446話 3日後
ギルマスさんとエッチェーさんが、団長さん宅へ戻っていくのを見送ると、食事をする部屋に戻る。
「はぁ、話がどんどんデカくなるな」
ジナルさんの言葉に、お父さんが頷く。
確かに、なんだか手に負えない話になっている気がする。
いや、もともと持て余しているか。
「嫌な感じだ。ドルイド、すぐこの村を離れられるか?」
えっ?
「少し片づける必要はあるが、問題ない。アイビーはどうだ?」
すぐ……は無理だけど。
確認して、準備して。
「1日あれば大丈夫。この村から離れた方がいいんですか?」
「まだ、分からないが。でも、準備だけはしておいた方がいいだろう。もしもという事があるしな」
ジナルさんの言葉に、神妙に頷く。
もしもとは何だろう?
ギルマスさんたちが、何かしてくる可能性があるって事?
「あっ、ギルマスたちは大丈夫だ。そうじゃなくて、なんていうか……この村には、魔法陣を調べる調査隊が来るだろうから、早めに移動した方がいいような気がしてな」
調査隊?
「ここにいた痕跡は消せないから、調査対象になるかもな」
お父さんの言葉に、眉間に皴が寄るのが分かる。
犯罪者を調べる印象が強いから、調査対象はいやだな。
「そうなんだよな。こればっかりは団長やギルマスではどうにも出来ないだろうからな」
迷惑をかけてるな。
一度、調査隊と話をした方がいいのではないかな?
ここで村を離れると、逃げたと思われる可能性の方が高いような気がするし。
「1回、話をした方がいいのではないですか? 逃げたと思われそうだし」
「確かに逃げたと思われる可能性は大きいな。だが、調査隊として来る相手がな~」
問題でもあるのかな?
でも、調査する人なんだから、しっかりした人が来るわけじゃないの?
「真面な調査員はどれくらいいるんだ?」
ん?
真面な調査員?
「あ~、半分……ぐらいか?」
残りの半分は真面ではないという事?
「それって……駄目な組織ですよね?」
半分が真面に仕事しないなんて、組織として完全に駄目だと思う。
どうして、真面に仕事しない人を辞めさせないんだろう?
辞めさせられない理由でもあるのかな?
「そうなんだが、ちょっと訳ありでな」
やはり、辞めさせられない何かがあるって事か。
しかも、簡単には話せない事情で。
怖いな。
それより……ジナルさんの表情が怖い。
この話になってから、どんどん纏う空気が冷たくなっていく気がする。
訊かないほうがよかったかな?
それにしても、ジナルさんは色々知ってるな~。
「ジナルさんは物知りですね」
調査員とはそんなに情報通なのだろうか?
「ジナルは裏の仕事もこなしているから、そっちで拾う情報の方が多いだろう?」
あっ、そっちですか。
「まぁな。王家や、その周辺からの依頼が多かったから。色々と知ってしまったという感じだな。普段は無視してるよ。関わってもいい事ないし、俺たちは中立の組織に属しているしな」
王家やその周辺か。
あれ、話しても大丈夫なのかな?
普通は契約で縛られて、話せないよね?
「話をしても大丈夫なんですか?」
「大丈夫。契約には引っかからないように話しているから」
さすが、と思っていいのかな?
「アイビー、契約書はしっかり読めよ?」
「えっ! はい。ん?」
ジナルさんのいきなりの言葉に、驚いて返事をしてしまったけど、何?
「ちゃんと読んでるか?」
「読んでますよ」
契約書は、とりあえずしっかり読むようにはしているけど。
「いいか、自分が中心に契約されていることをしっかりと確かめるんだ」
自分を中心?
「例えば、何かの判断が必要な時はアイビーが駄目と言ったら駄目と判断される契約書かどうかだ。これがもし相手に判断する権利があったら、契約しない。分かったか」
えっと、私が駄目と判断したら駄目で、相手に判断させない。
あっ、なるほど私が中心という事か。
「分かりました。うん」
「分かってるか?」
「……たぶん」
つまり、契約後どんな内緒の話をしても私が内緒にしてほしいと思ったら、第3者に漏らさないよう私が中心の契約を結べって事だよね。
私が中心でない場合は、第三者に話される可能性があるから……だよね?
ん?
ちょっと頭が混乱してる。
どうしてか契約書を見ると苦手意識が出てしまうんだよね。
ここで見る契約書はとても簡潔なのに。
ん? ここで見る契約書?
……また、前の私の記憶が邪魔してる?
何だろう、細かい文字の数枚にわたる契約書……なんて、この人生で見た事ないのに。
「はぁ~」
「大丈夫か? そんなに難しい話をしたか?」
ジナルさんが不思議そうに私を見る。
それに首を横に振る。
「ちょっと、記憶がこんがらがってしまって。大丈夫です」
今の私の契約書を思い出した。
とても簡単に書かれてあって、どれも1枚だ。
しかも、私が中心になるような一文が入っている。
ジナルさんが用意してくれた契約書もだ。
「ジナルさん、ありがとうございます」
私が頭を下げると、にこっと笑って頭を撫でられた。
ちょっと雑に。
髪がぐしゃぐしゃになるんだけど、まぁいいか。
「髪が傷む」
お父さんの声と同時にパシリッという音がした。
見るとジナルさんの手の甲が少し赤くなっている。
「……俺の誤解は解けてるよな?」
誤解?
あっ、子供好き。
「もちろん」
「だったら、よくないか?」
そうだよね?
「………………そうだな」
なに、その間は。
「……アイビーが恋人を連れて来たら、大変そうだな」
ジナルさんがお父さんを見て、少し呆れた表情をしている。
髪を手櫛で直しながら、首を傾げる。
恋人って、まったくそんな気配ありませんが。
「アイビーが選んだのなら、反対なんかするわけないだろ?」
なんの話になってるの?
というか、信じてくれているようで嬉しい。
「本当か?」
「あぁ、ただ俺より強くて、シエルといい勝負が出来れば問題ない。アイビーを任せられる」
「えっ?」
「……いや、それは反対してるだろ?」
「してないぞ。ただ、守れるぐらい強いか見るだけだ」
お父さんを見る。
ものすごく真剣な表情をしてる。
本気だ。
ジナルさんもお父さんを見て、顔が引きつっている。
「シエルといい勝負って……どんな強者だよ、それ」
私もそう思う。
シエルを見ると、なぜか目がキラキラしてるような……。
えっ、シエルもやる気?
「私、まだ9歳なので」
私の言葉にお父さんは頷き、ジナルさんは私をちょっと憐れんだ目で見てきた。
なんで、こんな話になったの?
「新しいお茶でも入れてきますね」
雰囲気を変えて、これからの話をしよう。
でも、団長さん宅からの情報を聞きに行ったギルマスさんが帰って来ないと、話は進まないかな。
そう言えば、そろそろお昼の時間だ。
お腹をさする。
朝食を食べてなかったからお菓子を食べ過ぎた。
「お昼どうしよう」
コンコン、コンコン。
「出るから、大丈夫だ」
玄関の扉を叩く音に、ジナルさんが玄関に向かう。
とりあえず、お茶だけ用意しよう。
「分かった、3日後には出発する」
お茶を入れて、部屋に戻るとお父さんの声が聞こえた。
「3日後?」
私が部屋に入ると、ギルマスさんが少し苛立っているのが分かった。
「アイビー、悪い。調査員がこちらに向かっている事が分かったんだ。団長でも押えられない」
ジナルさんの言う通りだ。
もしもが起きたという事か。
「分かりました。えっと、3日後にはこの村を出発するって事ですね」
「そうなる。準備で必要な物は俺たちも手を貸すから言ってくれ」
「はい」
とりあえず、3日あるから大丈夫。