437話 ソルの魔石
「術を解く方法はあるのか?」
「団長の話では、あるそうですが……まだ確実だとは言えないそうです」
ジャッギさんが、肩を竦める。
「あっ、そうだ! アッパスからアイビーに伝言があるんだった」
「伝言ですか?」
「あぁ、『ありがとう、助かった』と」
ありがとう、助かったってなんの事だろう。
思い当たるとしたら、魔石の事かな?
何かいい結果になったのかな?
「なんでも、魔石を使って魔法陣を発動させると乱れが少ないそうだ」
やっぱり魔石の事だった。
ん? 乱れ?
えっと、乱れって何だろう?
魔法陣の説明は色々してもらったけど、その中にあったかな?
「乱れとはなんだ?」
お父さんがギルマスさんに質問したことで、まだ知らない事だったと気付く。
良かった。
と言うか、ここ数日で色々な情報を詰め込み過ぎて、少し混乱してるかも。
いつもだったら、すぐにわかりそうな事なのに……疲れているのかな?
ちゃんと休憩しているのにな。
「魔法陣の術を発動させると、核が傷つけられると聞いただろう?」
「あぁ、聞いている」
お父さんの返事に私も頷く。
それは、しっかりと覚えている。
「核に傷が付く時、魔力に乱れが起こるんだ」
へ~、傷つけられた時の振動みたいな感じなのかな?
「その乱れが多い場合は傷が多く付いた時で、逆に少ない時は傷が少なくて済んだ時だと分かる」
なるほど。
ソルの魔石を使って魔法陣を発動させたら乱れが少なかった、つまり傷が少なくて済んだって事だよね。
つまり、術を解くために頑張っている人たちの気が狂うのを止められるかもしれないって事?
「それは望み過ぎかな? でも……」
止められたらいいな。
そう言えば、魔石を使って魔法陣を発動させるのってどうやっているんだろう?
……次に団長さんに会った時に聞いてみよう。
「それにしてもソルの魔石はすごいな」
お父さんの言葉に、にこりとほほ笑む。
確かに、さすがソルだと思う。
実は、何に役立つのか調べずに渡してしまったから、すごく心配だったんだよね。
それが、魔法陣を発動させる時に役立つなんて……。
部屋の隅で積みあがっているタオルに乗っている4匹を見る。
皆、遊び疲れて眠ってしまっている。
その姿は見ているだけで癒される。
私の視線に気付いたのか、ギルマスさんが部屋の隅を見る。
「皆、可愛いな」
「うん!」
あっ、返事がお父さんへ向けるものと一緒になってしまった。
気を遣わないとな。
「ぺふっ」
視線に気付いたのか、ソルが目を覚まして周りを見る。
そして欠伸を1つして、また眠りについた。
ギルマスさん宅に戻ってきてから、すべての部屋を使った追いかけっこをしていたので、かなり疲れているようだ。
「そうだ。俺もお礼を言いたかったんだ」
ギルマスさんは、そう言うとポケットから真っ黒な何かを取り出す。
そして、それを私に差し出した。
見ると、それは以前に団長さんに渡したソルが作った魔石だった。
あの時は、フレムみたいに魔石を作ったから少し驚いたな。
「あれ? どうしてギルマスさんが持っているんですか?」
ギルマスさんには、まだ渡してないよね?
「済まない、アッパスから借りていたんだ」
団長さんからか。
「アッパスから、これがソルの作り出した魔石だと聞いている。実は今日、魔法陣の中に押されて、術を掛けられそうになったんだ」
「えっ! 大丈夫だったんですか?」
なんでそんな大変な事を笑顔で言うの!
「見ての通り問題ないよ。さすがに焦って混乱したんだけど、アイビーのくれた魔石に助けられたんだ」
魔石に助けられた?
ギルマスさんから魔石を受け取る。
前も思ったけど、本当に真っ黒でちょっと怖い印象を受ける魔石だよね。
「魔法陣に入って、術が発動すると青い光の線が出てきて体に入ってこようとしたんだけど、魔石が吸い取ってくれたんだよ」
吸い取った?
もう一度魔石を見る。
「そんな力があったんですね」
「知らなかったのか?」
「まったく知りませんでした。ね、お父さん」
「あぁ、初めて見る魔石だったしな」
お父さんと私の、のんびりした会話にギルマスさんが苦笑を浮かべる。
ジャッギさんはどこか呆れた雰囲気を見せる。
「普通はもう少し驚いたりしないか? ドルイドさんも、どうしてそう普通なんですか?」
ジャッギさんの言葉に首を傾げてしまう。
「驚いてますよ。ちゃんと」
「……ソルの作った魔石だからな、なんでもあり得ると思っている」
私の言葉にギルマスさんが笑いだし、お父さんの言葉に、ジャッギさんが「はぁ~」と困惑した返事をした。
「そんなに色々あるんですか」
ジャッギさんが眠っているソラたちを見る。
「まぁ、色々あったな。最初は俺も驚いたが、まぁ、慣れだ」
確かにお父さんは色々と慣れたよね。
最初の頃は、シエルやソラやフレムが何かするたびに、心配していたっけ。
そんな昔の事じゃないのに、懐かしいな。
「なんだろうな」
ギルマスが笑いを止めて、私たちを順番に見ていく。
少し困惑しながら見つめ返すと、破顔された。
「元ギルマスのチェマンタの裏切りを知ってイライラして帰ってきたんだよ」
帰ってきた時のギルマスさんを思い出して、首を傾げる。
あの時のギルマスさんはイラついているというより、何かに追い詰められているような気がしたけど。
「まぁ、イラついていただけじゃなく説明できない蟠りがあって。自分の言動に不安があったから、事情を知っているジャッギに一緒に来てもらったんだ」
そうだったんだ。
「で、帰ってきて玄関を開けたら驚いた」
驚いた?
「あまりにも、いつもと家の雰囲気が違って。何というか、いつもは冷たい印象なのに、今日は温かかった。それに、美味そうな匂いまでしてきて。あの時まで自分の腹が減っている事にも気付いてなかったのにな。部屋に入ったら笑顔で出迎えてくれるし、美味い物を食べさせてくれるし。そうしたら、さっきまであった蟠りが無くなってた。おかしいよな」
「そうですか? 美味しい物を食べたら気持ちが落ち着くじゃないですか」
ギルマスさんが私の言葉に、小さく笑う。
「それを初めて知ったよ」
「それはもったいない」
「あはははっ」
ギルマスさんが笑うと、ジャッギさんまで笑い出した。
「本当は今日分かった事について話をするかどうか迷ったんだ。これ以上2人をこの件に巻き込むのも悪いと思ったしな。アッパスも迷っていたし」
もう十分に、巻き込まれているような気がするけどな。
それにギルマスさんや団長さんが話さなかったら、こちらから聞いたと思う。
「でも、なぜか2人には話を聞いてもらいたいと思ったんだ。俺の我儘だ。悪い」
「ギルマスが話さなかったら、俺から聞いていた。中途半端は気持ち悪いからな」
お父さんの言葉に苦笑を浮かべるギルマスさん。
「魔法陣について詳しくなればなるほど、危険が増える。それに、魅入られる可能性もある」
元ギルマスのチェマンタさんは、魔法陣に魅入られた人なんだろうか?
私は魔法陣を、知れば知るほど恐ろしく感じるけどな。
確かに魔力が無いから魅力を感じるところはある。
でも、代償が大きすぎる。
だからなのか、魅力を感じるより恐ろしく不気味に感じる。