449話 ハタカ村を出発
「お世話になりました」
急に出発の日が決まったので、慌ただしくなるかと思ったがならなかった。
なぜかナルガスさんたち『蒼』のメンバー全員で準備を整えてくれた。
私とお父さんだけではそこまでしないよねっていう細かい所まで。
そのお陰でテントや椅子にテーブルなど、新品みたいに綺麗になりました。
まさか全ての道具を磨いてくれるとは思わなかった。
「いろいろと、ありがとうございました」
テントの事なども含めてナルガスさんに頭を下げる。
「こちらこそ、色々助けてもらって本当にありがとう」
ナルガスさんが少し恥ずかしそうな表情をする。
それに首を傾げる。
「あ~、父ともよく話し合えたから。アーリーの奴も団長と話し合えたみたいだ」
その言葉に、アーリーさんも嬉しそうに笑って頭を下げてくれた。
この村では、魔法陣や教会の事で色々あったけど、良い事もあったみたい。
良かった。
「あ~、いた!」
声に驚いて視線を向けると、メルメ肉のつけ焼き屋台のコウルさんとリジーさんが手を振ってこちらに駆けてくる。
「間に合ってよかった。これ、お腹がすいたら食べてね」
リジーさんに、つけ焼きのいい香りがする包みを渡される。
「ありがとうございます。あの、屋台を開けている時間ですよね?」
今はお昼前。
そろそろ屋台が混みだす時間のはずだけど。
「大丈夫、両親に少しお願いしてきたから。本当にありがとう。昨日も来てくれたのに、手伝わせてしまって……また、この村に来たら顔を見せてね」
リジーさんの言葉に首を縦に振る。
昨日メルメのつけ焼きを食べに屋台へお邪魔したのだが、なぜか急に客が増え大変そうだったので少し手伝ったのだ。
固定客も増え、順調に売り上げを伸ばしているらしくコウルさんは嬉しそうだ。
「ありがとうございます。きっと、またお邪魔しますね」
コウルさんとリジーさんと話しながら、お父さんを探す。
すぐにその姿は見つけたが、ギルマスさんと何か話し込んでいる。
お父さんの眉間に皺が寄っているので、いい話ではないのかもしれない。
「もう、戻らないと。また、会いに来てね」
「はい。また来ます」
リジーさんたちは、お店に戻るようで手を振ると走って戻って行った。
「帰りに寄らないか?」
ピアルさんがアーリーさんに、リジーさんの屋台に帰りに寄ろうと話しているのが聞こえた。
冒険者たちにも人気になれば、きっとこれからも大丈夫だろうな。
なんせ、冒険者たちはよく食べるから。
話が終わった様子のお父さんの傍に寄る。
「お父さん、何かあったの?」
表情をじっと見るが、それほど深刻ではなさそうかな?
「ん? 心配するような事は無いから大丈夫。ちょっとすごい味方がいたなと話していたんだ」
すごい味方?
よく分からないけど、後で教えてくれるかな?
「じゃ、気を付けて。アイビーも……忘れてた。これ、アッパスから預かってきた。ただ、ほとんど使い切ってしまって、1個しか魔石として残っていないんだが」
ギルマスさんが袋を差し出す。
受け取って中を見ると、道に転がっているような石が12個と魔石が1つ。
この石に見える物は、きっと元魔石だろうな。
「こんなに渡していたんですね。もう必要ないですか? 実はあの後もソルが作ってくれて」
「いやいや、大丈夫。それにこの村にはこれから面倒くさい馬鹿の手先が来るから、見つかったらやばい物は無い方がいいんだ」
面倒くさい馬鹿の手先?
それって、お父さんから聞いている調査隊の事?
馬鹿の手先……まさか王子様?
そっとギルマスさんを見ると、なんというか目を速攻でそらしたくなる笑顔。
この笑顔は知っている。
うん、関わったら駄目な奴だ。
「えっと、あまり無茶はしないで下さいね」
「ふふふっ。アイビーは本当に優しいね。でも、大丈夫」
気にしない、気にしない。
「まぁ、ほどほどにな」
お父さんの言葉にギルマスさんが苦笑を浮かべる。
「大丈夫、加減は難しい方が得意だから。あっ、そろそろ時間だな。道順は大丈夫か?」
「あぁ、シャーミの巣の方から回っていけばいいんだろ?」
「あぁ、その左右に調査隊がそれぞれ待機していると情報が来ている。もしもの事を考えて、近くでジナルたちが待機しているが、問題が無ければ彼らは動かないから、そのまま気にせず進んでくれ」
「分かった」
「それと、ドルイドたちがシャーミの巣を無事に越えて安全が確保できたら、こちらが手配した者たちがある噂を話しながら、森の中を動き回る事になっている。この村からおかしな噂が流れても気にすることはないからな」
ギルマスさんが意味ありげに笑うと、お父さんが彼の肩をポンと叩いた。
「分かっている。大変だろうが、頼む」
お父さんの言葉に、ギルマスさんが真剣な表情で頷く。
私たちの事を隠すために、これからギルマスさんたちは大変なんだろうな。
「ギルマスさん、ありがとうございました。よろしくお願いいたします」
ギルマスさんに頭を下げると、ナルガスさんたちに手を振る。
皆に見送られながら村から出る。
「行こうか」
「うん。行こう!」
しばらくシャーミの巣に向かって歩いていると、バッグがごそごそと動きだした。
そろそろ出してという合図だろう。
周りの気配を探る。
調査隊の場所は大まかに聞いてはいるが、予定外もある。
「大丈夫そうだね」
「そうだな」
バッグを開けると、シエルたちがバッグから飛び出してくる。
「お待たせ、今日からまた旅に出るね。皆よろしく」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
「にゃうん」
皆の元気な声にほっとする。
そう言えば、さっきは何をギルマスさんと話していたんだろう?
「お父さん、ギルマスさんと何を話してたの?」
「ん? さっきか?」
お父さんの言葉に頷く。
ソラとフレムとソルが、元に戻ったシエルの背中に飛び乗った。
シエルは3匹の様子を確認すると、私たちの前を歩き出す。
「シエル、今はシャーミの巣を目指してね」
「にゃうん」
分かっているという風に頷くと、迷いなく歩き出すシエル。
ギルマスさんとの会話を聞いていたのかもしれないな。
「魔法陣について、フォロンダ領主から詳しい事が分かったんだ。それとどうも彼は、王都でもかなり強い権力を持っているらしい」
「そうなんですか?」
「あぁ。教会と魔法陣の関わりや、魔法陣がどういうモノなのかという詳しい情報がなかなか集まらなかったから、俺がフォロンダ領主に直接『ふぁっくす』を書いて送ったんだ。直通だと聞いたし、大丈夫だろうと。内容は『魔法陣を使って娘が狙われた。魔法陣について何か知らないか』と」
『ふぁっくす』の内容が大雑把なのは、誰かに見られた時に誤魔化すためかな?
「今日の午前中に俺宛に、『ふぁっくす』が届いたんだ。さっきギルマスが届けてくれたのがそれだ」
それは知らなかった。
「そこに『ふぁっくすでは魔法陣について詳しくは話せない。近く会いに行く』と書いてあった。あと、『貴族が関わってきたらすぐに自分の名前を出すように』と『自分の名前を出せば、大概の貴族は引くだろう』とも」
それって本当にすごい力を持っているって事だよね?
大概の貴族?
「フォロンダ領主って何者なんでしょうね?」
「なんだろうな。ちょっと聞くのは怖いよな」
「うん」
すごい味方なのは分かったけど、正体は知らないほうがいい事もあるような気がする。
それに、
「会いに来てくれるの?」
「そうみたいだ。『村や町を移動したら、その都度ふぁっくすで連絡を頼む』と書いてあったよ」
わざわざ来てもらっていいのかな?
すごい人なんだよね?
まぁ、こちらから行くというのは無理なんだけど。
「まぁ、その辺りは気にせず待ってよう」
「そうだね」
仕方ないか。
「あっ、いろいろあって皆に『ふぁっくす』送ってない。あれ? 送ったっけ? 返事をもらって……そのままだ!」
しまった。
皆心配しているかもしれない。
「あっ!」
お父さんが立ち止まって肩から下げたマジックバッグの中を探りだした。
そして1枚の紙を取り出す。
「……やばい。連絡し忘れた」
お父さんの視線が彷徨い、そして大きなため息を吐いた。
「今更慌てても仕方ないよな。次の村に行ったら、すぐに『ふぁっくす』を送らないと」
「誰にですか?」
随分と顔色が悪くなっているけど、誰だろう?
「いろいろありすぎて、アイビーにもまだ話してなかったな。義姉さんが妊娠したんだ」
お姉さんが妊娠?
あれ?
シリーラさんの妊娠は前に聞いたけど……。
あっ!
ドルガスさんの奥さんがって事か。
「うわっ、すごい、おめでたいですね。……あっ、そっか。その『ふぁっくす』を放置……」
だからお父さんの顔色が悪くなったのか。
「忘れないようにしないとね」
お祝いも言いたいし。