481話 呪いと幻の実
「パスカの実は、奴隷印の呪いを唯一解くことが出来る幻の実だ」
えっ、呪い?
マリャさんを見ると、驚いた表情でお父さんを見ている。
その様子から気付いていなかった事が分かった。
でも、呪いなら。
「お父さん、呪いなら紫のポーションで解けるんじゃないの?」
「普通の呪いなら解けるが、奴隷印の呪いは紫のポーションでも解くことは出来ない。数分程度なら効果はあるらしいが、呪いの力が勝ってしまうんだ」
そんな呪いがあるんだ。
知らなかった。
「マリャさん」
お父さんの静かな声に、マリャさんの肩がびくりと震える。
「は、い」
「奴隷印で『しゃべるな』という命令を2回掛けられたのでは?」
お父さんの言葉にマリャさんが頷く。
同じ命令を2回も?
「マリャさんのその話し方は呪いのせいだ。呪いを解かない限り、すぐに話せなくなる」
「えっ、話せなくなるの?」
ずっとしゃべっていなかったから、こうなのだと思ってた。
まさか、これが呪いのせいだなんて。
「あぁ。話すと違和感があると言ったよな」
「は、い」
「その違和感が日に日にひどくなって最後には声を奪う。おそらく痛みも出るだろう」
そんな。
せっかく奴隷印から解放されたのに。
マリャさんを見ると、青くなって震えている。
そっと右手を伸ばして、マリャさんの手をギュッと握る。
「あっ」
「大丈夫。呪いを解くパスカの実があるんだから」
さっきお父さんがそう言った。
だから、大丈夫。
左手の中にあるパスカの実を見る。
「奴隷印の呪いは、かなり特殊なんだ」
お父さんの言葉に視線を向けると、少し苦しそうに話すお父さんがいた。
すごく、嫌な予感がする。
「奴隷の輪は魔力の契約によって縛るが、奴隷印はそれ自体が呪いなんだ。奴隷印を施されると呪いで縛られる。そして奴隷印を外すことで、新たな呪いが上書きされ、より特殊で強固な呪いとなる。同じ命令をするのは、奴隷印が外れた後に発動する呪いを速めるためだ」
呪いを速める。
だからお父さんはすぐに話せなくなると言ったのか。
「このパスカの実で何とかなるんだよね?」
お父さんに向かってパスカの実を見せる。
「確かに、パスカの実がそんな呪いを解く唯一の方法だ。だが、絶対ではない」
「どういう事?」
絶対ではないって、つまり呪いが解けない事もあるの?
お父さんをじっと見つめると、険しい表情をした。
「パスカの実は10個までしか食べる事が出来ない。それ以上食べると、体に影響が出る」
「影響?」
「そうだ。症状は人によって違うらしいが、最終的には死ぬ」
死。
握っていたマリャさんの手がびくりと震える。
それに応えるように少しだけ手に力を籠める。
「その間にパスカの実が呪いを解いてくれればいいが、駄目な時もある」
つまり、食べてみないと分からないという事。
「10個はパスカの実を食べても影響はないの? マリャさんはかなり体力を奪われているけど」
「10個までなら大丈夫だ。文献にしっかり載っている」
文献なら正しい情報だよね。
それにしても10個。
その間にマリャさんの呪いが解けたらいいんだけど、10個なんて少ないよ。
「あの、その、まぼ、しのみ、わたな、てわい」
ん?
幻の実までは分かったけど、わたなって何だろう?
……駄目だ。
お父さんも考えているけど分からないみたい。
「マリャさん、幻の実の後はなんて言いましたか?」
私の言葉にマリャさんは首を手で押さえる。
「わたし、なて、わる、い」
私になんて悪い!
あぁ、そう言う意味か。
ん?
納得してどうするの、断る言葉じゃないこれ。
「シエルが、マリャさんの呪いを解きたいと思って採って来たんです。だから気にしないで下さい。それに、ここでパスカの実が必要なのはマリャさんだけだから、いらないと言われたら腐るだけですよ」
「パスカの実は1日しか食べられないから、売る事も出来ない。だから気兼ねせず食べて欲しい。アイビーの言う通り、マリャさんが食べないと腐らせるだけだから」
私の言葉とお父さんの言葉に、パスカの実を見るマリャさん。
「にゃうん」
「シエルも食べてと言ってますよ」
マリャさんがシエルを見る。
「マリャさん、呪いがこれで絶対に解けるとは言えない。だが、このままでは……マリャさんにとって良くないから」
お父さんを見るマリャさんが、1度頷くとそっと私の手の中にあるパスカの実に手を伸ばす。
1つ手に取り口の中に入れる。
「味は大丈夫ですか?」
「あま、いす」
甘いのか、だったら食べやすいよね。
良かった。
渋いとかだったら、食べるのも大変だもんね。
「変化は無いな。次を食べて」
「お父さん、呪いが解ける時はどうなるの?」
「呪いが掛かっている場所から、黒い煙が出てくるから判りやすい」
黒い煙が出てくるなら首元を見ていたらいいかな。
マリャさんが2個目のパスカの実を食べる。
変化なし。
3個目を食べるマリャさん。
「だ、めみい」
3個を食べても黒い煙は出ない。
マリャさんも落ち込んでしまっている。
「大丈夫。お茶でも入れようか?」
緊張で喉がガラガラだ。
何とかあと7個のうちに黒い煙が出て来ますように。
お茶を入れる為に、立ち上がろうとするとツンと何かに引っ張られる。
見ると、マリャさんの指が私が着ている服を引っ張っている。
「すみ、せ、ここに」
「分かりました」
マリャさんは4個目のパスカの実を口に入れる。
ゆっくり噛んで食べるマリャさん。
しばらくしても変化は無い。
5個目を口に入れる。
「ん?」
マリャさんが首を傾げる。
「どうした?」
お父さんが心配そうに訊くと、マリャさんが戸惑った表情をする。
「口に入れておかしいと思ったら、吐き出し――」
マリャさんの首元から黒い煙がふわっと出る。
そしてそれはすぐに空気の中に消えた。
「あっ」
「やったっ!」
黒い煙が出たという事は、呪いが解けたんだよね?
食べた量は5個。
良かった5個で済んだ。
文献で大丈夫だと書かれていても、やっぱり10個食べるのは不安だったから。
「あっ……」
マリャさんが驚いた表情で首に手を当てる。
「マリャさん、大丈夫ですか」
「いたみが、きえて」
話し方は慣れていないからなのか、ゆっくりだけどさっきとは確実に違う。
言葉が途切れてない。
「いわかん、ないです」
マリャさんの目から涙が溢れる。
「よかった。これで安心だな」
お父さんの言葉に、涙が増えるマリャさん。
「ありがとう。ほんとうにありがとう」
泣き続けるマリャさんに、布を渡す。
「ありがとう」
泣きながら何度もありがとうを繰り返すマリャさん。
お父さんが、そっと近付きぽんぽんと頭を撫でた。




