438話 ジナルさんからの報告
コンコン。
「誰か来たみたい。はーい、今開けます」
ギルマスさん宅の玄関を叩く音に、朝食を食べるのを止めて席を立つと、手首をぐっと握られる。
視線を向けると、にこりと笑うお父さん。
……あっ、やっちゃった。
「アイビー」
「はい」
笑顔のお父さんから圧を感じる。
「誰が来たのか確認する前に、声を出さない」
「はい」
「誰なのかを確実に確認する」
「はい」
「知らない人の場合は、玄関を開けずに対応する。知っている者でも親しくなければ玄関は開けない」
「はい」
「本当に理解しているか?」
「もちろん、分かってはいるんだけど……」
つい……何というか、条件反射と言いますか……。
すぐに対応しないと相手に悪いと思ってしまうというか……危機感が足りないせいかな?
コンコン。
「あっ……えっと?」
どうしよう?
お父さんを見ると、ポンと頭をなでられた。
「俺が、見てくるから」
「ありがとう」
お父さんが食事をしている部屋から出ていくが、誰が来たのか気になる。
もしかしたら、またガリットさんかもしれないし。
そう言えば、魔石は役に立ったかな?
「よしっ! 後ろからこっそり見るぐらいならいいよね」
窓から外を見る。
どうも明け方から、村が騒然としている気がする。
問題が動いたんだろうけど、それがいい方向なのか、悪い方向なのかがここからでは分からない。
「皆、大丈夫かな? 無理をしてないといいけど」
ジナルさんたちの様子を思い出す。
隠しているが、疲れが溜まってきているのが分かる。
早く、解決してほしい。
廊下に出て玄関に向かうと、お父さんの声が聞こえた。
「ジナルだったのか。お疲れ様」
ジナルさん?
「悪いなこんな時間に。色々報告があってな。あと、団長が『俺よりアイビーとソルたちを守る方が重要だ』と判断して、俺にここの警護を依頼してきた」
私とソルたち?
何だか物々しいな。
「とりあえず、何か食わせてくれ。昨日の夜に少し食べただけで、何も食ってないんだ」
「それはアイビーに言ってくれ。食材の管理はアイビーだから。下手に使うと予定を狂わせる事になる」
「そうなのか?」
「あぁ。俺だけで作ると、量を考えずに作ってしまって後悔する事になるんだ。だから俺は手伝いだけなんだ」
お父さんの言葉に、つい笑みが浮かぶ。
確かに、大量に作られた料理を4日続けて食べた事があるよね。
しかも味を変えようと思っても、濃い味付けのため味を変えるのも難しくて、完食した時はお父さんと本気で喜んだっけ。
あの時のお父さんの喜びようを思い出して、つい声を出して笑ってしまった。
その笑い声が聞こえたのか、お父さんとジナルさんが私の方へ視線を向ける。
「おはよう!」
私に気付いたジナルさんが、手を振って挨拶してくる。
「おはようございます」
「朝早くから悪いな。あ~、聞いた?」
「はい、ある程度ガッツリした料理がいいですか? それとも軽くですか?」
「動き回ったから腹が減っているんだ、ガッツリと肉を頼む」
肉か。
確かタレに漬けてあるお肉があるな、あれに芋粉を付けて揚げ焼きにしようかな。
あとはご飯と野菜スープぐらいで大丈夫だろう。
「分かりました」
「悪いな、こんな朝早くから」
ジナルさんを見ると、やはり顔色が悪い。
でも、どこか昨日と違う事に気付く。
昨日は、張り詰めたピーンとした空気を纏っていたけど、今は少しだけ穏やかになっている気がする。
もしかして、いい方向へ進みだしたのかも。
「料理をするのは大好きなんです。だから問題ないですよ」
調理場へ行くと、マジックボックスからタレに漬けたお肉と、芋粉を準備する。
小鍋に細かく切った野菜と骨から取った出汁を入れてスープを作ると、お肉に芋粉を付けて揚げ焼にしていく。
マジックボックスから炊いたご飯を出して、木のお椀に入れる。
揚げ焼のお肉と、味を調えたスープを準備して完成。
出来上がった料理をジナルさんとお父さんがいる部屋に持っていくと、机にへばりつくジナルさんがいた。
「かなり疲れているみたいですけど、大丈夫ですか?」
「あ~、悪い。おっ! いい匂い」
ジナルさんの前に料理を並べる。
「いただきます」
そう言い終わると、怒涛の勢いで食べすすめる。
それを少し唖然と見つめてから、慌ててお茶を用意した。
「あ~、食った~」
10分もしないうちに空っぽになったお皿を見る。
もしかして足りなかったかな?
「まだ、いりますか?」
「ん? いや、もうお腹いっぱいだからいいよ。美味しかった、ありがとう。生き返った」
大げさだけど、美味しかったという言葉はいい言葉だよね。
顔がにやけてしまう。
食べ終わった食器を纏めていると、
「あっ、片付けるよ。アイビーは座ってて」
別に疲れていないので問題ないが、さっさとお皿を持って行ってしまうジナルさん。
たぶん後を追いかけても、手伝わせてくれないだろうな。
報告があると言っていたし、新しいお茶の用意をしておこう。
「お父さんは、お菓子を食べる?」
「そうだな、あんまり甘くない物を頼む」
食後のソラに飛びつかれ、遊び相手になっていたお父さんが小さくため息を吐くと椅子に座る。
途中からシエルとソルも参加していたため、かなり激しい遊びになっていた。
「お疲れ様」
「あの3匹は、容赦がないな」
「そうかな?」
「俺にはな」
ジト目で見られたので視線を逸らして笑っておく。
確かに皆、私とお父さんに対する態度が少し違う。
私には手加減してくれるけど、お父さんには本気で体当たりをしだす。
ソラだけならお父さんも余裕だけど、さすがにシエルやソルも参加しだすと大変そうだ。
「おっ、用意がいいな~」
手を拭きながらジナルさんが部屋に戻ってくると、机を挟み向かいに座る。
「お茶どうぞ」
「ありがとう。さて、何から話そうかな……サリフィー司祭の体に魔法陣が刻まれていたんだが、それが夜中に発動したためギルマスが呼び出されたんだ。魔法陣による被害はアイビーがくれた魔石のお陰でないんだが、それを知らない裏切り者が暴走してくれた」
「暴走ですか?」
「あぁ、サリフィー司祭の体に刻まれていた術は洗脳みたいなんだ。まだ、解析されていないため予想なんだけどな。だが、裏切り者が先走ってくれたお陰で、そいつを捕まえる事が出来た。ギルマスの幼馴染らしいが、とにかく口が軽い。ちょっと誘導したら、情報をペラペラと話し出したとガリットが言っていたよ」
ギルマスさんの幼馴染?
彼は大丈夫かな?
「奴がある人物の情報を話してくれたおかげで、そこから事件に手を貸した者たちを炙り出す事が出来た。明け方から自警団員が、事件に関わった者たちの確保に動いている。俺がここに来る前に、ほぼ確保できたと言っていたから、あと少しでこの村で起こった事件については解決だろう」
何だろう?
ちょっと不思議な言い方をしたよね?
何だか、まだ何かあるような。
「この事件は、この村だけの問題ではなかったという事か?」
お父さんの言葉にジナルさんが頷く。
「この村で使われていた魔法陣は誰かの指示を受けて使われていた。その人物について調査が行われるだろうが、教会が関わっている可能性が高いと俺たちも団長たちも考えている」
「厄介だな。簡単に調べられる事じゃないだろう」
「あぁ、証拠があっても取り調べは簡単じゃないな」
ジナルさんが苦々しい表情になる。
まるで憎んでいるような?
「その話を俺たちが聞いてもいいのか?」
お父さんの言葉にジナルさんが、じっと私を見る。
その視線が、ちょっと怖い気がするのは気のせいかな?
「巻き込まれやすいみたいだからな」
はい、そうですね。
残念ながら、気付いたら巻き込まれています。
「知らないほうが怖いだろ? 知っていれば回避も出来るはずだ」