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455話 3枚目の葉っぱ

「見てても終わらないしやるか」


「そうだね。シエル、人が来ないか見張っててくれる?」


「にゃうん」


シエルを見ると、表情が少し険しくなっている。

それはそうだよね。

シエルは鼻がいいから、この香りは絶対につらいはず。


「シエル、この香りが届かないところへ行っていてもいいよ。つらいでしょ?」


私の言葉に少し考えたシエルは、小さく頷くと周りを見回す。

そして、何かを見つけたのか森の中に入っていった。


「やっぱりこの香りは、シエルにはきつかったか」


お父さんが、カバンから新しい布を取り出して口と鼻を覆う布を2重にする。

私もそれを真似て、口や鼻を覆う布を2重にした。

1枚の時よりましだが、それでも香ってくる濃厚な花の香りにうんざりしてしまった。


「マシになったけど、まだ、香りがきついね」


「ここまで花があると、諦めるしかない。あっ、あれシエルか?」


お父さんが指す方を見ると、少し離れた大きな木に登るシエルがいた。


「あそこだったら香りもしないし、人が来たらすぐに分かるな」


シエルのいる場所を確認したお父さんが、感心したように言う。


「頭いいね、シエル」


「そうだな。さて、やるか。ただ、この量だから今日中に終わらないかもな」


「そうだね」


お父さんの言葉に、げっそりした表情で答える。

目の前に広がるカリョの花畑。


「そう言えば、ソラたちは?」


スライムの鼻はどうなんだろう?

さっきは少し嫌そうな表情をしていたよね。

苦しかったら、この場所から安全な場所へ移動していてもいいんだけど。


「ソラたちなら大丈夫じゃないか? あそこで休憩してる」


お父さんが見ている方を見ると、木の根元で3匹仲良くまったり寛いでいる。


「スライムにとって香りは、それほど気にならないのかな?」


「どうなんだろうな。本にはなんて書いてあったっけ?」


本か。

スライムの嗅覚について、記述なんてあったかな?

記憶にないけどな。

覚える必要が無いと思って忘れたのか、そもそも記述が無かったのか……。

記述が無かったような気がするな。


「うわっ。太いなこれ」


お父さんの声に視線を向けると、カリョを引っこ抜こうとしているのが分かった。

傍によって手元を見ると、太い茎を掴んでいるのが分かる。

カリョの花は淡いオレンジの可愛らしい花。

茎も細くすぐに引っこ抜けそうな印象を受けたが、土に近いところに行くと茎はどんどん太くなり、かなり根っこが張っているのかお父さんが軽く引っ張ったぐらいでは抜けないようだ。


「全身の筋肉を使いそうだな」


お父さんの嫌そうな声に、私も顔が歪むのが分かった。

これ、1日でも終わるか分からないな。


「さてと……あっ!」


カリョの花の茎に手を伸ばそうとすると、いまだに荷物を肩から下げている事に気付いた。

慌てて、ソラたちの元へ行き荷物を肩から降ろす。


「ん? おはようトロン。ごめんね。急いでハタル村へ行こうと思ったんだけど、ちょっと気になる事があって、遅れそうなんだ」


トロンが入っていたカゴを肩から降ろすと、寝ていたトロンが目を覚ました。

トロンは立ったまま寝ていた。

それに驚いたけど、元々は木。

立ったままが普通なのかもしれないと思い直した。

ハタル村に行ったら、木の魔物についての本を探そう。

きっと、木の魔物について情報が少しは手に入るはず。


「葉っぱが萎れちゃうのは可哀そうだけど、ごめんね」


ちょっと心配だけど、カリョを見過ごすのも気が引ける。

私の言葉に、双葉が横に傾く。

そう言えば、トロンに首はあるんだろうか?

目の位置から考えると、双葉が傾く位置が首ではないよね。

目の上から傾いているもんね。


「あっ、こんな事してたら駄目だ。ここで大人しくしていて……えっ、外に出るの?」


急いでカリョの花畑に戻ろうとすると、トロンがカゴから出てきてしまった。

そして、2本の根っこを器用に動かしカリョの花畑の方へ歩いて行く。


「ちょっとごめんね」


片手でトロンを持つと、カリョの花畑まで移動する。

見失うと探すのが大変なので、トロンの用事を終わらせた方が安心できる。


「どうした?」


「トロンが、こっちへ来たがったから」


足元にトロンを置くと、様子を見る。

トロンはカリョの花畑を見て、次にお父さんが抜いたカリョの花を見る。


「この花の根には依存性の強い麻薬成分が含まれているから、抜いて全てを燃やすんだ」


お父さんの言葉をじっと聞いていたトロンは、カリョの花畑の傍までいくと2本の根っこを地面に埋めた。


「埋まってくね。何かするのかな? お父さんは分かる?」


「ん~、さっぱり分からない。木の魔物についての情報は思い出したけど、地面に埋まる時は獲物を待つ時ぐらいのはずなんだ。……何か待つのか?」


お父さんの言葉に首を傾げる。

ここで獲物を待たれたら、かなり困るんだけど……。


「こう見ると普通の植物だな」


トロンはどんどん土に埋まっていき、とうとう双葉しか見えなくなった。


「ここでお別れとか無いよね?」


「……それは、無いと思いたいが……」


お父さんとじっと双葉を見る。

根っこの部分だけではなく目があった部分までが土の中なので、表情も見えない。

しばらく、様子を見ていたが特に変化は無い。


「あれ? 花の香りが消えてないか?」


隣でトロンの様子を見ていたお父さんが顔を上げる。


「えっ……枯れてる」


「へっ?」


お父さんの視線を追って、トロンの双葉からカリョの花畑に視線を向ける。

そこには、枯れて萎れて地面に横たわっている大量のカリョの花。

香りはともかく、綺麗に咲き乱れていた花が無残な姿になっていた。


「どうなってるの?」


「さぁ、なんだろう? ……あっ、トロンか?」


トロン?

トロンが埋まっている場所を見る。


「あっ、3つ目の葉っぱが出てる」


視線の先には双葉のほかにもう1枚、葉っぱをつけたトロンが土から這い出ているところだった。

根っこの先まで土の上に出ると、体をプルプルと揺らすトロン。

パラパラと土が落ちたのが見えた。


「根っこがちょっと太くなってる」


「そうだな」


細くて不安だった根っこが2倍の太さになっている。

元が細すぎたので、それでも細くて心配だがちょっと安心。


「カリョの花を枯らしたのはトロンか?」


お父さんの言葉に、トロンがお父さんを見る。


「ぎゃ!」


鳴いた。

というか、体は小さいのに声が大人の木の魔物と一緒?

いや、大人の木の魔物よりほんの少し音が高めかな?

でも、他の子たちに比べたら野太い!

可愛い見た目なのに。少し大きくなったけど掌の大きさなのに!


「声が……」


「アイビー、今はそこじゃない。気にするところは、そこじゃない」


お父さんに視線を向けると、苦笑された。

そうだけど、衝撃が……。


「それより、正解なのかな?」


正解?

あぁ、カリョの花が枯れた原因か。


「トロンがカリョの花を枯らしたのなら1回鳴いてくれる?」


「ぎゃ!」


「そうか。ありがとう、助かったよ。花畑が広すぎて、かかる時間が予測できなかったからな」


「うん、ありがとうトロン。それより、トロンが成長したって事は、カリョから栄養でも奪ったのかな?」


私の言葉に首を傾げるお父さん。


「そうなると思うが。木の魔物が植物から栄養を取るなんて聞いた事は無いんだよな。というか、よく分かっていない魔物の1つだからな、木の魔物は」


そう言えば、魔物を紹介する本に載っていた情報も少なかったな。

寿命や雄雌の区別などが不明になってたし。


「さて、とりあえずカリョの根を確認するか。枯れていたら、もうここにいる用事も無いしハタル村へ向かって出発しよう」


「うん。そうしよっか」


それにしてもすごい。

広大に広がっていたカリョの花畑が、今では枯れたカリョの花で覆いつくされている。


「大丈夫そうだ。完全に枯れてる。というか、原形を保てないみたいだ」


お父さんが根を持つと、パラパラと手から崩れて落ちていく。


「この短時間で?」


私の言葉に頷くお父さん。

枯れて乾燥して……どの状態になったら原形が崩れるようになるんだろう?

よく分からないや。


「ぷっぷぷ~」


「てっりゅりゅ~」


「ぺふっ」


「にゃうん」


ソラたちの声に視線を向けると、トロンを囲んで成長を喜んでいるみたいに見える。


「いろいろ気にしてもしょうがないか」


「そうだね。とりあえず、トロンが成長したね」


「そうだな」


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― 新着の感想 ―
のび太のキー坊を思い出す。
[良い点] 魔物達の鳴き声に癒される笑 トロンの「ギャッ」もソルの「ぺふっ」も好き笑 よくこんな絶妙な鳴き声をそれぞれ思い浮かぶなぁと感心 次はどんな鳴き声の仲間が加わるんだろうと今からワクワク
[一言] 香る麻薬畑、それだけでヤバいでしょう。 トロンが仲間になってくれて良かったね。
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