443話 違う世界
「あ~、俺も離れた方がいいか?」
ジナルさんが、お父さんと私を交互に見る。
そのちょっと困った表情に苦笑が浮かぶ。
ジナルさんたち『風』は、調査員であり裏仕事まで任されるすごい人達。
そのすごい人達の1人を困らせているなんて、ちょっと面白いな。
「アイビー?」
ジナルさんが私をじっと見る。
「ソラ! ジナルさんは問題なし?」
私の言葉にジナルさんが首を傾げる。
ソラは、割れた黒い石の上で遊んでいたが、すぐに「ぷっぷぷ~」と答えてくれた。
ソラのお墨付きも貰ったし、大丈夫。
「異の国の記憶と異の国のスキルが私とお父さんに当てはまるんです」
「あ~、ギルマスが言ってた……なるほど、そうか」
あれ?
思っていたより、普通の反応だ。
「ん? …………アイビー! ドルイド!」
「はい!」
「なんだ?」
いきなり、ぐわっと私の肩を掴んだジナルさん。
その目がちょっと怖い。
「体は? 体調は? 魔法陣の影響は? すぐに団長の所に行って、エッチェーに体を診てもらおう」
驚いた。
それより体も体調も同じ意味ではないかな?
私が、唖然とジナルさんを見つめていると、慌てだすジナルさん。
「アイビー、体調が悪いのか? ドルイドはって、何を笑っているんだ?」
お父さんを見ると、背中を向けているが笑っているのが分かった。
口を押さえているからなのか、おかしな音も聞こえる。
「おい、ドルイド?」
まぁとりあえず、ジナルさんを落ち着かせようかな。
「ジナルさん、落ち着いて下さい。私もお父さんも大丈夫です」
「そうか? だが、得体の知れない魔法陣だ。何かあってからでは困るからな」
ジナルさんが、私の全身を見て小さく頷くと、お父さんを見た。
何だかずっとつかみどころのないジナルさんだったけど、今の彼はとても身近に感じる。
「本当に大丈夫です。それに何かあったら、ソラたちが知らせてくれます」
その言葉に、はっとした表情のジナルさん。
慌ててソラたちを探して、ホッとした様子を見せた。
「悪い……ところで、異の国ってなんだ?」
ジナルさんの言葉に、笑いがようやく収まったお父さんが私を見た。
それに頷く。
隠すと魔法陣の説明が出来なくなる。
「異の国とは、こことは違う世界という意味だろうな」
お父さんの言葉に、首を傾げるジナルさん。
「こことは違う世界? こことは違う……幼い時に読んだ物語にそんな話があったな。違う世界から迷い込んだ男の子が、この世界を冒険する話だったな」
そんな物語があるんだ。
少し、気になるな。
「異の国、つまり違う世界の記憶と違う世界のスキルって事か?」
ジナルさんが、不思議そうに私とお父さんを見る。
「そうだ」
お父さんが頷くと、真剣な表情で考え出すジナルさん。
「違う世界の記憶を持っているって事か? それにスキル? 違う世界のスキル? ……なっ! すごい事じゃないか!」
理解した途端、慌てだしたジナルさん。
「外で話していい内容じゃない。すぐにギルマスの家に行こう。その前に、アイビーとドルイドはエッチェーに体を見てもらおう」
やはり私たちの体が心配なのか、エッチェーさんに診てもらうのは決定のようだ。
それにしても、なぜエッチェーさんなのかと首を捻る。
元暗殺者だよね?
人の体を知らないと、駄目な仕事なのかな?
「それでいいか?」
ジナルさんがお父さんに確認を取る。
それに苦笑して、了承するお父さん。
心配をかけるのは不本意なので、納得してくれるなら協力するのは別に構わない。
「ちょっと待っててくれ」
ジナルさんが散らばっているマジックアイテムを拾い集めていく。
それを手伝いながら、砕けて黒くなった石の欠片を拾う。
「どうした? 何か感じるか?」
お父さんも石の欠片を拾い、見つめる。
「何も感じないけど、こんなに真っ黒の石を見た事ないから」
手に持っている石を見る。
黒い鉱石などは見た事があり、別に黒い石が珍しいわけではない。
でも、手に持っている黒い石は見つめているとぞわっとした気持ち悪さを感じるような……。
「なんだろうな。見ていると深い闇を覗いているような気になってくる」
お父さんの言葉に、頷く。
おかしいと思うが、その言葉がすごく合っている気がした。
「待たせたな、行こうか。あっ、それは団長に見せたいから、拾っていこう」
黒い石を捨てようとすると、ジナルさんが止める。
確かに団長さんに見てもらった方がいいかとジナルさんに渡す。
彼は、手に持った黒い石をじっと見る。
「不気味だな」
ジナルさんは、石を小さな袋に入れると腰から下げた。
「よし、忘れ物は無いな。帰ろう」
スライムになったシエルが、いつものようにソラと競争をしている。
今日は、飛び跳ねた先でぶつかって競うゲームらしい。
「……お父さん、あれはどうなったら勝ちなの?」
「ずっと見ているが、よく分からない。反動の大きい方か? ぶつかった時の痛みか?」
遊んでいる2匹を見ているが、勝ち負けがよく分からない。
首を傾げていると、フレムが2匹の元へ行き参加しだした。
3匹が飛び跳ねた先でぶつかると、フレムが一瞬体を少し大きくした。
そのせいなのか、ソラとシエルがフレムより少し遠くへ弾き飛ばされる。
「フレムが参加するのは珍しいな」
お父さんの言葉に頷く。
いつもはちょっと遠巻きに見ている事が多いのに。
なぜか今日は、すごくやる気のようだ。
ソルを確認すると、私の傍に寄って来たので抱きあげる。
「ぺふっ」
「魔法陣を止めてくれて、ありがとう。助かったよ」
お礼を言うのを忘れていたので、しっかりと目を見てお礼を言う。
ソルがちょっと恥ずかしそうにプルプルと震える。
可愛い反応に、ついついギュッと抱きしめてしまう。
「ぺふぃ~」
ん? いま、いつもと違う鳴き方だったような気がする。
まぁ、いいか。
「てりゅ~」
満足げに鳴くフレムの声に視線を向けてみると、
シエルとソラが悔しそうにしているのが分かった。
「どうも、遠くへ弾き飛ばされると負けみたいだな」
なんとも分かりにくいゲームだなと笑ってしまう。
「皆、そろそろバッグへ戻ってくれる?」
私の言葉に、遊んでいたソラたちが私の下へ集まる。
順番にバッグへ入れると、ジナルさんが感心した様子を見せる。
「やっぱり、すごいよな」
3人になって歩き出すと、ジナルさんが私を守るようにお父さんとは反対側に立って歩き出す。
「何がですか?」
「テイムした魔物たちとの関係が、見た事ないほどいいからさ」
「心を通わせようと思ったら、いい関係が築けるようになると思いますよ」
「アイビーたちを見ていて、そう思うようになった。話だけ聞いても、なかなかな」
ジナルさんが肩を竦める。
確かに聞くより、見た方が理解しやすいよね。
「お疲れ様です」
初めて見る門番さんたちに挨拶をしながら村へ入る。
それに少し寂しい気持ちが湧き上がる。
話をしっかり聞いたわけでは無いが、元居た門番さんたちは全員助からなかったようだ。
「村の人たち、混乱してますね」
「どうやら説明があったようだな」
私たちが森へ行っている間に、この村に起こっていた事が説明されたようで、村人たちがいつもと違った。
「あっ! いた~」
大通りを歩いていると、メルメの肉で一緒に頑張ったコウルさんとリジーさんがこちらに駆け寄ってくる。
「よかった。広場に行っても姿が見えないし、団長からはすごい話を聞いて2人に何かあったんじゃないかって」
コウルさんの話を聞くと、心配で捜してくれていたのが分かった。
「大丈夫です。今、この村で知り合った人の家にお世話になっているんです」
「そうなの? それにしても聞いた? 怖いわよね」
リジーさんが自分の腕をさすりながら言う。
その表情は少し強張っている。
「団長とギルマスが元に戻ったんだ。もう大丈夫だよ、きっと」
そう言うコウルさんも怖いのか、少し声に緊張感があった。
「村の様子はどうですか? 混乱とか起きてないですか?」
混乱は、人をおかしな行動に走らせる。
今この村は、小さな混乱でも対応に困るだろう。
「それは大丈夫。関わった者たちは団長さんが既に捕まえたって言ってくれたから」
そうか、だったら大丈夫かな。
「そっか。よかった」
「そうだ。屋台、繁盛してるのよ。食べに来て! おまけをつけるから」
「悪い。今日はこれから用事があるんだ。落ち着いたら行くよ」
お父さんの言葉に、残念そうな表情のコウルさんとリジーさん。
少し落ち着いたら屋台の方に行く事を約束してから、別れる。
「心配掛けちゃったね」
「そうだな。明日ぐらいに、食べに行くか」
「うん」
いつまでこの村にいられるか分からないから、なるべく約束はすぐに実行していこう。