方角に曲がったか、何度曲がったか、森の中でも方向感覚はしっかりしていた。なのに、地図を見てもここの場所が特定できないんだ」
ガリットさんがため息を吐く。
冒険者の人たちは、自分が何処にいるのか分からないと不安になるという。
お父さんも最初の頃はそうだった。
ガリットさんを見ると、まだ地図を睨みつけている。
もしかしたら、不安を感じているのかも。
「あの、シエルにだいたいの場所を聞きますか?」
私の言葉に3人が不思議そうな表情をする。
それを見たお父さんが、小さく噴き出す。
「ドルイド?」
噴き出したお父さんにジナルさんが首を傾げる。
「悪い、3人が同じ反応をするから面白くて」
確かに、3人とも「きょとん」みたいな同じ表情だった。
何だか可愛らしいな。
「はぁ、まぁいいけどな。で、シエルに聞くというのは、どういう事だ?」
ジナルさんが呆れた表情でお父さんと私を見る。
「シエルは地図を読めるんだよ。訊けば、おおよその場所が分かるはずだ」
お父さんと私が地図を見ながら歩いていると、一緒に眺めるようになり、いつしか地図を理解してしまった。
本当に頭がいい。
「地図が読める?」
お父さんの説明に、ガリットさんが確認をする。
それにお父さんと私が頷く。
ジナルさんたちが、サーペントさんの傍で寝ているシエルを見る。
さっきまで遊んでいたが、いつの間にかみんな寝てしまっていた。
「どうしますか? 聞きますか?」
「えっ! あぁ、頼もうかな……うん。地図が読める魔物?!」
ガリットさんが、ぶつぶつ何かを言いながら頷く。
声が小さすぎてよく聞こえないが、何を言っているんだろう。
大丈夫かな?
「アイビー、気にしなくても大丈夫だ。驚いているだけだから」
ジナルさんの言葉にガリットさんを見る。
「驚いているだけなんですか?」
ちょっと怖いけど。
「方向感覚スキルは、旅をする冒険者にとっては重宝されるスキルなんだ。自分たちだけの洞窟を持つ事だって出来るからな」
自分たちだけの洞窟?
「村や町の近く、もしくは村道の近くの洞窟は多くの冒険者たちに知られている。だが、森の奥にある洞窟はあまり知られていない。その原因は、森の奥に行けば行くほど方向感覚が狂うからだ」
えっ、そうなの?
驚いてお父さんを見ると、お父さんは私の反応を見て驚いていた。
「知らなかったのか?」
「うん。冒険者は、知っているのが当たり前の事なの?」
「あぁ。知っているモノだと思っていたよ。悪い」
私は首を横に振る。
ジナルさんたちも驚いていたが、話の続きを促す。
「えっと。方向感覚が狂うから、森の奥に入った者たちはよく迷子になる。紐で印をつけるのは、方向感覚が狂っても帰って来られるようにだ。だが、方向感覚が狂わない者がチーム内にいたらどうなる?」
木に紐を結んで迷子を予防することは知っている。
私も何度もそれに助けられた。
「森で迷子にならない?」
「そう。森の奥に入り込んでも大丈夫なら、偶然見つけた洞窟に再度たどり着くことが出来る。その洞窟に、かなり金になるものがあったら?」
それは、かなりすごい事だよね。
森の中で偶然見つけた洞窟には、二度とたどり着けないと言われている。
どんなに印を残しても、目印を覚えても、なぜか無理なのだそうだ。
だから、見つけた洞窟に宝があるなら、持てるだけ持って帰るというのが冒険者たちの常識だ。
「だからこのスキルを持っている者は隠す。狙われることが多いからな」
隠す?
「私に話して良かったんですか?」
「あぁ、問題ないだろう。ガリットだって止めなかったし」
いいのかな?
「それにしても、アイビーのテイムしている魔物たちの能力には驚かされるな」
ジナルさんがサーペントさんたちと一緒に寝ているソラたちを見る。
「ぎゃっ!」
鳴き声と同時につんと肘の部分が引っ張られる。
視線を向けると、トロンが私の服を引っ張っていた。
幹がほんの少し太くなると、葉っぱをつけていない枝が1本生えた。
今の姿は根っこが少し伸びて歩きやすそうになり、葉っぱは3枚。
元々あった2枚の葉っぱは少し成長して若い緑から少し深い緑に変わった。
そして、幹にある目から少し下がったところに、私の服を引っ張っている枝がある。
「どうしたの?」
「ぎゃっ!」
服を離した枝が幹の部分をポンと叩く。
「お腹が空いたの? ちょっと早いような気がするけど……まぁ大丈夫かな。待ってて、すぐに準備するね」
トロンの食事を用意するために、ポーションが入っているマジックバッグの下へ行く。
中から紫のポーションを取り出し、専用に準備したコップを出す。
中に紫のポーションを入れて、トロンの場所まで戻るとフィーシェさんがトロンの傍に寄ってじっと見ていた。
「どうしたんですか? はい、トロン。どうぞ」
「ぎゃっ!」
コップをトロンの前に置くと、中に入りじっとするトロン。
根っこからポーションを吸収中。
葉っぱが傷つかないようにそっと撫でると、3枚の葉っぱがプルプルと震えた。
「はぁ、すごいよな」
フィーシェさんが、トロンと私を交互に見る。
それに首を傾げる。
「木の魔物が人の傍にいて、攻撃しないなんてな」
森の中では、木の魔物はかなり要注意だからね。
私も一度、木の魔物のせいで死にかけたし。
そう考えると、トロンとトロンをくれた木の魔物は不思議な存在だよね。




