436話 最悪で悲しい
「ただいま。美味そうな匂いだな」
夕飯に牛丼もどきを作って食べていると、疲れた表情のギルマスさんが帰って来た。
ジャッギさんも一緒のようで、私の手の中の物を気にしている。
「食べますか? すぐに作れますよ?」
「そうなのか? ……なんだか不思議な食べ物だな?」
ギルマスさんが、傍によってきてじっとお皿の中の牛丼もどきを見る。
近くに来たギルマスさんの表情を見て首を傾げる。
疲れているだけではなく、どこか思いつめたような表情をしているような気がする。
何かあったのかな?
「やっぱり美味そうな匂いだな。もらっていいか? ジャッギはどうする?」
「俺の分も大丈夫かな?」
「大丈夫です。他の人たちも来ますか?」
ナルガスさんたちも来るなら、少し足りなくなるかもしれない。
「いや、俺だけだよ」
「分かりました。待っててください」
「食べ終わってからでいいぞ」
「はい」
残っていた牛丼もどきをちょっと急いで食べきると、ギルマスさんたちの分を作るため調理場へ行く。
作り置きするつもりで作ったので、鍋には牛丼もどきが大量にある。
それを小鍋に移し温めている間に、調理場に置いてあるマジックボックスから温かいご飯を取り出す。
「手伝うよ」
ジャッギさんが調理場に顔を出す。
「でも、ほとんどやる事ないですよ?」
「無いの?」
「はい。あとはご飯にこの具を乗せれば完成だから」
「早いな。ところでこれは、何の肉を使ってるんだ?」
「色々です。今回は5、6種類のお肉が混ざってます。小さく残ったお肉を全て混ぜちゃうので」
お肉の種類が違っても美味しく出来るこの料理は、とてもお気に入りだ。
「そうだ、六の実を入れますか?」
最近はようやく卵と言わずに六の実と言えるようになったな。
まぁ時々、卵と言ってしまうけど。
「どっちが美味しい?」
どっち?
ん~、好みがあるからな。
「俺は六の実を入れた方が好きだな」
私たちの会話が聞こえていたのか、隣の部屋からお父さんの声が聞こえた。
「なら俺は、六の実入りで」
「アイビー、俺もそれで頼む」
ジャッギさんもギルマスさんも六の実入りになった。
温まった具に、軽く溶いた六の実を入れて火を通す。
それをご飯の上に乗せて完成。
2人の前にお皿を置くと、嬉しそうに手を付けてくれた。
「うまっ。この肉は何?」
「小さくなってしまったお肉を全て入れたので、何のお肉なのかは不明です」
「そうなんだ。それにしても美味い」
すごい勢いで食べるギルマスさんに、少し驚いてしまう。
あっという間に完食したギルマスさんは、空っぽになったお皿を見つめている。
「まだありますよ」
「え~、いいかな?」
気まずそうにお皿を私に渡すギルマスさんに、笑みが浮かぶ。
「はい」
お皿を受け取ると、嬉しそうな表情のギルマスさん。
良かった。
少し気持ちが落ち着いたのか、表情に余裕が出てきた。
「どうぞ」
すぐにお代わりを準備すると、ギルマスさんの前に置く。
ジャッギさんのお皿を見ると、彼も食べ終わっているようだ。
「いりますか?」
「いや、俺は大丈夫。すごく美味しかったよ」
ジャッギさんの満足そうな笑顔に、つられて笑顔になる。
本心から美味しいと言ってくれる表情が好きだな~。
2人が食べ終わったので、全員分のお皿を持って調理場に戻る。
「ゆっくりしててよかったんですよ」
私の隣で、お皿やお鍋を拭くギルマスさんとジャッギさん。
お茶でも飲んでいてくださいと言ったが、お礼と言って一緒に後片付けをしてくれた。
本当は2人だけで片付けようとしてくれたのだけど、それは私が落ち着かないので一緒に片付ける事になった。
「それはアイビーにも言える言葉だろう」
ギルマスさんが少し呆れた表情で言う。
そうかな?
でも、ギルマスさんたちの方が忙しいのに私が休憩するというのはおかしくないかな?
「お茶とお菓子の準備出来たぞ。そっちは終わりそうか?」
お父さんが調理場を覗きに来る。
「終わったよ」
「じゃ、ゆっくりしようか」
食事をした部屋に戻ると、お父さんの隣に座る。
「ギルマス、何かあったんだろう?」
ギルマスさんとジャッギさんが座ってお茶を飲んでいると、お父さんがギルマスさんを見る。
それに、苦笑を浮かべたギルマスさん。
帰ってきた時のような思いつめた感じは無いけれど、悲しそうな表情になった。
「やっぱりばれていたか」
「まぁ、あんな表情をしていればな」
ギルマスさんがゆっくりとお茶を飲む。
「教会に行ったら、色々と思い出したんだ。それで、俺を魔法陣の中に押し込んだ奴の事も思い出した」
何だろう?
憎んでいるような、戸惑っているような、なんとも言い難い表情をするギルマスさん。
「俺に冒険者としての心構えや技術の指導をしてくれた元ギルマスのチェマンタが俺を魔法陣の中に押したんだ。マトーリと一緒に」
元ギルマスさん?
「奴がこの村を裏切っていた」
「……そうか」
ギルマスさんがふっと悲しそうに笑う。
その表情を見ると、心に何か重い物が詰まったような気がした。
「あと、この村で行われていたのは……おそらく魔法陣の実験だ」
実験?
お父さんが首を傾げてギルマスさんを見る。
彼はすっと視線をお父さんに向けると、険しい表情をした。
「教会の司教の部屋に、どの魔法陣を使うのか指示する手紙があった。そして指示された魔法陣を試した結果、どうなったのかを書いている紙も見つかった」
そんな!
「手紙を受け取っていた司教と、魔法陣を動かしていた司祭は捕まえた。チェマンタは見つかっていないし、最近はこの村で姿を見ていない。もしかして既にこの村にはいない可能性がある」
ギルマスさんが両手をギュッと握りしめている事に気付く。
「明日の午後ですが、村全体で捜索が行われます。探しているのは元ギルマスのチェマンタ、テイマーのマトーリ、中位冒険者 アガチェ、ミトリア、ササエラです」
ジャッギさんは、ギルマスさんを気にしながら明日の予定を教えてくれた。
村全体で捜索?
そう言えば、その中位冒険者たちは何なんだろう?
「その中位冒険者たちは、どうして探すんだ?」
「手紙に名前が載っていた事と手紙の内容から協力者だと判断したんだ。だから探す事になった。それと、ササエラについては指示を出していた者から送りこまれた冒険者の可能性が高い」
「そうか」
送り込まれた冒険者?
なんのために?
「あの、何のために送りこまれたんでしょうか?」
私の質問にギルマスさんが首を傾げる。
「経過を見るためだと思うが」
経過?
「なんの経過を見るためですか?」
「……どれだけの期間、利用できるかどうかだろう」
利用できる?
それは、狂うまでの時間を調べていたって事?
最悪!
「指示を出した者は分かっているのか?」
お父さんの質問に、ギルマスさんとジャッギさんが首を横に振る。
「手紙には相手の事が分かる事は一切載っていなかった。明日もう一度、教会を調べる事になっているので、何かわかればいいが」
「司教と司祭は?」
「今、毒を仕込んでいないか調べています。あと術を掛けられていないかも同時に調べています」
毒? 術?
毒は確か捕まった時に、情報を漏らさないために仕込んでいる人がいると聞いた事があるけど、司教や司祭が毒を?
それに術って何だろう?
「術って何ですか?」
「団長が前に扱った魔法陣の事件なんですが、ある言葉を聞くと、術が発動して死ぬことがあったそうです」
怖いな。
「術が掛かっていないか調べ、掛かっていれば時間が掛かっても解除したいと言っていました。訊きたいことが色々あるそうなので」
それはそうだろう。
それにしても、魔法陣に興味がある人は人の命をなんとも思っていないんだね。
実験に使ったり簡単に切り捨てたり、それがすごく悲しい。