434話 甘えてます
「ところでこの魔石は、どのように使うんだ?」
団長さんの質問に、無言のお父さんと私。
使い方か……どう使うんだろう?
「悪い。魔石の使い方は不明だ。そもそも術を解く方法が分からないから、使い方の予測も出来ない」
「……そうだったな……」
団長さんが、少し考えこむような表情を見せた。
それをじっと見ていると、不意に視線が合う。
何を考えていたのか気になったのでじっと見ていると、団長さんが苦笑を浮かべた。
「アイビーは、いい目をしているな。昔の自分を思い出すよ」
いい目をしているとは、どういう意味だろう?
お父さんを見ると、少し自慢げな表情をしている。
それに首を傾げると、ポンと頭を撫でられた。
「団長にも、そんな時代があったのか?」
「当たり前だろう」
2人の会話を聞くが、やはり意味が分からない。
とりあえず2人が楽しそうなのでいいかな。
「本当はこれ以上巻き込みたくないんだが、既に手遅れのような気がするし。それに、知っておいた方がいいかもしれないからな。少し待っていてくれ」
団長さんが部屋から出て行く。
「さっきのは、どういう意味なの?」
やはり気になる。
「アイビーは人の目をまっすぐ見て、その人を知ろうとするだろう?」
そうかな?
……そうかもしれない。
でも、それがどうしたんだろう?
「団長や俺になると、知ろうとする前に疑ってしまったり。まぁ、色々考え過ぎて、まっすぐその人と向き合えないというか。経験や情報が邪魔をするんだよ。だからアイビーの、まずはその人の事を知っていこうとする姿勢が眩しく感じるんだ」
なるほど。
でも、立場があるから仕方ない部分も多いと思うけどな。
私は、この両手で抱きしめられる人だけを守れればいい。
団長さんやお父さんのように守るものが多くない。
だから、少し無謀な事も出来てしまえるのだと思う。
それに、ちらりとお父さんを見る。
お父さんが守ってくれると信じているから、安心している部分もある。
「私は、お父さんに甘えているんだと思う」
「えっ? 俺に甘えてる? そうか? そんな風には感じないけどな」
「ううん、すごく甘えてる」
首を横に振って否定して、もう一度甘えていることを伝える。
それにお父さんが嬉しそうな表情をした。
「ん? 何かあったのか?」
何かを取りに行っていた団長さんが、部屋に入ってくるなり不思議そうな表情で私とお父さんを見る。
「親子の関係を深めていたんだ」
お父さんの言葉に、団長さんがふっと笑みを見せた。
「いいな。俺の子供たちは自立してしまって、なかなか時間が取れないんだ。久々に会っても、昔のように甘えてくれないしな」
団長さんは少し寂しそうに言いながら、机の上に数枚の紙を置く。
見ると、魔法陣が描かれていた。
「この1番の魔法陣を床に、こっちの2番の魔法陣を天井にそれぞれ描くんだ」
紙には番号が振ってあり、その中の1番と2番を団長さんが指す。
「床と天井に描く魔法陣は絵柄が違うんだな」
「これは大昔の文字だそうだ」
文字?
紙に描かれている団長さんが指した文字を見る。
今は使われていないのか、見てもまったく読めない。
文字だけでは無く、動物の絵も結構あるな。
ヘビに、角がある2足歩行の……何だろう?
ん~、よく分からない動物が多いな。
「その動物に見える物も文字なんだ」
「えっ! これもですか?」
どう見ても、動物の絵なのに。
昔の人はすごい文字を使っていたんだな。
「術の解き方だが、術に掛かった者たちを床に描いた魔法陣の中心に立たせて、魔法陣を発動させる。この魔法陣には核の傷を癒す力があると言われている」
「言われている? 試した事が無いのか?」
お父さんと私が、団長さんを少し疑わしそうに見る。
それに慌てて首を横に振る団長さん。
「少人数ではしっかり検証されているし、その結果も出ている。だから、核の傷を癒す力がある事は実証されている。だが、今回はとにかく人数が多い。不測の事態もあり得ると思っている」
確かに人数が多いよね。
冒険者たちに自警団員たち。
そのほとんどが術に掛かっているのだから。
団長さんが持っている魔石に視線をやる。
あれの使い方は、やはりソルに訊くのが一番だよね。
「ソル、魔石は魔法陣の中に置くの?」
「……」
違うのか。
術に掛かっている人に持ってもらう?
何か違うような気がするな。
後は、術を解くために集まった人たちなんだけど。
「術を発動させる人が持つの?」
「ぺふっ」
「団長さん、使い方は術を発動させる人が持つようです」
私とソルのやり取りを見ていた団長さんが頷く。
「分かった。ありがとう」
団長さんが魔石を見る。
そして、お父さんと私を見た。
「済まない。巻き込んでしまって」
団長さんの言葉にお父さんと同時に首を横に振る。
「俺たちも術に掛かっていたから、何とかしようと動くのは当然だ」
「そうですよ」
私たちの言葉に苦笑を浮かべる団長さん。
「だが、君たちはこの村にたまたま来た旅人だ。冒険者の場合なら、手を貸してもらう事は当然となるが、2人は冒険者ではなく、旅人だ」
確かに、私は元々、冒険者ギルドには登録していないし。
お父さんは、残すと面倒ごとに巻き込まれると登録を抹消した。
だから、2人とも旅人という事になる。
つまり村の問題に関わる必要はないし義務もない。
「自分たちの気持ちが楽な方を選んだだけですよ」
私の言葉に団長さんが首を傾げる。
「関わらないようにする事は簡単でした。でも、気になって仕方なかったと思うんです」
術が解けた時に、この村から出て行く事は出来た。
森には洗脳されたシャーミがいたけど、おそらくシエルが本気になれば蹴散らすことは出来たはず。
でも、私とお父さんはこの村に残る事を選んだ。
それはきっと、何もせずにいたら気になって仕方ないから。
もし噂でこの村の人たちが死んだと知ったら?
私はきっと後悔して苦しかったと思う。
「あとで悔やまないように、勝手に動いているだけですよ」
「だが」
渋い表情の団長さん。
私は本当にいい人と出会える運命にあるよね。
「団長さんたちこそ、この問題が解決したら、もしくは王都から人がきたら大変ですよ。私たちの事を隠し通さないと駄目なんだから」
あんな契約を交わすんだもん。
驚いた。
「それは大丈夫だ。既にこの村から誰にもバレずに出て行く方法は考えてある」
えっ? もう考えてくれているの?
お父さんも、それには驚いた表情を見せた。
「早くないか?」
「助けがいつ村に来るか分からないからな。さて、準備をしてくるよ。あと少しで魔法陣は完成するから」
「何処に魔法陣を用意しているんだ?」
「1階に少し小さい部屋がある。そこを利用している。……見るか?」
団長さんが少し迷った後に、訊いてくれる。
「いいのか? 本当は駄目なんじゃないのか?」
「ここまで関わっていて、今更隠すのは間違っている気がしてな」
と言っているけど、戸惑っている様子が分かる。
「あ~、アイビーどうする? 見せてもらおうか?」
今までしっかりと魔法陣を見たのは1回。
サーペントさんを意のままに操ろうとした、魔法陣だ。
今回の洞窟で見た魔法陣は、見えた部分が本当に一部分だったから少し残念に思っていたんだよね。
「見ておこうかな」
興味がある。
それにどうも私は、面倒ごとに巻き込まれやすいみたいだから。
また、魔法陣の問題に関わってしまう事もあるかもしれない。
すごく、遠慮したいけど!
今までの事を考えると、知識はなるべくあった方がいいと思う。
「そうか。じゃ、行こうか」
団長さんが部屋を出るので、後をついて出る。
1階は少し前の喧騒を忘れたかのように、とても静かになっていた。
本日より、更新再開いたします。
ご心配おかけして、申し訳ありません。
頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします。