番外 ギルマスさんの怒り
見えてきた教会に足を止める。
少しずつだが、記憶が戻ってきている。
3年ぐらい前、相談したい事があるとマトーリに呼び出され、俺はこの教会に足を踏み入れた。
そうだ、あの日から俺はおかしくなったんだ。
「確か……調べようと思ったんだよな」
教会に足を踏み入れる数日前、聖職者の不穏な動きを知った。
だが、証拠もない状態では調べる事もままならない。
だから、1人で調べようと思ったんだ。
その事を誰かに相談していたらよかったのかもしれない。
だが、俺は誰かに話すことは無かった。
簡単に調べられると思い込んでしまったから。
もしもあの時、誰かに話していたらこんな最悪な事になっていなかったかもしれない。
後悔が押し寄せる。
「俺のせいか?」
「えっ?」
独り言に反応が返ってきた事に驚いて、声がした方へ視線を向けると、ナルガスが心配そうな表情で俺を見ている事に気付く。
そう言えば一緒に来ていたなと思い出し、周りが見えていなかった事に情けなさを感じた。
「大丈夫だ」
しっかりしないとな。
「……ギルマスのせいではないですよ」
俺は首を横に振る。
ギルマスと言う立場に俺はいる。
だから、全ての責任は俺にある。
「ギルマス」
「行こう」
止まっていた足を動かす。
入り口には村の人たちが楽しそうに話をしている。
「ナルガス、村の人を全て教会から出せ。奴らが何をするか分からない」
「分かりました。でも……」
「なんだ?」
「不信感を持たれず移動してもらうためには、どうすればいいかと思いまして」
不信感を持たれずに?
それは無理だろう。
「気にする必要はない。すぐに追い出せ」
「えっ? いいんですか? 教会での事はすぐに噂で広まります。村の人たちの不安を煽ることになりますが」
確かに、教会に個人ではなくギルマスとして入るんだ、すぐに噂が流れるだろう。
だが、
「アッパスが目を覚ましたという噂は既に広まっている。奴らにとって、アッパスの病気は治るはずがないんだ。だが治った。奴らはどうするか? きっと事情を知ろうとするはずだ。どうやって知る?」
奴らはアッパスを殺そうとした。
それが目を覚ましたと知って、焦っているはずだ。
「……術に掛かっている、冒険者か自警団員を使うのが手っ取り早いですよね?」
「そうだ。そして術が解けた者がいる可能性に気付いたら?」
「何か仕掛けてくる可能性があると思っているんですか?」
ピアルの言葉に頷く。
「無いとは言えないだろう? そしてその時に、魔法陣を使うかもしれない」
俺は魔法陣について、それほど詳しいわけでは無い。
だから、まったく的外れの心配をしているのかもしれない。
でも、何かをしてくる可能性は拭えない。
そしてその時、魔法陣を利用しないと誰が言える?
「どう動くのか予測が出来ないから、すぐにでも身柄を押さえたい。これ以上魔法陣の被害者を増やしたくないんだよ」
「分かりました。すぐに教会から人を追い出します」
ナルガスの答えに、ホッとする。
これで、何が起こっても村の人たちが被害にあう事は無い。
「こんにちは」
教会の扉の前にいた村の人が、笑みを見せて挨拶をしてくる。
それに軽く頭を下げると、
「すぐにここから離れてください。問題が起きました」
「えっ? ここは教会ですよ」
「そうですが、問題が発覚した以上は我々の指示に従ってもらいます」
信心深い信者なのかもしれない。
だが、そんな事は今はどうでもいい。
村人は、不審な表情を見せたが俺の顔を見て息を飲み、すぐに周りにいた者たちに声を掛けて教会から離れて行った。
どうやらそうとう怖い表情をしているようだ。
まぁ、取り繕うつもりはない。
「失礼します。すぐに教会から出てください」
ナルガスたちが俺の後ろから前へ行き教会の中に入ると、中の人たちへ声を掛ける。
「何事ですか! ここは教会ですよ!」
白髪の聖職者が、ナルガスたちの行動を咎める。
だが、俺が教会に入ると少し顔が強張った。
それを視界に収めながら、周りにいる村人に外に出るよう指示を出す。
村人は戸惑いながらも、俺の様子を見てすぐに立ち上がると教会の外へと出ていった。
「ここは教会、冒険者ギルドの干渉は受けない場所だ! すぐにここから去れ! 命令だ!」
白髪の聖職者が俺の前に来て、命令口調で指示を出す。
術に掛かっている俺なら、それに従うんだろうな。
だが、俺の術は解けているし、記憶も徐々に戻っている。
だからこそ分かる。
今の言い方は、冒険者ギルドのギルドマスターに向ける言葉としてはおかしいと。
「何をしている? 命令をしているんだ。去れ!」
術が解けているとは考えもしない。
それだけ掛けた術に、自信があるという事なんだろう。
そうなると、あのソルというスライムの力はそうとうなのかもしれないな。
……ソルがいなければ、違うなアイビーたちがこの村に来てくれなければ、この村は終わっていたかもしれない。
「教会が、先にこの村に牙をむいたのだ。その代償は払ってもらう」
「えっ?」
白髪の聖職者の顔が驚きに変わる。
「記憶は戻っている。ここで俺が何をされたのかもな」
「……何を馬鹿な。ありえない」
「そうとう自信があるんだな。それだけの術を掛けたという事か? だが、思い出した。それが現実だ」
白髪の聖職者、そう言えばこいつの名前は何だった?
3年? いや、5年前に王都の教会から配属された司祭? いや、司教だったか?
こいつに術を掛けられたことは覚えているが、こいつが誰だったのか今も思い出せない。
まだ、記憶に穴があるんだろうな。
「全員、退去しました」
ナルガスが、俺にそう声を掛けると隣に立った。
「魔法陣は扱う事を禁止されている。それは知っているな?」
「……魔法陣など知らない」
「知らない?」
すっと視線を移し、一番奥の懺悔室を見る。
この教会には懺悔室が3つある。
2つは扉が開いているのに、一番奥の部屋だけ扉が閉まっている。
俺の視線に気付いた、白髪の聖職者がさっと顔色を悪くする。
記憶が戻ったと言ったのに、信じていないらしい。
だが、その思いがグラグラと揺れているのが分かる。
何故、俺が奥の懺悔室を見たのか、不安なんだろう。
視線もかなり彷徨っている。
「あの部屋だろう? 俺の洗脳をしたのは」
奥の懺悔室に向かう。
近付くと、白髪の聖職者とは違う青い髪の聖職者が扉の前に立ちふさがる。
「扉が閉まっている時は、中に人がいる時です。邪魔をする事は許されません」
目の前にいる聖職者の肩を掴むと、アーリーの方へ放り投げる。
「うわっ」
たたらを踏んだ青い髪の聖職者はアーリーに支えられたが、そのままぐっと体を押さえつけられた。
扉に手を掛ける。
ガチッ。
鍵のかかっている音がして扉は開かない。
「中の人が怯えます。すぐにここから出ていってくれ。今日の無礼はすぐに抗議させてもらう」
アーリーに押さえられた方ではない白髪の聖職者が、俺の肩に手を置き睨みつける。
まだ、なんとかなると考えているのだろう。
ムカついた。
なので、足で扉を思いっきり蹴りつけた。
「やめっ!」
バキッと言う音に扉が崩壊する。
そして、異様な光を発している、魔法陣が見えた。
「くそっ」
白髪の聖職者が体当たりをして、俺を前に押した。
魔法陣に気を取られていたため、そのまま前のめりになり魔法陣の中に入ってしまう。
「やれっ!」
「はい」
青い髪の聖職者が魔法陣に手を翳すと、魔法陣の光がより明るくなる。
「ギルマス! アーリー、奴をしっかり押さえろ!」
魔法陣から青い光の線が浮かび上がり、俺の体に纏わりつく。
そうだ、あの日もこの青い光の線が魔法陣から浮かびあがって今のように体に纏わりついたんだ。
その事に、言い知れない恐怖を感じた俺は、魔法陣の中で暴れ回った。
でも逃げられなくて、青い光の線がどんどん体の中に……。
そうだあの日、マトーリと奴が俺を魔法陣の中に押したんだ。
それにこの青い光の線は!
「ナルガス、離れろ!」