461話 屑?
商業ギルドに入ると、値段の交渉をしている人がいた。
とても珍しい商品なのか、かなり頑張っている。
「珍しいな」
「うん。交渉する人、少ないもんね」
商業ギルドでは値段の交渉は出来るが、持ち込んだ商品を鑑定するのはマジックアイテム。
マジックアイテムが出した査定を覆すのは一筋縄ではいかないため、交渉する人は少ない。
ただ、あまり出回らない物だった場合は、稀にマジックアイテムが出した査定より高値で取引される事がある。
それに賭けて、交渉をする人がいる事はいる。
あまり成功したとは聞かないが。
「さて、『ふぁっくす』は……あそこだな」
商業ギルドの隅に区切られた場所が見えた。
ここは簡易的な壁で区切られているようだ。
珍しい。
ほとんどの村では、机が置かれているぐらいなのに。
「アイビーも送るんだったよな」
「うん。ラットルアさんに」
『ふぁっくす』を扱う場所には、少し気が弱そうな男性が1人。
「すみません、『ふぁっくす』の紙を貰えますか」
「はい。どうぞ」
お父さんがさっそく『ふぁっくす』の紙を貰い、椅子に座って手紙を書きだした。
私も2枚貰い、ラットルアさんに向けて手紙を書く。
「あれ? オグト隊長から返事が無かったな」
皆、忙しいのかな?
あっ、師匠さんはどうしよう?
ハタカ村では、調べ物をしてもらったし、無事な事を伝えた方がいいよね。
「お父さん」
「どうした?」
「師匠さんには、お父さんが送ってくれる?」
私より、お父さんの方がきっといいはず。
「げっ……」
そんな嫌そうな顔をしなくても……。
「あ~、無事な事は報告しておかないとな」
「うん」
追加の紙を貰いに行くお父さんを見る。
やっぱり、オグト隊長にも無事な事を伝えておこう。
それとラットルアさんにもオグト隊長にも、すぐに村を出発する可能性があると伝えておこう。
そうすれば、返信は考えてくれるはずだから。
まぁ、忙しかったらこの『ふぁっくす』も、いつ読まれるか分からないけどね。
「後は……」
フォロンダ領主は、村に着いたらその都度『ふぁっくす』を送るように言われているけど、やっぱり送った方がいいのかな?
どうしよう……少し村の様子を見てからの方が良いかな?
忙しい方だもんね。
……うん、村の様子を見てからにしよう。
「どうした?」
「フォロンダ領主はどうしようかなって思って」
「村に着いたらその都度、『ふぁっくす』を送ってくれと言っていたな」
「うん」
「今日、村を回ってから決めよう」
良かった。
私と同じ判断だ。
「うん。私もそれが良いかなって思ってたんだ」
新たに貰った紙にオグト隊長への手紙を書く。
気の弱そうな男性に、『ふぁっくす』を渡しそれぞれに送ってもらう。
「ありがとうございました」
「いえ、またどうぞ」
男性に軽く頭を下げる。
何だろう、ちょっと見られてる気がするんだけど、気のせいかな?
「送ったのか?」
「うん」
お父さんと商業ギルドを出ると、森から帰ってきた冒険者たちの姿があった。
その表情から、逃げた人はまだ捕まっていないことが窺えた。
お父さんを見ると、冒険者たちを見ずに何かを考えこんでいる。
「どうしたの?」
「いや。『ふぁっくす』を送るのが、かなり遅かったから……怒っていないかちょっと心配で」
ずっと仲違いをしていた、お父さんとドルガスさん。
少し改善された関係が、『ふぁっくす』が原因でまた悪化しないか心配なのだろう。
「事情は説明したんでしょ?」
「あぁ、問題に巻き込まれてしまった事は、詳しくは書けなかったけどな」
まぁ、魔法陣については書けないよね。
「大丈夫だよ。きっと」
ドルガスさんの周りにいる人たちが、きっと助けてくれるはずだから。
「そうだな。そう信じるしかないよな」
お父さんが何度か頷くと、小さく息を吐いた。
「さて、洗濯場へ行くか」
お父さんが気を取り直すように、洗い物が入っているマジックバッグを担ぎ直す。
「うん。今日はいい天気だし、洗濯日和だね!」
私の言葉に、お父さんが笑う。
今回は宿を借りているので、洗濯は別に宿でも十分出来る。
でも、噂を聞くには洗濯場が一番。
あそこは、おしゃべりな女性や男性が集まりやすい。
運が良ければ「ここだけの話」が2、3個聞けるのだから。
本当にぎょっとする噂話もあるので、ちょっとだけ気を引き締める。
「そう言えば、洞窟で採ってきた魔石は売らないの?」
商業ギルドに行ったのに、魔石を売らなかったお父さんに首を傾げる。
特に焦って現金に換える必要はないけど、少しは売ってもいいのではと感じる。
「この村では止めておこう。困っているわけでもないしな」
「分かった」
目立たないためかな?
村の様子を見ながら、洗濯場へ向かう。
村の人たちは、逃げた少年については気にならないのか噂をしている様子は無い。
「気にしてないね」
「そうだな、昨日はもう少し気にしていたが……」
洗濯場に着くと、村の人たちや冒険者たちの姿が見える。
「洗濯場はどこも混んでいるよね」
「冒険者たちはため込んでから洗うからな、時間が掛かるんだよ。ほら、あそこ」
お父さんが指した方を見ると、カゴに大量に積まれた洗濯された服。
「あれは、ため込み過ぎでは?」
「男だけのチームで注意する者がいなかったら、あんなもんだぞ。汚れ物の中から、綺麗な物を探して着る事もあるしな」
うわ~。
それは駄目。
許せない。
「お父さんは、そんな事しちゃ駄目だよ」
「俺はしてないから! アイビー、目が怖いから!」
空いた場所を探して、お父さんと洗濯を始める。
お父さんは片手だけど、力が強いのでごしごし洗いはお手の物。
洗濯板もあるしね。
洗濯物を洗ったり、すすいだりしながら周りの声を拾っていく。
「そう言えば、久しぶりにお忍びがあったみたいだね」
「そうなの? ここ最近は無かったのに」
お忍び?
「見た奴がいるんだよ。ここ2年ぐらいは減っていたのに」
「本当だよ。で、来た奴はどんな奴だったって?」
「それが、見た目は貴族みたいだったけど、なんだか嫌味な感じだったらしいよ。恰好が違ったら貴族には見えないだろうってさ」
貴族?
お忍びって、内緒で貴族の人が来たって意味かな?
「そうなのかい? まったく、教会の屑どもはいったい誰を招いたんだい」
……屑?
「ほんとだよ。あの屑ども、ここ2年は大人しくしていたくせに」
少し驚いてしまった。
まさか、村の人に教会が嫌われているとは思わなかった。
しかも屑とまで言われている。
お父さんを見ると、複雑な表情になっている。
「いた!」
少し焦った声に視線を向けると、40代ぐらいの女性がいた。
彼女は、隣で噂話をしていた女性たちを見つけると、その間に入って話し出す。
「ちょっと、聞いた? 逃げた少年はお忍びで来た屑に何かされたんじゃないかって」
え~。
ぐっと口に力を入れて、洗濯に集中する。
「そうなのかい? 冒険者ギルドはどうして動いているんだい! あんな屑たちのために」
「本当だよ。冒険者どもも冒険者どもだ」
何だろう。
すぐに村を出た方がいいのかな?
「そう言えば、上位冒険者たちも動いているって?」
「そうそう。あんな屑の依頼を受けるなんてね」
これって噂話なのかな?
どんどん、声が大きくなり洗濯場で彼女たちの声が響いている。
「おい、依頼を受けるのは当たり前だろう。金を持ち逃げ――」
「はあ? それもあの屑たちの言った事だろうが! 本気にしてるの? あの屑たちの言う事を! あぁ?」
冒険者が注意をした瞬間、別の場所で洗濯をしていた女性が立ち上がり注意をした冒険者に怒鳴りつける。
洗濯場にいた女性たちはその怒鳴った女性に賛成なのか、冒険者を睨みつけた。
「いや、その……」
「それが本当の事なのか調べたの? もちろん調べたんだよね?」
新たな女性が冒険者に静かに問う。
「……」
「はっ、まさか調べてないとか? そりゃ、そうか。教会のする事には口が出せないもんね。どんなにそこにいる奴らが、人として最低でも屑でも虫けらでも、教会だからね」
ひどい言われようだな。
でも、それだけの事をしてきたって事なんだよね。
とりあえず、急いで洗濯を終わらせよう。