番外 団長さんの苦悩
「どうだ?」
部屋に入ると、魔法陣が一瞬パッと光りすぐに消えた。
次の瞬間、魔法陣の中にいた者がハッとした表情をして周りを見回す。
メリサが魔法陣の中にいた者を呼び、体調を確認しながら現状を説明。
落ち着くまで隣の部屋で休憩してもらいながら、これからの予定を副団長補佐のジジナが説明。
質疑応答もジジナがここで行っている。
既に何度も見た光景。
術に掛かっていた自警団員も冒険者も最初は唖然とし、少し時間が掛かる者もいるが何とか現状を把握していく。
他にも同じ状況の仲間がいることが救いになっているのが、見ていて分かる。
自分だけじゃないというのが、心強いんだろう。
「すごいですね。全然、疲れないんです」
今、魔法陣を発動させているミスランが、手袋をはめた手を見る。
その手袋は、掌の部分がいびつに歪んでいる。
そこには、ソルが作った魔石が隠されている。
アイビーに貰った時は、どんな力を持つのか不明だったが、まさかこんなすごい力を秘めているとは考えもしなかった。
この魔石が敵の手に渡った時の事を考えると、ぞっとする。
「ミスラン、決して誰にも……」
魔石を使って魔法陣を発動させていると、見られても気付かれても知られてもいけない。
「分かってる。これはかなりやばい物だ」
ミスランの目が鋭くなる。
ミスランは、普段は人好きのする表情をしているが侮ってはいけない存在だ。
彼が敵でないことに何度ホッとした事か。
今回も、味方でよかった。
「まぁ、今の俺たちには必要な物だけどな」
魔法陣の術は、知っている者、理解ある者たちから解いていった。
そして、何が起こっているのか、これから何をするのかを隠すことなく全て話した。
彼らは、俺の話を聞きながら俺が何を求めているのかを理解し、そして覚悟をしてくれた。
申し訳ないと何度も言いそうになった。
だが、その言葉を言う権利を俺は持っていない。
どんなに謝ったところで、彼らの覚悟と犠牲が無ければこの問題を解決できないのだから。
こういう時、自分の無力さを感じる。
何をしても、助けられないのだと。
「まだまだいけるから、次を早く連れて来いよ」
普段の笑みに戻って次を寄越せと言うミスランに苦笑を浮かべる。
ソルの魔石が俺の気持ちを軽くしてくれる。
もしかしたら、彼らを失わずに済むかもしれないと。
「休憩はしっかりと取ってくれ。倒れられたら困るからな」
強気でそしてけっして下を向かない。
この地位に就いた時に、憎まれ恨まれる覚悟をした。
誰かを死に追いやってもこの村を守る。
そのためには、全てを受け止めようと。
だが、覚悟は出来ても現実に受け止める事は難しかった。
何度も何度も逃げ出したいと思い、実行に移そうとしたこともある。
それでも踏みとどまれたのは、仲間がいたからだ。
だが俺は、その仲間を犠牲にする事を選んだ。
「大丈夫だって。何かあれば俺が対処するから」
部屋の隅から声がかかる。
ミスランより先に魔法陣を発動させていたウガルパ。
「体調はどうだ? 何か変化は?」
矢継ぎ早に質問すると、苦笑しながら「問題ない」と言われる。
その答えにほっと肩から力が抜ける。
ウガルパはそんな俺を見て声を上げて笑った。
「はははっ。本当に心配性だな。大丈夫だって。あの魔石のお陰でまったく負荷を感じないんだ。前の時に感じた不快感もまったく無いし、不思議だよな」
ウガルパとミスランは、以前関わった魔法陣による事件の時も一緒だった。
だから魔法陣については、ある程度知識がある。
その事件の時からの仲間がもう1人いるが、奴は今、上で爆睡している。
「マパは?」
「上で寝てる」
俺の答えに再度笑ったウガルパ。
扉を叩く音が聞こえると、すっとその笑みを消した。
「どうぞ」
ウガルパの声に部屋の扉が開き、40代ぐらいの自警団員が若い自警団員を1人連れてきた。
「遅くなりました」
「お~、待ってたよ。君は悪いけど、その真ん中に立ってくれる?」
ミスランの言葉に少し戸惑う若い自警団員。
俺が止めないので、戸惑いながら魔法陣の中に足を踏み入れた。
「ミスラン。何か違和感を覚えたらすぐに中断してくれ、そしてすぐに連絡を」
何度もした注意を、もう一度して部屋を出る。
その後を40代の自警団員がついてくる。
「逃げようとした者はいたか?」
「いえ、今のところはいません」
「分かった。次を連れて来てくれ。いや、待て。お前は既に3時間になってるな。次の団員に代わって休憩に入ってくれ」
「あの。まだ大丈夫ですが」
「これから慌ただしくなる。休憩できる時にしておいてくれ」
俺の言葉に少し首を傾げる団員。
だが、納得はしてないが俺に言われた以上代わるしかないので頷いた。
「ゆっくり休めよ。明日は休憩が無い可能性がある」
俺の言葉に頷くと、すぐに代わりの団員に声を掛けにいった。
その姿を確認したあと2階に上がる。
マパが寝ている部屋に入る。
「ふ~」
「随分と疲れているな。大丈夫か?」
寝ていると思っていたマパから声がかかり、少し肩が震えた。
「大丈夫だ。マパ、酒は抜けたか?」
魔法陣の準備が整って仲間に声を掛けたらマパはかなり酔っていた。
悪いと謝ってくれたが、昔から酒好きでそれが元で色々あったな。
「酒は少し残っているが、問題ないぞ。ウガルパとミスランが順番に魔法陣を発動させてるのか?」
マパは水差しからコップに水を入れてぐっと飲み干す。
「あぁ、そうだ。マパ、酒はほどほどにしておけよ。もう年なんだから」
マパが一番年上だからな。
俺の言葉に嫌そうな表情のマパ。
「俺はまだそんな年じゃない」
「何を言っているんだか。既に60歳は超えてるだろうが」
俺の言葉に、小さくため息を吐くと服を整える。
「さて、2人の所に行って俺も手を貸すか」
マパはそう言うと、すぐに部屋を出て行こうとする。
「アッパス。お前の選んだ道は正しいと、俺は思っている」
マパの言葉にぐっと息が詰まる。
彼らは俺の現状をしっかりと理解して、手を貸してくれる。
「頼む」
「任せとけ!」
何とか言葉を絞り出すと、マパは笑って1階に降りていった。
ソルの魔石が、助けてくれている。
でも、それは何時まで?
まだまだ術に掛かった者たちは多い。
全ての者たちの術が解けるまで、魔石の力はもつのか?
コンコン。
「ん? 誰だ?」
「どうも」
扉から顔を出したジナルは俺の顔を見て、少し苦笑を浮かべた。
どうも、感情が上手く隠せていないようだ。
「何かあった場合のために、1階に待機しておくから」
「分かった。ありがとう」
「いいえ。団長、少し寝ろよ」
ジナルはそれだけ言うと、すぐに扉を閉めて1階に降りていったのが音で分かった。
「はぁ~」
分かっているのだが、どうも寝つきが悪い。
敵の術に嵌った事、仲間を犠牲に選んだ事が頭から離れない。
「俺も年かな」
そう言えば、次の団長にと思っていた者が今回の事で亡くなっていたな。
「はぁ~、どうするかな」