492話 再び?
「ドルイド」
「なんだ?」
私の後ろを歩いているジナルさんの低い声が聞こえた。
普段とちょっと違う声だったので気になり後ろを窺うと、なぜかジナルさんがため息を吐いていた。
「ここはどこだ?」
「森の奥の……奥の洞窟だろうな。おそらく地図を見ても分からないだろう」
「……そうか。洞窟か」
「あぁ。そうだ洞窟だ」
お父さんの言う通り洞窟にいる。
外は雨が降り始めたので、ちょうど良かった。
周りを見てもあまり危険も無さそうだし。
「ドルイド、右の奥に見えるあれって……」
ジナルさんが指差す方を見る。
そこには洞窟内でよく見かける魔物の姿が見えた。
今日は、1、2、3、……6匹いるようだ。
「あれはガシュという洞窟の中にいる厄介な魔物だな。狭い空間でも俊敏に動くから、なかなか攻撃は当たらないし、攻撃力も強い。数匹見かけたら、すぐに逃げろと言われているよな。まぁ、ガシュがいる洞窟は森の奥の特殊な洞窟だけだから、普通はあまり姿を見る事が無いな」
あれ?
洞窟には大概いるよね?
居なかった時の方が珍しいんだけど。
それに逃げるって何?
逃げた事なんて一度もないけど、あの魔物は大人しいし。
「名前も特徴も知っているから、俺が知りたいのはそれではないがな」
「まぁ、有名な魔物だからな」
有名なんだ。
私の認識とかなりずれがあるけど。
「あぁ……どうして伏せをしているんだ?」
「それは、攻撃はしませんよって言う態度なのだろう」
「……そうか」
私の前、シエルの後ろを歩いているガリットさんとフィーシェさんもどこか緊張した面持ちでガシュを見ている。
横目でガシュを確認する。
いつも通り、伏せて私たちが通り過ぎるのを待ってくれている。
「ところでドルイド。俺たちは洞窟に入る装備を準備してないんだが。とりあえず、マジックバッグにはあるが……」
洞窟専用の装備の事かな?
旅の途中で何度も洞窟には入るけど、装備はいまだに見たことがないんだよね。
後で見せてもらおう。
「今更出す必要もないだろう。アイビーが持っているのは短剣だけだし、俺は装備すら持っていないからな」
「……そうか」
ジナルさんの声が何となく硬くなる。
何か緊張するような事でもあったかな。
歩きながら洞窟内を見回す。
いつも通り、あちこちにきらきらと魔石が埋まっているのが分かる。
時々、不思議な色の魔石とか大きな魔石も有る。
私たちが持っている灯りの光に反射して綺麗なんだよね。
「いや、『そうか』じゃない。おかしいだろ!」
ジナルさんの声が洞窟内にこだまする。
「うわ~、すごい」
お姉ちゃんが、反響した声に楽しそうな声を出す。
どうやらお姉ちゃんは、洞窟が初めてのようで入ってから視線がせわしなく動いている。
「マリャ、足元に気を付けて。また転ぶぞ」
ガリットさんが注意をすると、気を付けて歩くようになるが、すぐにまたきょろきょろと洞窟内を見回しだす。
その姿に、肩を竦めるガリットさんとフィーシェさん。
一緒に旅をする事になると、3人はお姉ちゃんに許可を貰いマリャと呼び捨てで呼ぶようになった。
距離が近付いたようで、嬉しい。
「ジナル。ここは洞窟内だから、煩くしないほうがいい」
「分かってるが、どう見ても洞窟に入る装備じゃないだろう」
「ジナル」
「なんだ?」
ジナルさんが、再度ため息を吐きながらお父さんを見る。
「強い魔物と一緒にいるから、これで十分なんだよ」
「はっ? あっ、シエルか?」
シエル?
あっ、そうか。
シエルがいないと、洞窟内は安全ではないと教えてもらっていたな。
「あぁ、俺も初めての時は、震えたモノだ」
お父さんが震えた?
ちらりと後ろを見ると視線が合う。
「今は、全然平気だから、安心していいよ」
お父さんの言葉に頷く。
いつ、震えていたんだろう?
全く気付かなかったな。
様子がいつもと違ったのは、一緒に旅を始めて数日後に入った洞窟かな。
なぜかちょっと声が硬かった気がするな。
でも、震えてなかったよね?
……震えてなかった……はず。
新しい洞窟が楽しくて、ちょっとお父さんの事を気にしてなかったかも。
「しかし、この洞窟の魔石は凄いな」
「そうだな、シエルが案内する洞窟では中レベルだな」
お父さんの言葉に、前を歩いていたガリットさんたちまで驚いた表情で後ろを振り返る。
「これで?」
「あぁ、これで中レベル」
ジナルさんの唖然とした質問にお父さんが簡単に答える。
「随分と慣れているみたいだな」
ジナルさんの言葉に、今度はお父さんがため息を吐く。
「そうなんだよ。どんどん目が肥えて……慣れって怖いぞ」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ、ぺふっ」
不意にソラたちが何かを見つけたのか、楽しそうに鳴くと壁の一部が崩落して出来た穴の中に飛び込んで行った。
「どうしたの?」
ソラたちの姿を追うと、シエルもその穴に入って行くのが見えた。
その後をお姉ちゃんとガリットさんたちが続く。
「うわっ」
ガリットさんの驚いた声が聞こえた。
「きゃっ!」
お姉ちゃんの、少し恐怖に震える声。
あれ。
安全ではなかったのかな?
慌てて穴に入ると、奥に巨大な魔物がいるのが分かった。
ただ、奥は明かりが届かずかなり暗く、その姿をはっきりとは確認できない。
「どうした? 何だあれ」
巨大な魔物を見る。
あれ?
「灯りを」
フィーシェさんが新しい灯りをつけて、魔物に近付く。
あの姿って……光に微かに浮かび上がった姿はどこか見覚えがあるような気がする。
奥にいた魔物がするすると動き出す。
やっぱりそうだ。
「動き出した」
ジナルさんたちが剣を鞘から出す。
お父さんはじっと、動き出した魔物を見ているが、鞘から剣を出してはいない。
持ち手に手はしっかり掛かっているけれど。
「サーペントさん? 私が知ってる子かな?」
「「「「……えっ?」」」」
するすると近付いて来ると、その姿がはっきりと見える。
間違いなく巨大な蛇。
そしてその真っ黒な体に白い模様は見たことがある。
ソラたちが嬉しそうに飛び跳ねて、サーペントさんの体に飛び乗る。
シエルも尻尾を振っている。
「やっぱりサーペントさんだ。でも、前と一緒の子なのかな?」
私の言葉に首を横に振るサーペントさん。
違う子なんだ。
にしても、とっても親しそうに近付いて来るけど。
「私の事を知ってるの?」
頷いてすっと顔を近付けてくるので、鼻先をゆっくりと撫でる。
この時、ちょっと力を籠めて撫でると喜んでくれる。
「知ってるんだ。仲間から交信とかあったりするの?」
それは無いか。
顔を上げたサーペントさんが頷く。
……交信あるの?
「すごいね。お父さんは知ってた?」
「いや、知らなかった。前の子とは違うなら初めましてだな。よろしくな」
お父さんがサーペントさんに近付いて、鼻先を撫でる。
それに気持ちよさそうな表情を見せるサーペントさん。
「ジナル。それは仕舞って大丈夫だぞ」
お父さんはジナルさんたちが握っている、鞘から抜き出した剣を指す。
「あぁ、そうみたいだな。それよりサーペントは魔物だよな?」
「当然だろ? 大丈夫か?」
「……大丈夫ではない、疲れた」
ジナルさんの言葉に、彼を見る。
確かに洞窟に入っただけなのに、かなり疲れた表情をしている気がする。
「確かに、かなり疲れた顔をしているな。まぁ、ガシュの事もサーペントの事も慣れだ」
お父さんの言葉に、ジナルさんたちが苦笑する。
慣れ?
「ぷっぷぷ~」
ソラの楽しそうな声に視線を向けると、サーペントさんの上を滑るソラの姿。
続いてフレム、ソル。
少し遅れて、シエル。
シエルは、いつの間にスライムになったんだろう?
「ごめんね。ソラたちが色々と」
私の言葉に、ちらりと後ろを見たサーペントさん。
特に気にした風もなく、顔を私に近付ける。
これは撫でてという事かな?
手を伸ばして顔全体を撫でると、目を細めて口からチロチロと舌が見える。
……可愛い舌だな。