478話 禁止された奴隷印
灯りに照らされて見えたのは、30代ぐらいの女性が緑色の箱を抱えて倒れている姿だった。
彼女の周りには、食べ物や水が入っていたと思われる筒が散乱している。
お父さんがそっと彼女の手首に指をあてる。
「生きているみたいだ」
「よかった。……どうするの?」
私の質問にお父さんが少し考えこむ。
すぐに助けようとは思ったのだが、彼女の着ている服が気になった。
それは修道服。
教会の関係者で女性が着る服だ。
「教会関係者には関わりたくないが」
「うん」
でも、助けないと絶対に後悔する。
ただ、教会関係者。
後でどんな問題が起こるか分からないから、それが怖い。
でも……彼女を見ると、苦しそうに息をしているのが分かった。
「お父さん、助けよう」
「そうだな。問題が起きたら逃げるぞ」
「うん」
「ぷ~?」
ソラの声に視線を向けると、不思議そうに私たちを見るソラ。
あっ、そうだ。
頼るのは駄目だけど、確認はしたい。
「ソラ、彼女を助けても大丈夫?」
「ぷっぷぷ~」
すぐに大丈夫と返事を返してくれるソラ。
シエルたちも、当然とばかりに頷いた。
「なんだ、大丈夫なんだな。よしっ、とりあえずはこの場所から移動しよう。熱があるみたいだしな」
お父さんが女性の腕を肩にかけて持ち上げると、女性が抱えていた緑の箱が地面に落ちる。
意識を無くしても腕で抱えていた物だから、きっと大切な物なんだろうと拾う。
「大丈夫?」
「あぁ、軽い。これはちょっと軽すぎるな」
お父さんの言葉に女性の手を取って見る。
肉が一切ついておらず骨ばった手。
「かなり痩せてるね」
「そうだな。……彼女は訳ありかもな?」
お父さんの言葉に苦笑が浮かぶ。
問題事から逃げてきたと思ったんだけどなぁ。
まだ何かあるらしい。
岩穴から出て、周りを見渡す。
「もう気になることは無い?」
シエルたちに訊くと、それぞれが鳴きながら頷いてくれる。
「ソラ。悪いがゆっくり出来るこの岩穴より大きな場所はないか? 彼女をしっかりと休ませたい」
「ひどいの?」
「栄養不足で風邪を拗らせたら大変だから」
確かに。
「ポーションだけ飲ませていく?」
「そうだな。すぐにフレムのポーションが取り出せるか?」
腰に巻き付けてあるマジックバッグからフレムの赤いキラキラしたポーションを取り出す。
「そのポーション小分けにしたのっていつだっけ?」
「えっと確か、3ヵ月ぐらい前かな?」
「劣化しないな」
お父さんがポーションを見て感心した表情をする。
フレムのポーションも、ソラのポーションのように小分けにしても劣化しない。
本当に不思議なポーションだ。
「支えてもらっていい?」
「あぁ、ちょっと待て」
お父さんが女性を支えて顔を少し上に向けてくれる。
口にそっと瓶の口を当て、少しずつポーションを流し込む。
「咽るかもしれないからゆっくりな」
「うん。大丈夫……よしっ、飲んだ」
ポーションが効いたのか、少しずつ女性の息が落ち着いてくる。
顔色もよくなったようだ。
「大丈夫だね」
「そうだな」
お父さんが女性を抱え直すと、動きを止めた。
「お父さん?」
「アイビー、ちょっと岩穴に戻ろう」
「えっ?」
お父さんは女性を抱えると、出てきたばかりの岩穴に戻る。
慌てて後を追うと、お父さんが女性の服の襟元を緩めていた。
「どうしたの?」
「ちょっと、気になるモノが見えて。確かめたい」
女性の首元が見えるようになると、黒い蔦のようなモノが見えた。
「なにこれ?」
「昔使われていた奴隷印だ。この方法は禁止されているんだが」
「奴隷印? 教会の人なのに?」
お父さんの表情に焦りが見える。
「この奴隷印は、見た目ではどんな命令がされているか分からないんだ。命令も確か10個はつけられたはずだ」
「10個! 今は3個までって決まってるよね?」
「あぁ、奴隷たちを守るために法律が変わって、この奴隷印の使用は禁止されたんだ。まさかこんなモノを今も使っている奴らがいるとは」
確か、奴隷を使った犯罪が横行したんだっけ。
それで法律が変わって命令は3個まで。
奴隷の輪には、どんな命令をしたのか一目でわかるようにする事が義務付けられたと聞いたな。
「困ったな。魔力が安定したら命令通りに動き出すかもしれない。しかもどんな命令がされているのか分からないし……」
お父さんが岩穴の中を見渡す。
そして、私が持っている緑の箱を見る。
「それって確か……」
「うん。女性が持っていた箱なんだけど」
「見せてもらえるか?」
「もちろん」
私の箱ではないけど、良いよね。
お父さんに渡すと、ゆっくりと蓋を開けた。
中身を見たお父さんが少し驚いた表情をする。
「マジックアイテムだ。彼女は逃げてきたのかもしれないな」
「えっ? 教会から?」
奴隷印があるのに?
「まだ予想だから、なんとも言えないが。その可能性はある」
お父さんが、箱から黒い紐を取り出す。
「紐?」
もしかしてこれがあるから逃げられたとか?
でも、ただの黒い紐に見える。
「あぁ。この黒い紐は体内にある魔力を吸い取って不安定にするんだ。昔使われた拷問道具の1つだ」
「えっ!」
ただの紐に見えるのに、そんな力があるんだ。
でも、拷問道具?
魔力を吸い取って、不安定にさせる事が?
私が首を傾げると、お父さんがポンと頭に手を乗せる。
「魔力が強い者に使用されたんだ」
魔力が強い者?
なるほどこの黒い紐で魔力を吸い取って乱れさせて魔法を使えないようにしたんだ。
あれ?
でも魔法を使わせないようにするマジックアイテムがあったよね?
なんでそっちではなく、この黒い紐を使ったんだろう?
「このマジックアイテムは使いたくないな。だが、他に奴隷印を抑える方法が思いつかないし」
「ぺふっ」
「ん? ソル?」
お父さんが黒い紐と女性を見比べていると、ソルが女性に近付く。
そう言えば、この岩に微かにあった魔力を食べた後、少しぼーっとしていたな。
「ソル、もう大丈夫なの? 少し様子がおかしかったよね」
女性の方に気を取られて、様子を見るのを忘れてた。
駄目だな、これじゃ。
「ぺふっ」
一つ頷くソル。
そして嬉しそうに、女性に向かって飛んだ。
「「あっ」」
女性の首を包み込んだソル。
そのままちょっとプルプルと揺れると、静かになる。
「お父さん」
「ん?」
「紐はいらないんじゃないかな?」
「あぁ、そんな気がする」
お父さんと一緒に、女性とソルを見つめる。
「ここで見てても仕方ないな。今日はこの岩穴とテントで順番に休憩するか」
「そうだね。この岩穴だと3人は寝られないもんね」
普通に座るぐらいなら問題ないが、ぎりぎりの広さだ。
岩穴を出ると、シエルがのんびりとくつろいでいる。
そのお腹のあたりにソラとフレム。
トロンは肩から下げているバッグの中で、いつの間にか寝ていた。
「ちょっと振り回しちゃったな」
トロンの入っているバッグをシエルの近くに置く。
「ごめんね、シエル。トロンが起きたら知らせてくれる?」
「にゃうん」
「あっ、それと。今日はこの岩穴の近くで過ごすことになったから。協力よろしくね」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「にゃうん」
順番に頭を撫でると、テントの準備をしているお父さんの下にいく。
「ごめん手伝うよ」
「ありがとう。そっちを押さえてくれ」
テントを2人で張り終え、食事の準備を始める。
「起きるかな?」
「ん~、魔力が乱れると体力が奪われるから、今日は無理かもしれないな。体力がなさそうな細さだし」
「確かに。でも、起きた時にすぐに料理が出来るとは限らないし……消化の良いものを作り置きしとくね」
「そうだな。手伝うよ」
「ありがとう」




