462話 話を聞こう
洗濯物を全て洗い終わると、そっとその場を離れる。
既に教会の奴? を屑と言っていた人たちはいないが、洗濯場に来る女性の多くがそう思っているのか延々と似たような話がされていた。
「お父さん。教会がここまで嫌われる事はあるの?」
私の言葉に首を傾げ考え込むお父さん。
しばらくして、何か思い出した表情をした。
「俺が子供の頃の話だけど、王都の近くの町が教会の存在を拒否して追い出したと聞いた事があるな。あれはどの町だったかな?」
町から教会を追い出した?
「教会って、町や村の人たちにとって拠り所なんだと思ってた」
私が生まれた村では、皆が何かあるたびに祈りに行っていた。
私も5歳の頃までは、祈りに行った記憶がある。
だから、教会の内情を知ってちょっと衝撃だったんだよね。
「普通は拠り所になるように、教会側が動くんだが」
「そうなんだ」
「あぁ、教会を維持するのに必要なお金は、教会がある村や町の人たちからの寄付金で賄う事が決まっている。だから、教会にとって住民は大切な存在なんだ」
大切にされていたら、あんな言葉は出てこないよね。
「あそこまで嫌われていて、寄付金は集まるのかな?」
屑がいる場所に、普通はしないよね。
それとも村の決まりで寄付しないと駄目とか?
「集まらないだろうな。あっ、あの先に見えているのが教会みたいだな」
お父さんの視線の先を追うと、白い建物が見えた。
今まで見てきた教会より、綺麗な建物。
「お金が有り余っているみたいに見えるね」
壁や窓に施されたデザインが、とても資金に困っているようには見えない。
「そうだな。あれはどう見ても、そうとう金を掛けてるな」
白い建物を見ていると、中から冒険者たちが出てくるのが見えた。
町の人たちは、出てきた冒険者たちをちらりと見るが、すぐに興味を無くしたように視線を逸らす。
あっ、違う。
睨みつける女性たちがいる。
「行こう」
「うん」
そう言えば、洗濯場で怒っていたのも女性だったな。
それに教会から出てきた冒険者たちを睨んだのも女性。
男性は?
えっと……洗濯場では……いたけど、どうしてたっけ?
「お父さん」
「どうした?」
「教会を嫌っているのは、女性が多いみたいだね」
「あぁ。男性たちは、居心地悪そうに視線を逸らしていたな」
そうだったんだ。
さすがお父さん、ちゃんと見てるな。
「おそらく、襲ったんだろう」
「襲った?」
「あ~、アイビーには言いにくいが……」
「ん?」
私には言いにくい事?
「教会の連中が村の女性か子供でも襲ったんだろう。それで村の女性たちから嫌われているんだ。男性たちは教会だからと目を瞑ったか、何か力が働いたか」
「なるほど」
「まぁ、正解かどうかは分からないけどな。でも、女性たちを本気で怒らせる何かがあった事は確かだろう」
お忍びで来る人を、毛嫌いしている様子だったな。
「お忍びで来た貴族が原因かな?」
何かの力って貴族の権力かもしれないよね。
「まぁ、あの雰囲気からそうだろうな」
もし本当にお父さんの言ったような事があったとしたら……。
「貴族って最低」
フォロンダ領主みたいな人は珍しいと思っているけど、お忍びで来た貴族は屑だな。
まぁ、本当のところは分からないんだけど。
「あっ、違和感の理由が分かった」
「えっ? 違和感?」
「予想は当たっているかもな」
なんの話?
「襲われたのは子供かもしれないな」
「なんで?」
「気付かないか?」
気付かない?
お父さんが歩きながら周りを見回しているので、私も周りを見てみる。
もうすぐ昼になるからなのか、朝より活気がある。
人の数は多くなり、あちらこちらで立ち止まった人たちが話で盛り上がっている。
屋台の人たちは、笑顔で声を掛けている。
他の村と変わらない風景……あれ?
「……子供たちがいない?」
もう一度、周りを見回す。
親に抱っこされている、幼い子供はいる。
けれど、10歳前後の子供たちが1人もいない。
昨日、宿に向かう時はいたのに。
なのに、今日は……そうだ、朝から見ていない。
どうして?
「お忍びがあったからじゃないか? 何かあったら嫌だから外に出ないように言ったんじゃないか?」
「なるほど」
あれ?
……なんだろう?
見られているような気がするんだけど、気のせいかな?
「あ~、いた!」
えっ?
声が聞こえたと思ったら、昨日会ったリア副隊長さんが私たちのもとへ走って来た。
「良かった。無事ね」
無事?
「今すぐ宿に戻って」
焦った様子のリア副隊長さん。
「分かりました。アイビー、戻ろうか」
「うん」
リア副隊長さんと一緒に宿まで急ぎ足で戻る。
こちらの様子を窺っていた村の人たちが、どこかホッとした表情を見せている。
なんなんだろう?
「ただいま」
「ん? リアか? どうした?」
「もう! お父さん! 教会に屑が来てるんだから、ドルイドさんにちゃんと説明してよね!」
あっ、リア副隊長さんも屑って言った。
「やっぱり」
「お父さん?」
「子供たちが、お忍びで来た者たちに連れていかれないようにしたのか?」
お父さんの質問に、驚いた表情のリア副隊長さんが頷く。
「すみません。ここ1年……2年ぐらいかな? お忍びが無かったので、気を抜いていました」
「何があったんだ?」
「それが……」
リア副隊長さんが戸惑った表情で視線をさ迷わせる。
「リア副隊長」
お父さんに名前を呼ばれると、大きくため息を吐きお父さんをまっすぐ見つめた。
「アイビーに何かあってからでは遅いですからね、ちゃんと話します」
「お願いします」
食堂に入ると、店主さんがお茶を入れてくれた。
洗濯中に体が少し冷えていたのか、飲むとぽかぽかと体が温かくなる。
「えっと、まずは話を聞いて下さい。ドルイドさんは教会にその……信頼を――」
「いえ、全く。皆無です」
お父さんの言葉にリア副隊長さんと店主さんがぽかんとした表情を見せる。
そんなに珍しい事なのかな?
私が今まで出会ってきた人たちは、お父さんに近い人たちが多かったけど。
あっでも、旅の無事を教会で祈ってもらう人も多かったような気がする。
「なんだ、そうなんだ。良かった」
リア副隊長さんが安心したと、体から力を抜いた。
「証拠はないんです。でも、教会の屑どもがこの村の子供たちを貴族に売った」
「最悪ですね」
私の言葉に、リア副隊長さんが頷く。
「でも、調べる権限が無くて。その当時のギルマスは貴族に買収されて役に立たなかったし」
「それは……大変でしたね」
お父さんの言葉に、「そうなんですよ!」とリア副隊長さんが机を叩く。
「元々、態度の悪い司教と司祭だったんですけど。20年ほど前からどんどん態度が悪くなって。寄付金が集まらなくなっても、全然気にしないの。お忍びで貴族が来て多額の寄付をしていくから。でも、まだそれだけだったら無視していれば良かったんです。なのに、貴族が来るようになってから、21人の子供たちが消えた。子供が消えた時、すぐに教会を調べようとしても、証拠がないだの、権限がないだの」
証拠か。
教会は、証拠や証言がいくつあっても無駄だと思う。
「この村の男どもは、ギルマスの命令には逆らえないとかほざくし」
リア副隊長さんの言葉に、店主さんが苦笑を浮かべる。
「ギルマスは今も、買収された者が?」
「いえ、違う人です。前のギルマスは、既に奴隷落ちしています」
リア副隊長さんが嬉しそうに言うのがちょっと怖い。
まぁ、自業自得なんだろうけど。
「今のギルマスは大丈夫。信頼できる人です」