491話 追っ手は犯罪者
朝日が昇り森が少し明るくなった頃に、枯れ葉の上を走り回る音で目が覚めた。
周りを見ると、ジナルさんたちは既に目を覚まして何かを見ていた。
起きて視線を追うと、その先ではシエルがなぜか飛び跳ねていた。
「……ドルイド? あれが罠を使っての狩りか?」
ガリットさんの言葉に、お父さんが苦笑する。
ん? 罠?
視線の先のシエルをよく見ると、シエルが野ウサギを威嚇して罠に追い込んでいた。
どう考えても、罠を使ってする狩りとはちょっと違う。
「おはよう、アイビー。手を出さないように言っておくのを忘れたな」
お父さんの言葉に頷く。
「そうだね。すっかり忘れてた」
それにしても、シエルは楽しそうに野ウサギを追いかけてるね。
あれはちょっと可哀そう?
いや、後で絞めて食べるからこんな感情はおかしいか。
「シエル。もう十分だぞ」
お父さんの言葉に、シエルが尻尾を振ってこちらに帰ってくる。
「ありがとうな。多分、どの罠も野ウサギがいっぱい入っているんだろうな」
「にゃうん」
満足そうなシエルの雰囲気に、見ていた全員から笑い声が漏れた。
それに不思議そうな表情のシエル。
「さて、野ウサギの解体だな」
ジナルさんが、座った状態で腕を上に伸ばして体を解す。
手伝うよと、ガリットさんも寝ている間に固まった筋を伸ばし始めた。
お姉ちゃんを見ると、騒がしい中でもまだ寝ている。
「よく、寝ているな」
フィーシェさんがお姉ちゃんの顔を覗きこみながら、感心したように言う。
確かに森の中で、こんなに熟睡していたら死ぬよね。
「寝られるようになったんだ」
お父さんの言葉にジナルさんたちが首を傾げる。
「マリャの力が消えたと知った教会の奴らが、夜中に部屋にやってきて暴力をふるったらしい。その恐怖で熟睡できなくなったと言っていた」
スキルがあったから、最低限だけど人として扱っていた。
なのに、そのお姉ちゃんを守るスキルが消えてしまった。
分かったその日の夜中から、殴られる事も蹴られる事もあったらしい。
岩穴で寝ているお姉ちゃんを見つけたと思ったけど、あれは限界を迎えて倒れていたのかもしれない。
「そうだったのか」
お父さんの説明に、ガリットさんの表情が悲痛に歪む。
「あぁ、だから熟睡できるのはマリャにとっていい事だと思う。森の中だけどな」
「マリャさんは、村か町で穏やかに生活するのが良いかもしれないな」
フィーシェさんの言葉に、お父さんが頷く。
確かに、お姉ちゃんに旅の生活は合わない気がする。
それより、危険が少ない場所で穏やかに過ごしてほしい。
「それは本人が希望すればだな。まずは安全な場所を見つける方が重要だ」
ジナルさんの言葉に、ガリットさんが考えこむ。
「継承問題がこじれている今、王都に近づけば近づくほど危なくないか?」
確かに、そうだよね。
う~、今から王都から離れる?
「貴族が放つ追っ手はどこにいても危険だ。王都に近づいたから危険度が増すという事はないだろう」
ジナルさんの言葉にガリットさんが納得した表情をした。
そんなに貴族が雇う人ってすごい人たちなんだ。
「どんな人が追っ手になるんですか?」
「隠密スキルや暗殺スキルなどを持っている者で、冒険者を追われた犯罪者だな」
ジナルさんの言葉に首を傾げる。
「犯罪者?」
犯罪者なのに捕まえないの?
「奴隷が確実なのに、貴族が横やりを入れてその間に逃亡させたり、貴族に買収された看守が逃がしたり」
ここでも貴族。
本当に余計な事ばかりしているね貴族って。
「今の王に代わってから、貴族に対する監視が厳しくなったため、随分と減ったけどな」
フィーシェさんが、マジックバッグから何か箱を取り出しながら言う。
その箱をガリットさんが受け取って、中を確かめている。
「貴族が使う追っ手は指名手配されている者がほとんどだ。それが分かってはいても、証拠がないから貴族の奴らを問い詰められないんだよな」
ジナルさんが、悔しそうに髪をぐしゃぐしゃにする。
寝ぐせでちょっとぼさぼさだったのに、今ではすごい事になってしまっている。
その髪の状態を見たフィーシェさんが、ため息を吐きながらブラシを渡した。
「すごい怖い人たちだという事ですね」
私の言葉に、ジナルさんたちが頷く。
「アイビーは危険を察知したら、とにかく逃げる。これが基本だな」
「分かりました」
私の力では何も出来ないから当然だね。
でも、危険を察知か。
それができるかどうかが心配だけど。
「ジナル、解体しないのか?」
「髪がすごいから、これをある程度直したらいくよ」
「了解」
ガリットさんが、箱を持って罠を仕掛けた方へ歩き出す。
「私も手伝ってきますね」
「まだ早いから、寝直したらどうだ?」
お父さんが心配そうに私を見る。
確かにシエルが野ウサギを追いかける音で目を覚ましたが、かなり早朝のようだ。
森の中がどんどんと明るくなってきているが、寝ようと思えば寝られる時間だろう。
「大丈夫。それに目が覚めちゃっているから」
私の言葉に、横で寝そべっていたシエルの耳がしゅんとする。
「シエルのせいじゃないよ。シエルは野ウサギを私たちのために罠に追い込んでくれたんでしょ?」
「にゃ~うん」
ちょっと元気がない鳴き声。
頭を撫でると、ゆっくりと尻尾が揺れた。
「あっ、それならアイビー、頼みがある」
ジナルさんが、ブラシで髪を整えると立ち上がって私の傍まで来た。
「なんですか?」
「できたらでいいんだが、ちょっと豪華な朝食を頼む」
ジナルさんの言葉にフィーシェさんが、笑う。
ちょっと豪華な朝食?
意味が分からず首を傾げてジナルさんを見る。
ジナルさんが、ちょっと恥ずかしそうにしながら、
「メシづくりって面倒くさいから、この3人だと質素というかめちゃくちゃというか」
質素?
めちゃくちゃ?
「何を食べているんですか?」
「屋台で購入した物を、そのままマジックバッグに入れているな」
フィーシェさんの言葉に、唖然とする。
屋台で購入した物だけ?
「毎日肉だな」
ジナルさんも答えてくれるが、それは毎日屋台の肉料理を食べているという事だろうか?
屋台で購入する料理は美味しいが、野菜が少ない。
ずっと続けていれば、体調が悪くなるだろう。
「スープとか付けないんですか?」
屋台にもスープがあるから、これも買っているのかな?
「スープは作るが、味は薄いし野菜は硬いし不味いな」
フィーシェさんが嫌そうに言う。
料理が得意な人がいないのか。
「それなら野菜たっぷりのスープでも作ります」
「ありがとう。急いで野ウサギを解体してくるよ」
私の返事に嬉しそうに笑ったジナルさんが、急いでガリットさんの下へ向かう。
「手伝うよ」
お父さんと一緒に調理をする場所に移動する。
「大きめの鍋でいいか」
「うん。一番大きなお鍋でお願い」
マジックバッグから、スープを作るために一番大きなお鍋を出してもらう。
「これでいいのか?」
「うん。作り過ぎても、そのままマジックバッグに入れておけばいいし」
お鍋に水を入れて火にかける。
お肉は一口大に切って、薬草をもみ込む。
臭みが取れて美味しくなるので、大切な下ごしらえだ。
お湯が沸騰するとお肉を入れて、煮立たせる。
「お父さん、灰汁が出てくるから取ってほしい」
「分かった」
灰汁を取り除いてもらっている間に、野菜を一口大に切る。
ある程度、灰汁を取り除いたら切った野菜をスープに入れる。
野菜が全て柔らかくなってきたら、味を調えて完成。
隠し味に、ここではポン酢と呼ばれている醤油を少し入れた。
朝ごはんが出来上がる頃に、ガリットさんたちが戻ってくる。
「いい匂い。やばい。お腹が減った」
その言葉に笑みが浮かぶ。
気に入ってくれるといいな。