431話 限界
「帰って来たな。……様子がおかしいな」
洞窟内を調べに行っていたお父さんたちが、こちらに向かってくる姿が見えた。
その姿にほっとするが、ジャッギさんが言うようにどこか皆の様子がおかしい。
不安な気持ちをぐっと抑えて、戻ってくるのを待つ。
「お帰りなさい」
帰ってきたお父さんたちに声を掛ける。
「ただいま。少し休憩しようか」
「あぁ、そうだな」
お父さんの言葉に、ナルガスさんが頷く。
あれ? 言葉が……よく見ると、ナルガスさんの顔が強張っているのが分かった。
ジャッギさんが、ナルガスさんたちに座るように促す。
「悪いな」
「大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
ジャッギさんがナルガスさんたちを心配そうに見る。
アーリーさんが「大丈夫」と答えるが、いつものような張りがない。
全員が座ったところで、マジックバッグから人数分のコップと温かいお茶を出す。
朝、ギルマスさんに調理場を借りて作らせてもらった物だ。
「お茶、どうぞ」
これで少しは、落ちつくといいけれど。
「アイビー、ありがとう」
ピアルさんがお茶のコップを少し持ち上げて、お礼を言ってくれる。
それに笑みを返すと、ピアルさんが安堵の表情を見せた。
「ほっとするな」
「あぁ」
ナルガスさんとアーリーさんの表情が、少し穏やかになる。
それを見て、少しほっとした。
「ありがとう」
お父さんの隣に座ると、お礼を言われた。
それに首を横に振って答える。
出来る事で協力するのは当たり前の事。
「訊いていいか?」
ジャッギさんがナルガスさんたちを見る。
「ゴミの奥、洞窟の最奥だな。そこに正確には分からなかったが10人以上の遺体があった」
遺体。
「その中の1人が、見た事のある指輪をしていたんだ。……副団長だと思う」
険しい表情でナルガスさんが洞窟内の事を話す。
副団長さんは確か、行方不明になっていた人だよね。
亡くなっていたのか……。
「それと、聖職者の服を着ている者が1人いた。おそらく教会の者だろう」
教会。
昔の記憶が頭をかすめる。
父と母の事は既に整理がついているが、教会でスキルが判明した時に向けられたあの人の視線。
顔などはもう思い出せないのに、なぜか視線だけは今もはっきりと思い出せる。
あの視線を受けた時、恐怖で全身が震えた。
今思えば、どうしてあれほどの憎しみをぶつけられたのか……。
「アイビー? 大丈夫か?」
「えっ……大丈夫」
「本当に? 随分と暗い表情をしてたぞ」
昔の怖い記憶を思い出して、表情が暗くなっていたみたい。
1回深呼吸して気持ちを落ち着ける。
大丈夫、今は昔とは違う。
「少し昔の事を思い出して。でも、大丈夫」
ここには、全てを知っても一緒にいてくれるお父さんがいる。
シエルもいるし、バッグの中で寝ているけどソラたち皆もいる。
「その聖職者が誰か分かるか?」
「いや、教会から行方不明の者がいるという連絡はきていない」
ジャッギさんとピアルさんが首を傾げる。
「おかしいな。術に掛かってはいないんだよな?」
ナルガスさんも不思議そうな表情を見せたが、何がおかしいのか分からず首を傾げる。
「術に掛かっているなら連絡がないのは分かるが、教会の者たちは術に掛かっていない。普通、仲間が行方不明になったら探すために自警団にでも連絡するだろう?」
あっ、そうだった。
冒険者と自警団員以外に術に掛かっている人は、まだ見つかっていなかったんだよね。
確かに、術に掛かっていなかったのに連絡しないのはおかしい。
でも、教会の人たちって皆、仲が良いものなの?
「教会で働く人たちは、仲がいい人たちばかりなんですか?」
「どういうことだ?」
私の質問に首を傾げるお父さん。
「いえ、仲が悪い人だったからいなくなっても放置したとか、何か問題があって逃げ出したと考えたとか……」
教会の人とはいえ人間。
問題を抱えて逃げ出す事だってあると思う。
「それは、無いだろうな。教会の連中は異常なほど仲間意識が強い。不気味なほどにな」
お父さんの言葉に驚いて、その顔を見つめる。
その視線に気付いたのか、肩を竦めるお父さん。
「まぁ、色々とあるからな」
教会と何かあったのかな?
そう言えば、冒険者の人たちって教会の人と少し距離を置く人が多いよね。
村や町の人たちは、すぐに教会を頼るのに。
どうしてなんだろう?
「ドルイドさんはどう思いますか?」
ナルガスさんの声に、お父さんと私は彼に視線を向ける。
「悪い。聞いてなかった。何?」
私と話していたからだよね。
悪い事をしてしまった。
「洞窟内で見つかった者たちをもう少し調べるべきかと思いまして」
「そうだな。村に戻って行方不明者を調べてからでもいいんじゃないか? とりあえず身元確認だろう」
お父さんの答えに、ナルガスさんたちが頷く。
「分かりました。では、村に戻りましょうか」
ナルガスさんの返事が合図になったのか、後片付けを始める。
「コップは洗っておいたから」
ピアルさんが綺麗に洗ったコップを私の前においてくれる。
「ありがとうございます」
コップをマジックバッグにしまって、座っていた場所から立ち上がる。
シエルが動くと、近くの木の上でこちらの様子を窺っていたシャーミの警戒心が強くなったのを肌で感じる。
「そうとうシエルの事が怖いみたいだね。可愛いのにね」
「にゃうん」
喉元を撫でると「ぐるぐる」と鳴くシエル。
本当に可愛いとついつい笑みがこぼれてしまう。
村に戻ると、門番さん達の顔ぶれが全員変わっていた。
普通に考えてありえない事なので、驚きながら門をくぐる。
「お疲れ様です。何かあったのですか?」
ナルガスさんが今の門番さんに事情を訊くと、訊かれた門番さんたちが少し戸惑った表情を見せた。
「なんだ?」
「それが、今から1時間ぐらい前なんですが、門番をしていた1人がいきなり暴れだしまして」
暴れだした?
もしかして術の限界が来たのかな?
あれ?
術を掛けられた方は、限界がきたら廃人みたいになるんだよね?
自我を失って暴れるのは術を掛けた方じゃなかったっけ?
「それで?」
お父さんが門番さんに近付く。
その雰囲気に、尻込みした門番さん。
「何とか抑え込みに成功して、ギルマスの指示で隔離されました。その後、一緒に仕事をしていた者たちが倒れてしまい、彼らは医務室の方に運ばれてます」
「分かった。ありがとう」
お父さんやナルガスさんたちの雰囲気に少し震えていた門番さんたちは、お礼を言われた瞬間に安堵の表情を見せた。
「行こうか」
アーリーさんが歩き出すと、その後を追いかけるように移動する。
何処へ向かっているのだろう?
団長さんの所ではないようで、道が違う。
「どこへ行くんだ?」
お父さんの言葉に、はっとした表情をしたアーリーさん。
少しバツの悪そうな顔をすると、「すみません」と小さく謝罪した。
意味が分からず首を傾げる。
「さすがにアイビーを、おかしくなった者に近付けたくないんだが」
「はい。えっと……」
アーリーさんたちは、門番さんたちの所へ行こうとしてたのか。
「気になるなら行っていいぞ。団長への報告は俺がしておく」
「ドルイドさん、すみません。アーリーとジャッギで、門番たちの所へ。俺たちが報告しておくから」
ナルガスさんが、アーリーさんとジャッギさんに指示を出す。
2人は頷くと、お父さんに小さく頭を下げて足早に門番さんたちがいるだろう場所へ向かった。
「アーリーとジャッギは子供の頃に、門番の1人に助けられた事があるんです。だから心配なんだと思います」
団長さん宅へ向かいながら、ナルガスさんが事情を話してくれる。
それで焦っていたのか。
「そうか。助かるといいが」
「……そうですね」