490話 20年前の噂
無事に契約を交わすと、お姉ちゃんについてお父さんが話し出した。
光のスキルを持っている事。
未来視のスキルを持っていた可能性が高い事。
その話をお父さんがした瞬間、ジナルさんたちが一斉にお姉ちゃんを見た。
「ひっ」
その視線の強さに、お姉ちゃんが小さく震える。
それに慌てて目線を逸らしたジナルさんたちが小さく謝る。
「いえ、大丈夫です」
「しかし、未来視か。まさか本当にいるとはな」
ジナルさんの言い方に首を傾げる。
「20年ぐらい前だったと思うが、王都に住む貴族の間で噂になったことがあるんだ。『未来が見える子供がいる』と」
ジナルさんが、ちらりとお姉ちゃんを見ながら言う。
20年ぐらい前?
たぶんお姉ちゃんの事だ、きっと。
「王都で噂に?」
「あぁ。俺もその噂は聞いた事があるな。でも、その噂自体がすぐに消えたんだけどな」
ガリットさんがお父さんに頷きながら答える。
「未来が見えるというのに、詳細を誰も調べなかったのか? 王家も?」
お父さんの質問にジナルさんたちが苦笑する。
「王都の教会と、あの当時に力を持っていた貴族に喧嘩を売るような奴は消されに行くようなものだ。王家もまだ今ほど力が無かったからな」
権力で噂をもみ消したんだ。
怖いな。
「昔の噂よりも今だ。確実に貴族の連中はマリャさんを追うだろうな。今は王位継承問題があるし」
ガリットさんの言葉に、呆れた表情でジナルさんが頷く。
王位継承問題か。
確かにお姉ちゃんが持っている情報は喉から手が出るほど欲しいだろうな。
「そっちの問題があるのを忘れていたな。確実にマリャは追われるな」
「あぁ。どんなに金を積んだとしても探すだろうな。手に入れるためか、殺すためかは不明だが」
お父さんの言葉に、ジナルさんが答えるとお姉ちゃんがぶるっと震えた。
それに気付いたジナルさんたちが、バツの悪そうな表情をする。
「悪いな。怖がらせるつもりはないんだが」
ジナルさんが謝るとお姉ちゃんが首を横に振る。
「いえ、自分の事なので」
お姉ちゃんが手をぐっと握って答えると、ジナルさんが微かにほっとした表情を見せた。
「それでドルイドたちはどう動くつもりだ?」
フィーシェさんの質問にお父さんがため息を吐く。
「どう動くかと言われてもな。まずは情報が必要だ。教会ももしかしたら、マリャを死んだと思っているかもしれないからな」
「死体が見つかっていない以上、あまり期待できないな。それは」
「まぁ、そうだが」
ガリットさんの言葉にお父さんが小さくため息を吐く。
「マリャさん、誰か頼れる人はいないか?」
フィーシェさんの言葉に、お姉ちゃんが首を横に振る。
「両親は生きているのかも分からない状態です。……たぶんもういないと思ってます。だから、誰もいません」
「そうか」
お姉ちゃんの返事に、フィーシェさんは頷くとジナルさんたちに目配せをした。
何だろう?
「俺たちも同行するよ。かまわないか?」
フィーシェさんの言葉にお父さんが少し驚いた表情をする。
「俺としては助かるが、王都へ向かっていたんだろう? 何か仕事があったのではないのか?」
「仕事? いや、俺たちは目くらましのためにハタカ村を出てきたからな。既に役目は果たしたし、後は自由だ」
目くらまし?
なんのための?
「調査隊のか?」
「そうそう」
お父さんの質問に軽い感じで答えるジナルさん。
調査隊に対しての目くらまし?
ん?
「ドルイドたちだけが村から出たら、目を付けられる可能性がある。だから複数の冒険者チームや個人の冒険者を村から出発させて……。あぁ、彼らはドルイドたちの事は知らないから安心してくれ。で、最後が俺たち。俺たちは調査隊がハタカ村に着いて、ちょっとやることをやってから出発。なるべく俺たちが目に付くように出発したから、ドルイドたちの事は気にならないだろう」
「複数の冒険者チームに個人の冒険者? よく出発してくれたな」
お父さんがジナルさんの言った言葉に首を傾げる。
確かに、どんな風に協力を求めたんだろう?
「王子の息のかかった調査隊に、いい印象を持っていない冒険者は多い。横暴だからな」
ん?
「ドルイドたちが出発したあの日に村に噂が流れたんだよ。ハタカ村の近くに調査隊が待機していると。しかもそれが王子の息のかかった調査隊の可能性があると」
噂?
「噂は『たまたまハタカ村に来た冒険者が森の中に待機している調査隊を見たらしい』だ。普通は見ただけでは調査隊なのか分かるはずないんだが、『王子の息のかかった調査隊の中に知り合いがいて、森で待機している者の中にその知り合いがいたらしい』という、そんな噂がハタカ村であっという間に広がったんだ」
「随分と詳しい内容の噂だな」
お父さんの呆れた表情に、ジナルさんが肩を竦める。
「噂を知った冒険者たちが、関わりたくないと急いで村を出発してもそれは仕方がない事だ。それに、姿を見られたのは調査隊だ。落ち度があるのは調査隊で、村は一切関係ない」
「さすがだな」
「だろ? 本当に、上手くいってくれて良かったよ」
ハタル村でも噂を上手に利用していたけど、噂って怖いな。
「調査隊はまずは俺たちを調べるはずだ。王子の息がかかっていても、それに屈しない偏屈な貴族とある程度知り合いだから、彼らに任せておけば時間稼ぎが出来る」
「時間稼ぎというか、彼らの扱いを間違ったら、王子の息がかかった調査隊でもただでは済まないだろう」
ジナルさんの言葉に追加してガリットさんが教えてくれた。
王子に逆らえる人なんているんだ。
それは驚きだな。
それにしても、ジナルさんたち楽しそうに話すな。
「ドルイドとアイビーには、なかなかたどり着かないと思うから安心してくれ」
「ありがとうございます」
ジナルさんに向かって頭を下げる。
「というわけで、ハタカ村を出た俺たちは特に仕事もなく自由だ。だから協力するよ」
フィーシェさんが言うと、ジナルさんたちも頷く。
「ありがとう。助かるよ」
お父さんを真似てお姉ちゃんが慌てて頭を下げる。
それにしても頼もしい味方が増えたな。
シエルはこうなることが、分かっていたからジナルさんたちを連れてきたのかな?
傍で寝そべっているシエルを見る。
ソラたちが嬉しそうに、寄り添っている。
「シエル、ありがとう」
シエルに手を伸ばしてそっと頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細めた。
「よしっ、すぐに出発しようか」
ジナルさんの言葉にお父さんが首を横に振る。
「何か問題でもあるのか?」
「あぁ、罠を仕掛けたんだ。だから結果が出る明日まではここにいる予定だ」
「「「わな?」」」
普通の冒険者は罠なんて使わないから、聞きなれない言葉だったみたいだ。
「あぁ、罠か! どこに?」
ガリットさんが興味津々という表情で、周りを見回す。
「少し離れた場所に仕掛けたが、見てみるか?」
「あぁ、見てみたい」
ガリットさんは、少し興奮した声で答えるとお父さんを見た。
それに笑みを深めたお父さんとガリットさんは、すぐに罠を仕掛けた場所に行ってしまった。
「マリャさん」
「はい」
お父さんとガリットさんの後ろ姿を見送っていたジナルさんが、お姉ちゃんに声を掛ける。
お姉ちゃんが緊張した面持ちでジナルさんを見た。
「そんなに緊張しないでください。これから一緒に旅をするんです。短い間になるか長くなるかは分かりませんが、よろしくお願いします」
ジナルさんがにこっと笑って、右手を差し出す。
それを見たお姉ちゃんが私を見る。
「ジナルさんは大丈夫だよ。私も色々と助けてもらったから」
「俺たちもドルイドとアイビーに助けられたけどな」
私たちが顔を見合わせて笑うと、お姉ちゃんは安心したのかジナルさんが差し出していた右手を握った。




