442話 ソル、怒り
村を出ると、フィーシェさんが待っていてくれた。
フィーシェさんの案内で森の中を進む。
「なんか、変わった?」
「気付いたか?」
お父さんの言葉に、フィーシェさんが答える。
ジナルさんも、不思議そうに周りの森を見渡す。
「森から受ける印象というか、雰囲気が変わった感じだな」
ジナルさんの言葉に、全員が頷く。
見たところ、変わったところはない。
にも拘らず、違うと思うほど森から受ける印象が異なっていた。
「俺たちも森に出て気付いたんだ。ただ、嫌な感じはしないし、様子を見ようという話で纏まった」
フィーシェさんの言葉通り、変わったが特に不快感は覚えない。
ただ、変わったと思うだけ。
それも不思議な事なので、森を見ながら首を傾げる。
周りに気を取られていると、肩から下げているバッグがごそごそと動いている事に気付く。
「あの、シエルたちを出しても大丈夫ですか? 他の冒険者の人たちや自警団員の人たちは、何処にいますか?」
「彼らは既に村に帰したから、出しても大丈夫だよ」
フィーシェさんの言葉に、立ち止まってバッグを開ける。
飛び出してきたのはシエル。
すぐに元の姿になると、周りを見渡した。
「かっこいいな。本で見たのより体ががっしりしてるか?」
アダンダラになったシエルを見て、フィーシェさんが嬉しそうに笑う。
次にソルがバッグから出てきて、最後にソラとフレムが同時にバッグから出てきた。
「元気だな。では、行こうか……おいっ、フィーシェ!」
シエルを見てニコニコしていたフィーシェさんを、ジナルさんが後ろから叩く。
「あ~、悪い。こっちだ」
しばらく歩くと、見えてきた私の背ぐらいある石。
その石の近くに、倒れた木に座るガリットさんの姿が見えた。
「色々試したんだな」
お父さんの言葉にフィーシェさんが苦笑する。
「どれも役に立たなかったけどな」
視線の先のガリットさんの周りには、いろいろな道具が転がっていた。
石を割るために準備したマジックアイテムの数は、ぱっと見ただけでも10個以上。
そうとう石は硬いようだ。
「待たせたな」
「大丈夫だ。さっきから変化は無い」
フィーシェさんがガリットさんに手を挙げる。
ガリットさんは、座っていた倒れた木から立ち上がった。
「変化ってなんだ?」
ギルマスが石に近付く。
すると石がふわりと光り、刻まれている魔法陣の文字が次々と強く光りだす。
「ギルマス、離れろ!」
ガリットさんの声に、ギルマスさんがすっと後ろに1歩下がる。
「ぺふっ! ぺふっ! ぺふっ!」
ソルの少し低くなった鳴き声に驚いて視線を向ける。
視線の先には、石をぎろりと睨みつけるソル。
その姿に驚いていると、ぴょんと大きく飛び跳ねて、石に向かって行ってしまう。
「えっ! ソル、危ない!」
私の声にお父さんが慌ててソルを止めようとするが、ソルはその勢いのまま石に飛び乗った。
ピシリッ。
ソルが乗った瞬間、石に大きな亀裂が入る。
「「「「えっ?」」」」
石にヒビが入った瞬間、ガリットさんが呆然とソルを見つめた。
「割れた」
フィーシェさんも、唖然としている。
「ぺふっ!」
ソルが何度も石の上で飛び跳ねると、その度に石に亀裂が入っていく。
ピシリッ、ピシリッ。
亀裂が石の上から下まで入ると、強く光っていた文字の光が徐々に失われだす。
「すごく簡単に壊しているように見えるが……」
ジナルさんの言葉に、フィーシェさんとガリットさんが首を横に振る。
「いや、本当に何を使っても壊れなかったんだって」
「まぁ、あれを見たらすごく簡単そう……あっ、金槌? え、どうやって?」
「あぁ、触手があるから」
「「「「えっ!」」」」
お父さんの何気ない言葉に、ジナルさんたちが驚きの声を上げる。
それを気にせず、触手で金槌を振り回しどんどん石を砕くソル。
ガン、ガン、ガン。
「ソル、暴走」
お父さんの言葉に、ジナルさんが笑いだす。
「あの金槌では割れなかったよな?」
ガリットさんがフィーシェさんに確かめるように訊く。
「あぁ、まったく割れなかったんだが……割れてるな」
「あれはマジックアイテムか?」
お父さんの質問に、苦笑を浮かべたジナルさんが答える。
「あれは、レアなマジックアイテムだよ。これまでも結構役立ってくれた。かなり硬い物や魔法がかかっている物も壊すことが出来たからな。本当に、割れなかったのか?」
ジナルさんの言葉にフィーシェさんが頷く。
「俺では全く。なんでソルが使ったら割れるんだ?」
「それより、ソルはあの石が何か知っているのか?」
ギルマスさんの言葉に首を傾げる。
確かに、知っていないとあれほど壊そうとは思わないよね。
「ぺふっ」
金槌を放り投げ、やり切ったようなソル。
砕いた石は徐々にその淡い光を失い、完全に真っ黒な石に変わった。
あれ?
何だろう?
ずっと感じていた疲れを、感じなくなったような……。
それを不思議に思いながらお父さんを見ると、視線が合った。
「アイビー、体は大丈夫か?」
お父さんの質問に首を傾げる。
「うん。大丈夫。なんか、体がすっと軽くなって疲れが消えた感じがしたけど……元気になったのかな?」
「そうか。アイビーもか」
私も?
お父さんが、真っ黒に変わり果てた石を見る。
そう言えば、あの石は何の役目があってここにあるって言っていたかな?
何だろう、いきなり気になりだした。
えっと確か、異の国の記憶と異の国のスキルを持つ人の動きを制限するためだったかな。
あれそれって、私とお父さんに当てはまるよね?
「どうした? 何かあったのか?」
ギルマスさんがお父さんと私の雰囲気がおかしい事に気付き、心配そうにする。
風の3人も私たちを見た。
「ギルマスさん、石が黒くなった時に何か感じましたか?」
私の質問に少し考えたが「いいや」と首を横に振る。
ジナルさんたちを見るが、全員が首を横に振った。
という事は、さっきの感覚は私とお父さんだけという事か。
「ぺふっ」
ソルがピョンと心配そうに私の傍に寄ってくる。
もしかしたら、知っていたのかな?
私とお父さんが、あの石に刻まれた魔法陣に影響を受けている事を。
でも、知っていたらソルは絶対に伝えてくれたはず。
「ありがとう、ソル。もう大丈夫」
ソルが壊してくれなかったら、どうなっていたんだろう?
何だか怖いな。
ぶるっとした体をお父さんが、ポンポンと撫でてくれる。
「ドルイド、俺たちに話せる事か?」
ジナルさんが、お父さんをじっと見る。
「少し、時間が必要だ」
「そうか、分かった」
ジナルさんは頷くと、ギルマスさんたちと話し出す。
どうやら、ここ以外の石がどうなっているのか確認しに行くようだ。
しばらくすると、4本の木の枝を持ったジナルさんがこちらに来た。
「1本だけ短くしてくれ」
「分かった」
お父さんは、ジナルさんが離れるのを確認してから、4本ある木の枝の1本だけを短くして見えないように握る。
「いいぞ」
ジナルさんたちがそれぞれ木の枝を選ぶと、せーのでお父さんが手を開く。
「やった。じゃ、よろしくな」
ジナルさんが短い枝を引いたようで、他の3人に手を振る。
私も手を振って見送る。
「シエルと遊びたかったのに!」
フィーシェさんの言葉に、苦笑が浮かぶ。
「ふふっ、行ってらっしゃい」
「しっかり石を確認して来いよ~」
ガリットさんたちは、ため息を吐くと来た方向とは逆の森へ向かって歩きだした。
「落ち着いたら、村に戻っておいてくれ。団長の家は……駄目だな。俺の家で集合な」
ギルマスさんが、家の鍵をお父さんに渡すとすぐに歩き出した。
「気を付けてくださいね」