458話 無視しよう
「……おはよう」
「おはよう」
昨日の気配が気になって、ほとんど寝られなかった。
しかも真夜中になっても気配が動いているし……眠い。
「は~」
「あまり寝られなかったみたいだな」
お父さんが布団を片付けながら、心配そうに顔を覗き込んでくる。
「うん。ごめんね。隣でわさわさしてたから、邪魔だったよね?」
気配が気になるたびに動いたりしてたから、お父さんの睡眠を邪魔してしまった気がする。
というか、絶対に邪魔をしたよね。
「俺も気になって寝られなかったから大丈夫だ。それより夜中に近くまで近付いたよな?」
「うん。あれにはちょっと焦った」
下手に反応すると駄目だと感じたので、じっと耐えたけど……。
「あれって、やったら駄目な行動だよね?」
冒険者や旅人には決まりがある。
その1つが「森の中で休憩している冒険者や旅人には、よほどのことがない限り近付いてはいけない」だ。
森の中での休憩は、緊張を強いられることが多々ある。
少しでも、体を休ませるために設けられた決まりだ。
森で、生き残るための最低限の決まりだとも言われている。
「そうなんだよな。俺は気配は読めないが他の動きでだいたい相手の力を測るんだが……どう考えても上位冒険者だった。決まりを知らないわけではないと思うが……何かあったのかもしれないな」
「ハタル村で?」
「あぁ、誰かを探している可能性がある」
なるほど。だから時間を気にせず夜中もずっと探していたという事か。
あれ?
確かにずっと動いていた気配もあったけど、別の動きを見せた気配もあったよね?
「どうした?」
「気配の塊は3つあるんだけど、そのうちの2つは確かに探している可能性があるけど……1つだけ、全く動かなかった気配があるから」
「そうなのか?」
「うん。一番遠い位置にいる気配なんだけど。昨日からずっと同じ場所にいるよ」
気になって何度か探ったから、間違いないよね。
今も……動いてない。
「あまり探るなよ? 危ないから」
「あっ、そうだよね。気を付ける」
お父さんが頭をポンと撫でる。
「朝ごはんを食べて、村へ行こうか。今日こそはハタル村に入るぞ!……そうだ、ハタル村では宿に泊まらないか?」
「宿? 別に良いけど。なんで?」
いつもはどっちにするって訊くのに、何かあるのかな?
「ハタカ村で術に掛かった場所が広場だったからさ」
あぁ、そうだったね。
これからは広場に泊まるのは少し控えていった方がいいのかな?
でも、問題がない村や町で宿を使うのは……なんか勿体ない気がするんだよね。
今は、シエルたちのお陰でお金に困っていないのに。
「みんな、おはよう」
「ぷっぷぷ~」
「にゃうん」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
トロンはまだ寝ているようだ。
そっとカゴの中を覗くと、立った状態で熟睡しているトロンを見つけた。
すごいな、用意した木に根っこを絡ませてふらふらしているのに、倒れない。
「すごい特技……、特技だよね?」
「ぷっぷぷ~」
「ぺふっ」
ソラとソルの返事に笑みが浮かぶ。
ふらふらしながらも立っているトロンのこれは特技であっているらしい。
……本当かな?
お父さんが朝食の準備をしてくれている間に、昨日マジックバッグから出した物を片付けていく。
「アイビー、ありがとう。そろそろ食べようか」
「うん。お父さんもありがとう」
朝食を食べながら今日の予定を決める。
とりあえず、疲れが溜まっているので村を目指す事が最優先。
気になる気配は、まだ森の中にあるが気にしない事にした。
「近付いてきたら、そうもいかないけどな」
お父さんの言葉に頷く。
「そうだね。ソラたちは今日はバッグの中の方が良いかな?」
「ん~、気配の位置は遠いんだよな?」
「うん。近くじゃないよ」
「なら、様子を見よう。村に入ったら我慢してもらう事が、多くなるからな」
宿に泊まったとしても、部屋からは出られないもんね。
今のうちに思いっきり体を動かしておいてほしいかな。
なるべく森へ出るようにするけれど、何が起こるか分からないもんね。
「うん。ご馳走様でした」
「ご馳走様」
しばらく休憩して村を目指す。
私たちが動くと、こちらを探る気配を感じた。
「どうする?」
「シエルは魔力も気配も抑えているよな?」
「にゃうん」
「なら、無視しよう。関わらないほうがいい気がする」
お父さんの言葉に苦笑が浮かぶ。
「村に入る前から、何かに巻き込まれるのは嫌だよね」
宿に入ってゆっくりしたい。
気配とか気にせず、眠りたい!
「そうだな」
お昼休憩と1回の休憩を入れて、ようやくハタル村の門が遠くに見えた。
「皆、バッグに入ってもらえるかな?」
「ぷっぷぷ~」
「ぺふっ」
「にゃうん」
「てっりゅりゅ~」
「ぎゃっ」
「トロンはカゴね」
ソラたちを順番にバッグへ入れて、カゴの中にトロンを入れる。
トロンはお昼ごろに目を覚まし、ご飯を食べた後はシエルの頭にしがみついていた。
「トロン、門に入る時はカゴに蓋をさせてね」
「ぎゃっ」
鳴きながら頷くトロン。
「行こうか」
「うん」
門の近くまで来ると、冒険者が集まっているのに気付いた。
「やはり、何かあったんだな」
「そうだね」
「冒険者たちの装備を見る限り、魔物の討伐ではなさそうだな。やはり誰かを探しているのかもな」
犯罪者が逃げ出したのかな?
森の中には、上位冒険者以外の気配はなかった気がするけど。
「お~い。村へ入るのか?」
声に視線を向けると、こちらに向かって手を振っている男性がいた。
「あぁ、忙しそうなら時間を空けるが」
「大丈夫だ。彼らはすぐに移動するから。こっちへ来てくれ」
どうやら、冒険者たちの手続きは既に終わっているようだ。
人数制限を掛けずに冒険者を集める場合、参加した冒険者たちを把握するための手続きがある。
その手続きを門番がするため、かち合うと待たされることがある。
運が悪いと1時間以上待たされる。
「悪いな。えっと、こっちにカードを当ててくれ」
男性の門番が指す方を見ると、白い板。
お父さんと私が順番に商業ギルドのカードを乗せると、男性が確認してくれた。
「問題なしと。えっと、これは……違うな。今冒険者たちに渡したものだ……えっと……あれ?」
男性の前にある机には乱雑に積みあがった様々な書類。
どうも村に入るために必要な許可証が、見つからないみたいだ。
「ちょっと待っててくれ。あっ!」
「「あっ」」
男性の腕が当たったのか、崩れる書類の山。
「悪い。えっと、許可証」
男性が机の上を探し出すので、お父さんと書類の中身を見ないように集める。
これって、私たちが見て良い書類ではないよね。
いいのかな?
「隊長……何をしてるんですか!」
女性の怒鳴り声にびくりと体がふるえる。
やはり、見ては駄目な書類だったのかな。
お父さんを見ると、苦笑いをしている。
「すみません。本当にごめんなさい。えっと、誰でしょう」
「あぁ、彼らは今この村に入る許可を出した人たちだよ」
「はぁ~、えっとではどうぞ?」
「ははははっ。それが、許可証がどこか知らないか?」
「こんの、クソ隊長。だからいつも机の上、引き出しの中は綺麗にしてくださいってあれほど言っているのに!」
クソ隊長?
すごい言われようだな。
「いや、したよ」
「隊長が机を整理しているところを見た事は無いですが!」
「2週間前は綺麗だっただろ?」
「あれは、私がしたんです! というか2週間でどうしてここまでになるんですか」
これっていつになったら許可証が貰えるんだろう。