460話 もう、大丈夫
ふと、香りがした。
甘いような香ばしいような……。
「……お腹空いた……あれ? あ~、そっか。寝たんだった」
宿について部屋に入ると、お父さんにフレムのポーションを渡された。
病気を治すポーション。
風邪なのかな? と思いながらポーションを飲むと、体がスーッと軽くなったのが分かった。
もう大丈夫だと思ったけれど、休むように言われて布団に入ったのを思い出した。
その後の記憶がないという事は、すぐに眠ってしまったみたいだ。
「今何時だろう?」
窓から外を見ると、既に空が暗くなりかけているのが分かった。
「もう、そんな時間なんだ。4時間ぐらい寝たのかな? それにしても、いい香り。何だろう?」
カチャ。
「おはよう、アイビー。体は大丈夫か? 何か口にした方がいいんだが、食べられそうか?」
声の方に視線を向けると、お父さんが心配そうに私を見ていた。
「もう大丈夫。体も軽くなったし。それよりこの香り何? すっごくお腹が空いた」
「あはははっ、食べられるなら、もう大丈夫だな。皆が心配しているから、起きられるならこっちの部屋で食べよう」
「うん」
お父さんが借りた部屋は、ベッドがある部屋とソファが置いてある部屋が別のタイプの部屋だった。
初めて、こんな大きな部屋に泊まるのでちょっと戸惑ったけど、ソラたちが少しでも部屋の中でのびのびと過ごせるようにするためらしい。
「皆、おはよう。心配掛けてごめんね」
「てっりゅりゅ~」
「ぷっぷぷ~」
「ぎゃっ」
「ぺふっ」
「にゃうん」
みんなの返事に、笑みが浮かぶ。
「そう言えば、皆のご飯は……」
「終わっているよ。それより座って、食べよう」
「ありがとう。うわ~、すごく美味しそう。これ何?」
テーブルの上にあるのは、器に入った一口サイズの団子?
そしてその器の隣には、野菜がふんだんに使われた餡が置かれている。
「この村の名物の1つらしい。『だりゅ』と言って、小麦で団子を作って野菜餡を掛けて食べるんだって」
さっきから気になる香りは、この餡の香りかな。
団子はちょっと焼いてあるみたい。
「普通の量でも食べられそうか?」
「うん、多分大丈夫だと思う」
お父さんが新しい器に、小麦の団子に野菜餡を掛けて渡してくれた。
「熱いからな」
「うん。いただきます」
「……いただきます」
団子を口の中に入れると弾力があって食べ応えがあり、餡は、野菜の旨味が引き出されている。
「美味しい」
「良かった。まだまだあるぞ」
テーブルの上には、団子の入った器が4個と餡が入った器が5個置いてある。
美味しいけど、団子はお腹が膨れそうだから、ちょっと買いすぎな気がするな。
「そうだ。買い物ついでに周りの様子を見てきた」
「どうだった?」
お父さんが少し考えるそぶりをする。
何かあったんだろうか?
「魔物について訊いても、特に緊張する事なく話をしてくれたから、既に慣れた感じだな」
それだけ頻繁に、魔物が現れるって事なのかな?
「それと、冒険者たちが探してるモノが分かった」
その言葉に、少し前のめりになる。
だって上位冒険者まで動いているんだもん。
気になって仕方がない。
「教会からお金を持って逃げ出した信者らしい」
……教会?
関わったら駄目だと、再三にわたって注意されたあの教会?
それにお金を持ち逃げした信者?
「えっと……関わらないほうがいいよね」
「当然だろうな。アイビーが不安なら、すぐにこの村を出発することも出来るが、どうする?」
「どうする?」と聞かれても。
「もう少し、調べてみてからでもいいんじゃない? すぐに信者が捕まるかもしれないし」
私の言葉にお父さんが、神妙な表情で頷く。
あれ?
何か気になることでもあるのかな?
「分かった。ただ、その情報がどうも信用できない」
「そうなの?」
「あぁ、逃げた信者について調べたんだが、普通の少年だったらしい」
普通の少年?
「その少年を探すように、この村の上位冒険者チームに依頼がいったのが昨日。森の中で感じた気配は彼らだろう」
あの気配の抑え方は上位冒険者だろうから、間違いないと思う。
「ん? 普通の少年を探すのに、上位冒険者チームが3つも動いたの? それって、おかしいよね?」
上位冒険者チームが動くのは、逃げた人が危ない場合が多い。
例えば、私利私欲で人を殺した冒険者が逃げた時などは、次の被害を防ぐために上位冒険者に依頼がいく。
それが、普通の少年を探すのに上位冒険者チームが3つ?
首を傾げると、お父さんが頷く。
「上位冒険者チームを動かすには、それなりの金が必要になる」
確かに上位冒険者チームだと、一気に依頼料が跳ね上がるもんね。
つまり、そのお金を出してでも捕まえたいって事になる。
逃げたのは、特別な少年って事?
「少年が盗んだのが本当にお金なのか、気になるところだな」
なるほど、教会にとって重要な何かが盗まれた可能性があるのか。
「調べるの?」
「いや、関わるつもりはない。だが、情報が本当かどうかは確かめないとな。何かを隠しているなら、ここの教会には問題がある。すぐにこの村を出発した方がいいだろう。巻き込まれるのはごめんだからな」
うん、巻き込まれるのは絶対に嫌だ。
「ごちそうさま」
「美味しかったな。それだけ食べられたら大丈夫だな」
「うん」
ちょっと食べすぎちゃったな。
お腹を押さえると、ちょっとポッコリしている。
……動くのつらい。
「そうだ、お父さん。調理場を借りられないかな? いつ出発するか分からないなら、作り置きのご飯を準備しておきたいから」
「分かった。明日いつ使えるか聞いておくよ」
「ありがとう。よろしく」
問題があったら、すぐに動けるようにしておかないとね。
それにしても、教会に関わらないようにしても、村で問題になっていたらどうしようもないよね。
ジナルさんたちに怒られそう。
絶対に関わるなと、何度も、何度も言われたのに。
いや、これは不可抗力ってやつだよね。
「あっ! お父さん」
「どうした? もう寝るか?」
お父さんに視線を向けると、本を読んでいる姿が見えた。
「……おじいちゃんたちに、『ふぁっくす』の返事を送らないと」
「おじいちゃん」と「おばあちゃん」と呼んで欲しいと、『ふぁっくす』に書いてあったけど恥ずかしいな。
これ、二人に向かって呼べるかな?
「『ふぁっくす』? あっ、そうだった。ドルガス兄さんと奥さんにお祝い……」
ドルガスさんの奥さんが妊娠の報告してくれたのに、放置しちゃってたからね。
すぐにお詫びとお祝いの『ふぁっくす』を送らないと、誤解してそう。
「そう言えば、シリーラさんの赤ちゃんと同じ年だね。遊びに行ったら賑やかそう」
「そうだな。子供が2人増えているのか……不思議な感じだな」
そう言えば、ラットルアさんから少し任務で忙しくなるという返事をもらってから、連絡が途絶えているな。
この村から送っておこうかな?
でもこの村にいつまでいるか分からないし……次の村で送ろうかな。
「どうした?」
「ラットルアさんたちから返事が無かったなって思って」
「確か、任務が入ったと言っていたな」
「うん」
「魔法陣の問題もあるし、何かあったかもしれないな」
「そうだね」
ラットルアさんたちは強いけど、心配だな。
怪我とかしてないよね?
よしっ、この村にはいつまで滞在するか分からないから、次の村で『ふぁっくす』を送ろう。
……忘れなかったら。
お父さんの義姉たちの妊娠について、修正いたしました。
338話ではシリーラさん、449話ではもう1人の義姉さんが妊娠したという事にしました。
大変申し訳ありません。