471話 嫌な予感
コンコン。
「誰だろう?」
お父さんはまだ寝ているんだけど。
「誰ですか?」
扉に近付き、外に向かって小声で話す。
「ごめんなさい。今、大丈夫ですか?」
この声はリア副隊長さん?
「はい。ただ、お父さんがまだ寝ているので」
「あっ、ごめんなさい。ドルイドさんに少し話があったのだけど、起きたら私に声を掛けてもらっていいかな?」
話?
「どんな話ですか?」
「団長が、昨日の事でお礼が言いたいから会いたいと言ってまして」
あ~、昨日の事か。
どうしよう。
お父さんの様子から、あんまり関わりたくなさそうだったし……。
でも、これって断ってもいいのかな?
どうしよう。
「あっ、会いたくなかったら断ってくれていいので。えっと、ドルイドさんが起きたら『自警団の団長が会いたがっている』と言ってもらえるかな? 会うか会わないかは2人で相談して決めてもらえればいいので」
断ってもいいんだ。
「それだったら、分かりました。起きたら伝えます」
「ありがとう。今日は私休みでチェチェにいるから、いつでも声を掛けてくださいね」
「分かりました」
「朝早くからごめんね。ゆっくり休んで」
扉から離れる足音を確認してから、扉から離れる。
そっとお父さんを窺うと、まだよく寝ている。
「よかった」
「ぷ~」
ソラが心配そうに私を見ている。
よく見ると、シエルも起きているのが分かった。
「大丈夫。ちょっと話があっただけだから」
私の言葉に、ソラが寝直すのが分かった。
シエルは私が椅子に座ると、膝に飛び乗ってきた。
「おはよう。よく寝れた?」
「にゃっ」
静かに話しながら、窓から外を見る。
昨日のフォルガンの襲撃が嘘のように普通の朝。
「慣れているんだね」
何だかそれに違和感を覚えるな。
まぁ、慣れるしかないんだろうけど。
「大変だよね。他の村では魔物除けが効いて村の中は安全なのに。ここでは違うんだから」
それにしてもいいお天気だな。
窓から入ってくる光がぽかぽかして気持ちいい。
…………
「アイビー、アイビー。ここで寝ると体が痛くなるぞ」
あれ?
パッと目を開けると、目の前にお父さん。
膝の上にはシエル。
「あっ、寝てた?」
「あぁ、寝られなかったのか? どこか体調でも悪いのか?」
「ふふっ、大丈夫。外を見てたら寝ちゃったみたい」
シエルを机の上にのせて、立ち上がって体を動かす。
椅子の上で寝たせいか、ギシギシいっている。
あ~、首が痛いかも。
「あっ、そうだ。リア副隊長さんが待ってるんだった」
「待ってる?」
私の言葉に不思議そうな表情のお父さん。
「団長さんが、昨日のお礼を言うために会いたいんだって。リア副隊長さん曰く、断ってもいいそうだよ」
「団長が? お礼のために会う?」
「昨日、フォルガンの襲撃を防いだからじゃないの?」
「それだけでわざわざ団長が会いに来るのか? 他に何かありそうだな」
「他に? お礼のために会う事は珍しい事なの?」
「お礼を言われる事はあるだろうけど、わざわざ会いに来るのは珍しいだろうな。何かあった時に、冒険者が手助けするのは決まりなんだし」
「お父さんが冒険者じゃないから?」
「いや、それぐらいでは団長自ら会いには来ないだろう」
言われてみれば、団長が出てくるのは少しおかしいかな?
何かありそうとお父さんは思っているけど、なんだろう?
「会いたくなかったら、断ってもいいってリア副隊長さんが言ってたけど」
「お礼を言いたいと言っているだけなのに、断るのはおかしいよな」
そうなんだよね。
お礼だと言っているから、断りづらいんだよね。
「断れないように、言葉を選んでいるよね。この村の団長さんも、いい性格してるのかも。もしかして既に下に居たりして。ふふっ」
「「…………」」
あれ?
なんだかすごく嫌な予感がする。
「まさかね?」
「俺もそう思いたいが。団長という立場に就く奴は、食えない奴が多いからな」
苦虫を噛み潰したような表情でお父さんが言う。
何か色々過去がありそうだな。
「はぁ、仕方ないか。まぁ、もしもの時はフォロンダ領主の名前を出すか」
「名前出しちゃって、いいのかな?」
「何かあれば、名前を出していいと言われていただろ?」
「そうだけど」
何だかいいように使うみたいで、嫌だな。
悪い事をしているみたいな気分になる。
「もし使ったら、『ふぁっくす』で使った事を伝えて謝ろう。使いましたごめんなさいって」
「うん。そうする」
「話は変わるけど、もう昼前なんだよ。屋台で何か買ってこようか?」
「屋台か……。私は、おにぎりがいいや」
起きたばかりだから、そんなに食べたいと思わないし。
「そうか? だったら俺もおにぎりにしようかな。あの小さい肉が入ったおにぎりが気になっていたんだよ」
「じゃ、準備するね」
「俺がしておくから、顔洗っておいで」
「分かった。よろしく。あっ、ソラたちのご飯!」
「大丈夫、終わってるから」
「ありがとう」
顔を洗って着替えて部屋に戻ると、机の上にはお茶と大量のおにぎり。
その中から塩だけを使った、塩おにぎりを取って食べる。
「塩だけのおにぎりをよく食べてるよな」
「お父さんには薄い味なんだろうけど、私はこの味が好きなんだ。それにしても、お父さんは朝からガッツリだね」
お父さんが好きなのは、肉がゴロっと入った焼肉おにぎりか、肉を細かく切ってご飯に混ぜてから握った混ぜご飯おにぎり。
どちらも肉にしっかりと味をつけている。
「美味いよな。これだったらいくらでも入りそう」
もう少し作っておいた方が良かったかな。
確か100個は作ったはずだけど……。
「ごちそうさま」
私から少し遅れてお父さんも食べ終わる。
「は~、食った。ごちそうさま」
朝からおにぎりを12個も食べたお父さん。
やっぱり、もう少し作っておけば良かったな。
次は200個にしよう。
「さて、リア副隊長に会いに行こうか」
「うん」
「ちょっと1階に行ってくるな。何かあったら隠れてくれ」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「にゃうん」
「ぺふっ」
「ぎゃっ」
皆の元気な声を聞くと、元気になるね。
「「行ってきます」」
部屋を出て鍵をしっかりと閉めると1階へ降りる。
「だ~か~ら~。ちゃんと説明するから、今は帰れと言っているんです! この分からず屋!」
階段を下りていると、食堂からリア副隊長さんの怒鳴り声が聞こえてくる。
お父さんと視線が合うと肩を竦めた。
「嫌な予感しかしないな」
「そうだね」
食堂に向かうと、声はどんどん大きくなる。
「会うと許可をもらってないうちから来てどうするんですか! 馬鹿なんですか?」
やっぱり団長さんか。
「リア、俺は一応君の上司なんだけど」
自分で一応というのは駄目だよね。
「それが何か?」
うわっ、リア副隊長さんの声が一段と低くなった。
「入りづらいね」
「そうだな。とはいえ、ここにいるのもな」
「うん」
コンコン。
「失礼。おはようございます。リア副隊長」
お父さんを見たリア副隊長さんが、椅子に座っている男性の前の机をバンと両手で叩く。
「あ~、ほら来ちゃったじゃないですか! クソ団長」
「リア、どんどん口が悪くなるな。誰のせいなんだろう?」
「胸に手を当てて考えたらどうですか? 団長?」
「はいはい……特には何も?」
この団長さん、かなり曲者だ。
リア副隊長さんと話しているのに、食堂に入った私たちをしっかり確認してる。
「かなりやり手だな」
無事に出発出来るかな?




