472話 師匠の弟子
「やっぱりドルイドだったのか。久しぶりだな」
えっ?
団長さんとお父さんは知り合い?
不思議に思いお父さんを見ると、神妙な表情で団長さんを見つめている。
「あれ? もしかして分からない? 昔――」
「アイビー」
「はいっ!」
お父さんのあまり聞かない低い声に思わず背が伸びる。
「今すぐ、この村を出発しようか」
「待て、待て。お前、久しぶりに会った俺に対してその反応はひどくないか?」
団長さんが慌てて、お父さんに駆け寄る。
その慌てっぷりにちょっと笑ってしまう。
先ほど見せた鋭さが、完全に無くなっている。
「はぁ~」
「なんでため息を吐くんだ。同じ師匠の下で学んだ仲間だろうが」
「えっ! 師匠さんのお弟子さんなんですか?」
あの師匠さんの弟子?
そう言えば、何人か冒険者を育て上げたと言っていたような……。
「そうなんだよ。よろしくな」
「あっ、よろしくお願いします。アイビーです」
「いい子だな」
団長さんがすっと私の方に手を伸ばすと、お父さんがパシリと叩き落とす。
「アイビーに触るな」
「だから俺に対する態度がひどいって!」
お父さんに頭をポンと撫でられる。
いつもよりほんのちょっと力が強いそれに首を傾げてお父さんを見ると、団長さんにニコリと見事な作り笑いをみせていた。
「久しぶりだな。元気そうで良かったよ。じゃっ」
「相変わらず冷たいな~。このまま出ていったら、昔みたいに追い掛け回すぞ」
団長さんの言葉に、疲れた表情のお父さんがため息を吐く。
「この村で団長をしているとは知らなかったよ」
話す気になったお父さんに、団長さんはしてやったりという表情でニヤッと笑った。
「あぁ、色々あって数年前にこの地位を前の団長から奪ったんだ」
奪った?
「何かあったのか?」
「買収されたトップなんて必要ないだろ?」
「あぁ、ギルマスだけではなかったという事か」
前のギルマスさんは教会に買収されていた。
自警団の団長さんも同じだったという事か。
「そうそう。同じ時期にギルマスと団長が代わったんだよ。ちなみにギルマスはビースだ。覚えてるか?」
「あぁ、あいつが?」
「そうそう。それにしても名前を見てまさかと思ったが本当にドルイドだとはな。ドルイドはあの町から出ないと思い込んでいたが……雰囲気も変わったし、人は変わるもんなんだな」
「まぁ、色々あったからな。それにしてもポリオンが団長って、違和感を覚えるな」
お父さんがポリオン団長さんを見て、苦笑を浮かべる。
「そうだろうな。俺も違和感を覚えるんだから」
それはどうなんだろう?
「あの~、ドルイドさんの師匠は団長と同じ師匠なんですか?」
リア副隊長さんがお父さんとポリオン団長さんを交互に見る。
「あぁ、モンズという師匠の下で5年ぐらいともに学んだ仲間だ」
お父さんの言葉にポリオン団長さんが頷く。
「同じ師匠にしては年がちょっと離れてますよね? 団長は45か46でしたよね。ドルイドさんは30後半ぐらいですか?」
「……33歳です」
あっ、お父さんちょっと悲しそう。
気にしてるもんね。
でも、確かに年が離れてる。
体力面で違いが出ないように、年の近い弟子を持つって聞いたことがあるけどな。
「……すみません。貫禄があったから。えっと、年が離れてませんか?」
リア副隊長さんの言葉に苦笑を浮かべる。
さすがに老けて見えるとは、言えないよね。
「俺とビースは奴隷の時期があったから。服役期間後に師匠の下で修業したんだ」
「奴隷?」
私の言葉にポリオン団長さんが肩を竦める。
「昔はちょっと馬鹿な事をして犯罪奴隷に落ちたんだよ。訳ありという事で8年の短期だったけどな」
「そうだったんですか」
「えっ、あの噂は本当だったの?」
リア副隊長さんが驚いているので、知らなかったのかな?
「ポリオンを捕まえたのがマルアルなんだよ」
マルアルさんは師匠さんの元チーム仲間だった人だよね。
「ポリオンとビースが、一見普通の商人に見えるマルアルに強盗を仕掛けて返り討ちにあったんだよな」
「そうそう。あの時は見事な一撃を食らったよ。まぁ、その出会いで弟子になれたんだけどな」
ギルマスさんをしているビースさんも一緒だったんだ。
「それにしても、名前が気になったからわざわざここに来たのか?」
お父さんの少し呆れた表情に、ポリオン団長さんが首を横に振る。
「違う、お礼を言いたかったんだ。フォルガンを討伐するのがこれから楽になるからさ」
ポリオン団長さんの言葉にお父さんも私も首を傾げる。
「ドルイドも不思議に思わなかったか? フォルガンの討伐に火矢が多い事に」
「あぁ、なぜ火矢に固執するのか、意味が分からなかった」
「団長。そろそろ、座って話しませんか? ずっと立ち話を続けるつもりですか?」
「「えっ?」」
そう言えば、食堂の入り口で話し込んでいたな。
リア副隊長さんの言葉に、ポリオン団長さんもお父さんも苦笑を浮かべた。
「悪い。お茶を頼めるか?」
「もう準備してますよ」
ポリオン団長さんの言葉に呆れた表情のリア副隊長さん。
一度調理場に行くと手にお皿を持って出てきた。
「アイビー、お菓子をどうぞ。これ、この村で最近できた新しいお菓子なの。よかったら食べてみて」
「ありがとうございます」
リア副隊長さんに薦められた席に座ると、お父さんが隣に腰を下ろす。
お茶が目の前に置かれると、小さくお礼を言うお父さん。
少し落ち着いたかな?
「それでなんで火矢に固執するんだ?」
「上位冒険者がかなり魔力を込めた攻撃なら効くが、下位冒険者や中位冒険者だと火矢以外の攻撃が効かないからだ」
「えっ? 効かない?」
「あぁ、色々試したが火矢以外はあの球の結界に弾かれるんだ」
「そんなにすごい結界には見えなかったが」
結界?
よく分からないけどフォルガンを倒すのは大変そう。
「そう見えるんだけどな。中位冒険者が魔法を込めて作る火弾も水弾もあの結界は壊せなかった。壊すことが出来たのが上位冒険者の攻撃だけ。しかも、1つ1つにかなり魔力を注ぎ込む必要があった。ただ火矢だけはそれほど魔力を込めなくても、あの球の結界に傷をつける事が出来た」
「不思議だな。原因は?」
「不明。どう調べてもなぜそうなるのか分からなかった。そこを解明出来たら、もっと楽に討伐が出来るんだけどな」
「かなり面倒くさい魔物だな。それに昨日みたいに数で襲われたら」
「あぁ、昨日はかなり危ないと思っていた。自警団員たちも冒険者たちも覚悟していたよ」
「覚悟? ……逃げた冒険者がいたぞ」
「あぁ~それは聞いている。今頃ギルマスにしごかれているだろう」
「そうか。ご愁傷様だな」
ご愁傷様?
「でだ、覚悟してギルマスと話し合っていたら自警団員の1人が詰め所に飛び込んで、『切った!』とか叫ぶんだ。あの時は、こいつ気がふれたのかと思ったな。まぁ、落ち着かせて詳しく聞けば、見た事のない冒険者がフォルガンの攻撃を切っているとか言うし。上位冒険者が来たという報告は無かったし。様子を見に行かせたら、攻撃するのに魔力を込めた様子は無いとか言うし、大混乱」
「あ~、それは悪かった。冒険者は辞めたから」
「そうみたいだな」
ポリオン団長さんがお父さんの腕をちらりと見て、一瞬だけ寂しそうな表情をした。
「なんであんな攻撃をしたのか不思議だったが、フォルガンについて知らなかったんだな」
「あぁ、フォルガンが水魔法で作る球に結界があるのも、実際に目にして知ったんだ」
「そうか。説明不足だったんだな、悪かった。ただ、今回はそれが役に立ったみたいだが」
ポリオン団長さんが頭を下げるが、仕方ないと思う。
「すみません。門の所でしっかり説明しなかったのは私ですよね」
リア副隊長さんが頭を下げる。
「いやいや、リア副隊長は悪くないから。この村に入る時に冒険者として入っていないんだから、仕方無いんだよ」
そう、冒険者としてこの村に入っていたら、しっかり説明されていたと思う。
もしも討伐に参加する場合の事を考えて。
でも、お父さんも私もただの旅人で村に入っている。
その場合は、訊かない限り詳しく説明されることは無い。
「それより、俺の剣が効いた原因は分かったのか?」




