466話 頑張って作る!
「お父さん、そっちのお鍋かき混ぜてほしい」
調理場を借りて、作り置き用の料理を作り始めたのだけど、想像以上に忙しい。
「分かった」
少し欲張り過ぎたかも。
でも、作り置きをマジックバッグに入れておくと便利なんだよね。
昔の干し肉と果物に戻るのはつら過ぎる。
やっぱり、頑張るしかないか。
「あ~、ちょっと焦げた!」
「少しなら気にならないから、気にするな」
お父さんが寛大で良かった。
あれ、これって焦げても大丈夫だっけ?
ホワイトソースを使ったスープの予定なのに……まぁ、少しだし大丈夫かな。
「パンが焼けたわよ~、良い香り」
ケミアさんがオーブンから焼けたパンを出してくれた。
部屋にパンの良い香りがふわっと広がる。
調理を始めてから、そろそろ3時間が過ぎる。
お腹が空きだしたので、パンに手が伸びてしまいそうだ。
「それにしても、面白い事を考えるわよね~。薬草を入れたパンなんて」
「あははっ、美味しそうだったので……」
パン作りを教わった日の夜に、なぜか前世のパンを色々と思い出した。
その中の1つに、ハーブをパン生地に練りこんで焼くという物があった。
簡単そうだったので、試しに挑戦してみたのだが美味しかった。
なので調子に乗って色々混ぜていたら、ケミアさんが手伝いに来てしまった。
驚いた表情のケミアさんと、焦った私。
お父さんの「ちょっと変わった子だから」が、心に刺さった。
「それは?」
ケミアさんの質問に、パン生地で崩した六の実を包み込んでいた作業を止める。
「えっと、パンの中に詰めて焼いてみようかと思って」
変わった子なので、色々しても大丈夫だろうと吹っ切れました。
そのお陰で目の前には、前世の私が大好きだった調理パンと言われる物が並んでる。
まさかおかずをパンの中に入れるなんて、驚き。
「アイビー、また面白い物を作ってるな」
タレ漬けしたお肉を焼き終わったお父さんが、私の手元を見て苦笑を浮かべる。
鉄板に具を包んだパンを並べ、霧吹きで水をかけ2倍に発酵するのを待つ。
「美味しそうだったから。駄目かな? 変にみられるかな?」
お父さんにそっと小声で尋ねる。
「まぁ、ちょっと変わった子が、すごく変わった子になるぐらいだな」
「もう」
お父さんを睨むと、
「悪い。しかし俺も、もう少しまともな言葉が出てきても良かったと思うのだが『変わった子』って……」
「あはははっ。別に気にしてないからいいよ」
言ったお父さんの方が、衝撃を受けている事に笑えてくる。
「スープはこれで完成だな。煮物は?」
「冷める時に味がしみこむから、お鍋のままで冷まし中。冷めたら温め直して、マジックバッグに入れるね」
完成した料理をマジックバッグに入れながら、紙に料理名と個数を書いていく。
こうしておけば、何があって残りが何個あるのかすぐに分かる。
「よしっ、一区切りできそうだな。今オーブンに入っているパンが焼けたら、お昼にしようか。ケミアさんもお昼にしませんか?」
お父さんがケミアさんに声を掛ける。
「ふふっ。リフリがお昼を一緒に食べましょうって言ってたわ。どうかしら?」
ケミアさんの言葉に首を傾げる。
調理場は占領してしまっているけど大丈夫なのだろうか?
「私が3日前に仕留めてきたフォーを庭で焼いてるの、一緒に食べましょう?」
フォーは確かハタル村の周辺にいる魔物だと聞いたな。
ん?
私が仕留めてきた?
ケミアさんを見る、細身で若く見えるけど60代。
「ケミアさんは冒険者だったんですか?」
「えっ? 違うわよ。私はずっとこの宿屋の娘よ。狩りをするのは父に懇願されちゃって『宿が潰れるから何とか自分で肉を確保してくれ』って。で、自分の食べる分ぐらいは自分で狩ろうと思って頑張ったの」
すごいな。
それでフォーがどんな魔物なのかは分からないけど、狩れるようになるんだ。
「今では、この村の周辺で狩れない魔物はいないわよ」
本当にすごいな。
あっ、もしかして壁をよじ登ってくる魔物の事も知ってるかな?
魔物除けが効かないって聞いてから、興味があったんだよね。
「魔物除けが効かない魔物がいますよね。あれも狩れるんですか?」
「あぁ、壁登りの事? もちろん狩れるわよ。あれは意外に美味しいの。だから警報が鳴ったらすぐに壁に向かうわ」
壁登り?
もしかして名前とか?
まさかね?
「あの、壁登りって何ですか?」
「えっ? あぁ、壁登りの呼び方で慣れちゃって、魔物除けが効かない魔物の事よ。魔物の名前はフォルガンなんだけど、名前が出来る前に村では壁登りって呼んでいたから、こっちの方が馴染みがあってね。つい、そう呼んじゃうの」
名前が出来る前?
あっ、そうか。
この村で初めて見つかった魔物だから名前が無かったのか。
「あっ、パンが焼きあがったみたいね」
オーブンを開けるとパンが焼けている。
これも薬草を混ぜ込んだパンだ。
「じゃ、お昼にしましょうか」
お父さんの言葉に、焼けたパンをカゴに入れてケミアさんの後についていく。
宿の裏の扉から外に出ると広い庭があり、そこで店主さんが大量の肉の塊を焼いていた。
「お~、ちょうどいい時に来たぞって、失礼」
「話し方はいつも通りでいいですよ。その方が気楽なので。俺もそうさせてもらいますから」
お父さんの言葉に店主さんが、小さく頭を下げた。
「もう何十年も宿の店主をしてるのに、苦手なんだ」
店主さんの言葉に、ケミアさんが笑う。
「気が抜けると、素でしゃべっちゃうのよね」
「あぁ、ついな。いつか大切な時に失敗しそうで、怖いよ」
「あら、リフリは必要な時はちゃんとしているから大丈夫よ」
「そうか? 出来ているなら嬉しいが。ほら」
店主さんがフォーを豪快に切り分けてケミアさんに渡す。
「ありがとう。いい匂い」
「相変わらずいい腕しているよな」
「肉のためよ!」
続いて同じように豪快に切った肉の載った皿が私の前に差し出される。
「ごめんなさい。こんなに食べられないです」
「ん? 悪い。つい癖で」
慌てて店主さんがフォーを細かく切って、お皿には焼いた野菜も載せる。
「はい」
「ありがとうございます」
「アイビーもいつも通りの話し方でいいぞ」
「あっ、はい」
いつも通り……お父さん以外の人に?
ラットルアさんたちは親しい人だけど、店主さんはまだ出会ったばかりだし、年もかなり上だし。
どう話せばいいのかな?
「あっ、美味しい。お肉の味が濃いですね」
「そうだな。これは美味い」
私の言葉に、隣で食べていたお父さんが頷く。
「そうでしょ? そうだ! マジックバッグにまだ余裕があるなら、フォーのお肉を少し持っていく?」
「えっ?」
ケミアさんの食料を?
それは駄目でしょう。
というか、2回目のお代わりに行っている。
食べるの早いな。
「壁登りが出てから、なぜなのかフォーの数も増えてね。狩りがしやすくなったから、お肉はいっぱいあるのよ」
ケミアさんが話しながら、ある方向を指す。
見ると庭で一番目立つ小さな建物。
「あれは?」
「肉専用の置き場所なんだけど、3日前に4頭も狩ってきちゃって、部屋がいっぱいなのよ。どう? いらない? 貰ってもらえない?」
4頭も狩ったんだ。
だったら、少しぐらい貰ったとしても、大丈夫かな?
「えっと、ケミアさんが良いと言うなら欲しいです」
「本当? 貰ってくれる? ありがとう」
「いえ、こちらこそ助かります。ね、お父さん」
「そうだな。ありがとう」
美味しいお肉を手に入れられちゃった。
味が濃いから塩だけでも十分美味しいし。
午後から、フォーを使って何か作ろうかな。