464話 ケミアさん
「これで2回目の発酵が終わったら、焼いて完成になります」
宿『チェチェ』の店主さんの奥さん、ケミアさんからパンの作り方を教えてもらいながら初めてのパン作り。
初めて触るパン生地は、ふかふかしていて面白い。
お父さんがハンバーガーを食べたいという事だったので、丸い白パンがあるか店主に訊くと奥さんがパン作りが得意だからと、焼いてくれることになった。
店主の奥さんケミアさんは気さくな人で、作っているところを見学したいというと「それなら一緒に作りませんか?」と誘ってくれたのだ。
興味があったので、一緒に作らせてもらったのだが、生地を捏ねるのは思っていたより大変で腕がプルプルしている。
「ありがとうございます。パンって手間も時間もかかるんですね」
パン作りでは、イースト菌による発酵がとても大切らしい。
上手く発酵できなかったら膨らまないし、し過ぎても味が美味しくなくなるらしい。
ケミアさんが言うには、使う小麦でも違ってくるらしく、パン作りは奥が深いと言っていた。
確かに、思っていたより大変だった。
「そうね。確かに手間も時間もかかるわね」
作る工程を考えると、旅の途中でパンを作るのは無理だろう。
村や町で大量に作って、マジックバッグに入れておくのが一番いいかな。
発酵が終わったパンを、窯に入れて焼いていく。
「すごくいい香り」
香ばしい香りが調理場に広がる。
香りでお腹がすきそう。
「本当ね。上手に膨らんだみたいよ」
「本当ですか?」
窯の中を遠くからそっと覗く。
確かに膨らんでいるように見える。
「良かった」
「ねぇ、アイビーさん」
「はい、なんですか?」
ケミアさんを見ると、なぜかすごい笑顔で私を見ていた。
それに驚いて、ちょっと体が引いてしまう。
「ぱんばーばー?」
ぱんばーばー? ってハンバーガーの事?
なんかすごい名前になっているな。
「昨日聞こえちゃって、どんな食べ物なの? すごく気になっちゃって」
欲しい野菜を書き出している時の、お父さんとの会話が聞こえたらしい。
「えっと、ハンバーガーはパンに野菜やお肉を挟んで食べるジャン……?」
あれ?
今、何か言おうとしたけど何だった?
「じゃん?」
「いえ、なんでもないです。お昼などにぴったりのパン料理です」
作ってみた方が分かりやすいよね。
「あの、お昼に食べれるように一緒に作りませんか?」
「あらっ、さっきとは逆で今度はアイビーさんが先生ね。お願いするわ」
嬉しそうにするケミアさん。
今から作ると、ちょっとお昼を過ぎちゃうけどいいのかな?
「お肉を挟むって言ったわよね。どれがいいかしら? パンに味はついている方がいいのかしら?」
「いえ、味はついてないほうがいいです」
「分かったわ。ん~、これにしましょ」
ケミアさんが、マジックボックスから肉の塊を取り出してくる。
見ると、脂の入り方から見てちょっと高級な肉だとわかる。
「ケミアさん、お肉は細かくミンチにするので、安い肉でも大丈夫ですよ」
というか、それって夕飯用のお肉では?
「そう? 細かくするの? 塊じゃないんだ」
ちょっと残念そうにするケミアさん。
「お肉好きなんですか?」
「お肉の塊が好きなの!」
笑顔で答えるケミアさんの全身を見る。
20代でも十分に通る若々しさに、ほっそりした体型。
これで肉の塊が好きと言われても、冗談にしか聞こえない。
「細かく切っちゃうなら……あっ、お肉の余ったところでもいいのかな?」
「はい。十分です」
「お肉って、どうしても端が残るのよね。いつもスープにするしか無くて困ってたのよ」
そう言えば、昨日の夕飯で出たお肉は、硬さが違う端の部分は全て取り除かれていたな。
他の宿では、あまりそういう事はしないから驚いたっけ。
この『チェチェ』では、それが当たり前みたいだけど。
「マジックボックスの中を見てもいいですか? 必要な物があって」
「いいわよ。ハンバーガーに必要な物は何でも使っていいから」
……夕飯は良いのかな?
とりあえず、お肉も細かく切らないと駄目だし、とっとと作ろう。
「これ、美味しい。やだ、残りも食べちゃっていいかしら?」
「えっと……はい」
あの量のハンバーガーは、どこに消えたんだろう?
すごい勢いでケミアさんの口の中に消えていく、ハンバーガーを見つめる。
こういうのってなんて言うんだっけ?
「痩せの大食い」だったかな?
「それにしても、美味しいわ。これは絶対にこの宿でも出すべきね。うん」
気に入ってくれたようで良かった。
まぁ、気に入らなかったら6個も食べないよね。
出かけている店主さんとお父さんの分は、最初に別にしておいてよかった。
端肉を大量に貰ったので、頑張って細かく切ってそこにみじん切りにして炒めた玉ネギと塩と胡椒を少し入れて混ぜ混ぜ。
六の実を解して入れて、砕いた黒パンをちょっと入れて、薬草も入れて混ぜ混ぜ。
丸く薄く成型してこんがり焼いたら、ひとまずお肉の準備は終了。
パンの間に、葉野菜と焼いたお肉を挟んでソースを少し掛けて完成。
自分でも満足いくハンバーガーが出来たと思う。
パンは失敗することなく、ふんわり焼けたし。
間に挟むお肉も、大量に貰ったので厚みもあるし。
「あっちは駄目かしら?」
「駄目ですよ。店主さんとお父さんの分なので」
え~、まだ入るの?
ケミアさんの体型をもう一度確かめる。
あっ、お腹のあたりがポッコリしている。
……大丈夫なのかな?
「端肉でも十分に美味しかったわ。薬草の新しい使い方も分かったし。ありがとう」
「いえ、こちらこそ。美味しいパンの作り方をありがとうございます」
ケミアさんと後片付けを始めると、出かけていた店主さんとお父さんが戻ってきた。
「お帰り、どうだった?」
調理場に顔を出したお父さんに声を掛ける。
「あぁ、野菜の良い物を店主が見つけてくれたから、良い買い物ができたよ」
必要な野菜のリストを店主さんに見せると、思ったより野菜の種類が多岐にわたっていたらしく注文を掛けずに翌日お店の方に買い出しに出かける事になった。
朝早くから出かけていたのだが、様子を見る限り店主さんもお父さんも欲しいものを手に入れてきたようだ。
「良かった。あっ、お昼は食べちゃったかもしれないけど、ハンバーガーを準備しておいたよ。店主さんもどうですか?」
「本当か? あれ、美味しいよな」
「ハンバーガー?」
店主さんが驚いた表情で私を見る。
その、大げさすぎる驚き方に首を傾げる。
そんなに驚く事なんて、あったかな?
「残っているのか? ケミアが残してくれたのか?」
あっ……なるほど。
「はい。最初に2人分は除けましたから」
店主さんの様子から、ケミアさんの食べる量はあれが普通なのかもしれない。
あっ、ケミアさんがあの量を食べるって事は、店主さんも食べるのでは?
「2個ずつしかないですが……」
絶対、足りないよね。
もう、パンも残っていないから追加で作れないし。
「ありがとう。結構な量だな」
「んっ?」
あれ?
今、店主さんは結構な量と言ったのかな?
もしかして足りるのかな?
「アイビーさん、旦那は食べる量が少ないから大丈夫よ」
ケミアさんの言葉にほっとする。
良かった。
「ケミアに比べたら少ないだろうけど、普通だからな」
店主さんが、少し呆れた表情でケミアさんに言う。
その言葉に、少し不服そうな表情のケミアさんはお菓子を食べている。
まだ、入るのか。