ラットルアさんへ
『ふぁっくす』を受け取って、冒険者ギルドの会議室へ向かう。
会議室の扉を2回叩いて開けると、既に俺以外の仲間は集まっていた。
「ラットルア、遅いぞ」
リーダーであるセイゼルクが少し不機嫌な声を出すが、まったく気にならない。
今は、手の中の『ふぁっくす』が気になって仕方ない。
「何かいい事でもあったのか?」
シファルの言葉に、顔に手を当てる。
そんなに表情に出てたか?
「ラットルア?」
ヌーガが心配そうに俺の名前を呼ぶ。
「大丈夫。ここに来る前にギルドの職員に呼び止められて、『ふぁっくす』を渡されたんだ。アイビーからだった」
「「…………」」
「……アイビーはなんて?」
セイゼルクとヌーガが、驚いた表情で俺を凝視する。
それはそうだよな。
お金がかかるから、あえてアイビーに教えなかったんだから。
すっごく、知らせたかったけど。
アイビーに『ふぁっくす』を教えた奴、いい仕事をしてくれた。
ありがとう。
「まだ、読んでいない」
「そうか、だったらすぐに読もう。というか読め!」
シファルが、『にっこり』と音が付きそうな笑顔を見せる。
「仕事の話し合いは――」
「アイビーからの『ふぁっくす』を読んだ後で、チャチャっと終わらせればいいよ」
いや、結構上からの重要な依頼だからって、わざわざ会議室を借りたんじゃなかったか?
セイゼルクを見ると、彼も俺が持っている『ふぁっくす』を見ている。
まぁ、いいか。
「一通り読むな」
「あぁ、そうしてくれ」
ヌーガも気になるのか、異論は無いようだ。
「えっと『ラットルアさん、お久しぶりです。元気に旅を続けています、アイビーです。ラットルアさんたちはお元気ですか?』相変わらず丁寧だな。『私は今、ハタウ村にお邪魔しています。そして1人ではありません。奴隷の紹介状を貰ったのですが、旅の道中でとてもいい人に出会う事ができ、その方と一緒に旅を始めました。その方はオール町のドルイドさんという方です。とても優しく、誠実な人なので安心してください。』ん? ドルイド?」
「1人でないという所で喜んだんですが、オール町のドルイドって……彼の事ですかね?」
シファルが複雑な表情を見せる。
セイゼルクも何とも言えない表情をしている。
「前に一緒に仕事をこなした事があったよな?」
ヌーガの言葉に頷く。
薬の密売の取引現場を押さえる仕事だった。
冒険者ギルドに裏切り者が出た、少し大きな事件。
その時に一緒に仕事をしたのだが、容赦がなかった。
特に裏切り者には本当に。
間近で見ていたセイゼルクの顔色が、少し悪くなっていたから相当だと思う。
「優しくて誠実なんて、俺たちの知っているドルイドとは真逆だな」
セイゼルクの言葉に苦笑が浮かぶ。
確かにその通り。
俺たちが知っているドルイドは、他人に興味がなく、仕事は完璧だが慈悲などひとかけらも無い人物だ。
アイビーが書いてきたような人物とは全く異なる。
あとで少し調べるか。
「ラットルア続きを頼む」
「あぁ。『今は事情があり冒険者ではありませんが、とても強いのでシファルさんも安心してくれると思います。シファルさんに、紹介状の事を謝っておいて下さい。わざわざ書いてもらったのに、無駄にしてしまってごめんなさい』と」
オール町で強い冒険者でなくドルイドという名前。
思い当たる人物は、やっぱり1人しかいないな。
「別に紹介状など気にする必要はないですが。もしギルドの隠し玉が旅の相棒なら、ある意味最強の守りでしょうかね? 彼なら経験も充分にありますし、人の本性を見抜く力もあるでしょう」
シファルは、俺たちと仕事をした事がある、ドルイドで納得したらしい。
まぁ、俺もほぼ間違いないだろうなとは思っているが。
「続けるぞ。『ドルイドさんとはオール町へ向かう時に出会いました。出会った時は魔物に襲われて大怪我を負っていたのですが、仲間が頑張ってくれました。実はその時に、新しい仲間が増えました。フレムというスライムです。なんとソラみたいに綺麗な、赤のスライムです。それとご報告なんですが、ソラが青一色のスライムになりました。驚きですよね。私、すごく驚いたんです。ドルイドさんもかなり驚いたみたいです。すごい事みたいですよ。今、フレムの得意技は横に伸びる崩れた格好です。まるで最初の頃のソラのように、のびのびしています。そして寝るのが大好き過ぎて、ちょっと困ってます。
ソラと同じ性格なのかと思ったら、まったく違いました。でも、可愛いです。』」
「「「…………」」」
もう一度、1枚目の『ふぁっくす』を上からざっと読む。
何だろう、何か違和感を覚える。
「新しいスライムの仲間が出来たのは良い事ですよね。でも、なんでしょう? 何か……」
シファルが首を傾げる。
「あっ、ソラの体の色が一色になって。そう言えば無駄に驚いたという言葉が連呼されていますね」
「待て」
ヌーガの言葉に全員が視線を向けると、ヌーガはマジックバッグからマジックアイテムを取り出しているところだった。
そして俺たちの真中にあるテーブルにマジックアイテムを出すとボタンを押した。
「悪いな。助かる」
セイゼルクがマジックアイテムを見て苦笑を浮かべた。
ヌーガが取り出したマジックアイテムは、声が周辺に漏れないようにする物。
アイビーと一緒の時に活躍した物だ。
「まさか、『ふぁっくす』を読むだけでそれが必要となるとは、さすがアイビーですね」
「シファル。楽しそうだな」
「えぇ」
シファルの言葉にセイゼルクが疲れた表情をする。
「それより、続き読む?」
「いや、気になって続きが頭に入らないから、もう一度さっきの部分を読んでくれ」
ヌーガの言葉に、ドルイドとの出会いの部分を再度読む。
やはりおかしいと感じる。
「ソラはもともと青と赤の2色のスライムですよね。それが青の一色に変化した」
「そして、新しい仲間のスライムは赤のスライム?」
シファルの言葉の後に、セイゼルクが気になった言葉を続ける。
1つの可能性が頭に浮かぶ。
だが、そんな事は聞いた事が無い。
だから違うと思うのだが……。
「ありえない事が起きたって事でしょうね。だから、『驚いた』という言葉を繰り返した。それに冒険者だったドルイドですら驚いた事。すごい事。ソラがスライムを産んだ? ん~、産んだというより、赤い部分が分離した? そんな感じでしょうかね?」
シファルが1人、納得したように頷く。
「ありえると思うか?」
ヌーガがセイゼルクに確かめる。
「俺に訊かれてもな。今までの知識を当てはめるなら『無い』だ。だがな、アイビーとソラだからな。あの子たちが関わっているとなると、それもあるかもしれないと考えてしまう」
セイゼルクの言葉に、全員が笑ってしまう。
そうなんだよな。
あのアイビーとソラなんだよ。
なぜか、こう思うと納得してしまうから不思議だ。
「そう言えば、オール町って少し前まで凶暴化した魔物の事が問題になっていなかったか?」
セイゼルクの言葉に慌てて2枚目を読む。
「『オール町の事は既に噂で聞いていると思いますが、私がオール町を訪れた時は、ちょうど凶暴化した魔物が問題になっている時でした。』完全に巻き込まれていたな」
「さすが、アイビー。また巻き込まれちゃったのかな?」
シファルが苦笑を浮かべる。
セイゼルクもどこか困った表情を浮かべている。
「続き読むぞ『目の前で凶暴化した魔物も見ました。ちょっと怖かったですが、ドルイドさんとシエルが守ってくれました。シエルは強いと聞いていたのですが、初めて実感しました。本当に強いですね。その事でちょっと困った事が起きましたが、ギルマスさんに助けていただきました。オール町のギルマスさんはドルイドさんと親しかったため、私にもとても親切にしてくれました。ただ、2回目は頭を抱えてましたが……。』次は何をしたんだ?」
シエルの強さを実感?
「凶暴化した魔物と、思いっきり戦いでもしたかな? アダンダラは戦闘狂だから」
あぁ、それはありえそうだな。
本気で戦っているアダンダラか、俺も見てみたいな。
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