430話 警戒の理由
「王都の仕事はギルマスの指示だったんだ。ある人の護衛と、情報を聞き出す事。その報告だったんだが、隣にマトーリがいるし。その時は奥さんだと認識してたけど。で、重要な報告だから奥さんを外に出してほしいと言っても、ギルマスは耳を貸さないし。奥さんも出て行こうとしない。2人の様子があきらかにおかしいと思って、ギルマスの執務室を出てすぐに団長の所へ行ったんだ」
依頼の報告を奥さんとはいえ、関係ない人に聞かせるわけにはいかないもんね。
ナルガスさんたちがおかしいと感じるのは当たり前だ。
でも、おかしいな。
どうして、マトーリさんは離れなかったんだろう。
報告を聞くだけなら10分から20分ぐらいだろう。
それぐらいだったら離れても……もしかして離れられない理由があった?
でも、ナルガスさんたちが帰ってくることが分かっていたら、対処ぐらいするよね。
どうしておかしいと思われる行動を?
「王都の仕事は予定通りだったのか?」
お父さんの質問にジャッギさんが苦笑する。
「いや、あの任務は当初1年はかかる予定だったんですが、ちょっと色々ありまして3ヶ月で終了しました」
1年かかる予定が3ヶ月?
あっ、予定にない帰りだったから対処が出来なかったのか。
「なるほど、だからギルマスがおかしいと気付けたんだな」
マトーリさんにとっては最悪な、ギルマスさんにとってはどうなんだろう。
それにしても、すごく気の長い作戦だよね。
3年前にギルマスさんに近付いたマトーリさん。
その頃には既に、作戦を始めていたって事だよね。
こんなに時間を掛けた理由って何だろう?
村から利益を得るため?
村を乗っ取るため?
確かに成功しそうだけど、魔法陣を使った以上、いずれ崩壊する。
それは使っている側も同じ。
使い続ければ、いずれ自分が壊れる事になる。
魔法陣の危険性を知らなかった?
さすがにそれは無いか。
魔法陣を色々使い分けているみたいだし、詳しい人がいるはず。
危険だと知っていても、手を出した。
危険を冒しても、マトーリさんには必要だった。
不意に目の前に手が伸びてきたのが分かり、ギュッと目を閉じる。
「すごい眉間に皺。今からそれだと跡がつくぞ」
お父さんが、私の眉間をとんと叩く。
とっさに眉間を手で隠すと、お父さんを見る。
「可愛いのに勿体ない」
……いきなり言われると恥ずかしい。
ちょっと視線を外して、眉間を揉む。
まだ、大丈夫だと思う。
「洞窟から出てきているな」
ジャッギさんが立ち止まると、周辺を見渡す。
ナルガスさんたちも少し緊張した面持ちで周りを確認している。
「あっ。シャーミ?」
視線の先の木の上に、洞窟で見かけたシャーミがいた。
姿が確認できたのは5匹。
だが、昨日と何かが違う。
「気配は薄いが感じられるな」
「あぁ」
アーリーさんとピアルさんが、シャーミを見ながら少し安心した表情をした。
確かに、初めて感じる気配がある。
これがシャーミの気配なのかな?
「気配を読めるといいよな。俺はそれが全くだからな」
「ドルイドさんは、気配が読めないんですか?」
お父さんのつぶやきにナルガスさんが驚いた表情をする。
それに苦笑を浮かべて頷くお父さん。
「顔つきが違うな」
ジャッギさんが、シャーミをじっと見つめる。
確かに、洞窟の中で威嚇された顔より、随分と穏やかな顔になっている。
魔法陣の術が解けて、元に戻ったのかな?
「本来のシャーミは、こんな感じなのか?」
お父さんの質問にナルガスさんたちが首を横に振る。
「昔から村の人と仲が良くて、こんなに警戒されることは無かったんですが」
ナルガスさんが少し戸惑った様子で、そっとシャーミに向かって手を伸ばす。
距離があるため実際に触れることは無いが、ナルガスさんが手を伸ばすとシャーミたちは口をグワッと開けて威嚇した。
「……なんか、衝撃かも……」
威嚇されたナルガスさんが、少し項垂れる。
村の人たちも姿を見えないと残念がっていた。
それだけシャーミと村とは繋がりがあるんだろうな。
「洞窟を調べに行くぞ。大丈夫か?」
ジャッギさんがナルガスさんに声を掛ける。
「大丈夫だ。行こう」
周りにいるシャーミたちを警戒をしながら、洞窟を目指す。
「かなり外に出て来ているみたいだな」
木々の間から見えるシャーミの姿。
お父さんが言う通り、相当数のシャーミが洞窟の外にいるようだ。
「洞窟の中が調べやすそうだ」
ピアルさんが少し嬉しそうにシャーミを見る。
以前のような態度とは違うが、それでも姿を見られて嬉しそうだ。
本当にシャーミという動物が好きなんだな。
「それにしては警戒し過ぎじゃないか?」
ジャッギさんが首を傾げる。
「術を掛けたのが村の奴らだと気付いているとか?」
「分からないが、寂しいな」
ピアルさんの言葉にジャッギさんが残念そうに言う。
もし気付いているとしたら、今までのような関係は築けないかもしれないな。
洞窟が見えたので一度立ち止まる。
洞窟の前には数匹のシャーミの姿がある。
「少し様子を見てから、洞窟内を調べに行こう」
木の上にシャーミがいて、姿を隠す意味がないので、そのまま洞窟の様子を見る。
立ち止まった私にシエルがぐるっと体をこすり付ける。
見ると目を細めて、小さく喉を鳴らしている。
あっ!
「シャーミが警戒しているのは、シエルじゃないですか?」
どうして、そんな当たり前のことに気付かなかったんだろう。
ずっと私たちと一緒に歩いていたんだから、シャーミたちにもシエルの姿が見えている。
「「「あっ」」」
ナルガスさんたちはシエルを見て、固まる。
私と同様に、気付いていなかったようだ。
「あまりにも普通に過ごしているから、上位魔物で恐れられていることを忘れていたな。シャーミは昨日、シエルに威嚇されているし。あれは怖がっているのか」
アーリーさんの言葉に、シャーミたちを見る。
怖がっているとわかれば、確かに警戒してシエルを見ている事に気付く。
ちょっと可哀そうな事になってしまったな。
「早く仕事を終わらせて、洞窟から離れた方がいいだろう」
「そうだな。ナルガス、準備は?」
「大丈夫。ドルイドさんはどうしますか? アイビーはここで待機していて欲しい。中に何があるか分からないから」
ナルガスさんの言葉に頷く。
「分かりました。気を付けてください」
「ジャッギ、頼むぞ」
私と一緒に待機するのはジャッギさんかな。
私だけで大丈夫と言えないのがつらい。
やっぱり村で待っていた方がよかったかな?
「にゃうん?」
「シエルは一緒に行きますか?」
私がナルガスさんに訊くと首を横に振られた。
「シャーミの様子を見る限り、術は解けているようだし、アイビーと待機していて欲しいかな」
「にゃうん」
「俺はナルガスたちと一緒に行こうと思うが、いいか?」
お父さんの質問にナルガスさんが頷く。
「色々知っているドルイドさんがいてくれた方が助かります」
ナルガスさんを先頭に洞窟に向かって歩き出す。
洞窟前にいるシャーミが、警戒のためか立ち上がってこちらを見ているのが分かる。
「シエル、ここで大人しく待っていようね」
これ以上シャーミを警戒させるのは可哀そうだから、じっとしてよう。
「にゃうん」
「そう言えば、ソルたちは? 今日は一緒じゃないのか?」
ジャッギさんが不思議そうに私を見る。
「バッグの中で寝ています。昨日頑張ってくれたから、疲れたんだと思います」
「そうか。かなり無理させたからな」
「そんな事ないですよ。本当に楽しそうだったので」
「そう思ってくれていると、嬉しいが。無理をさせたのは本当だからな」
昨日の2匹の様子を見る限り、無理をしたとは思っていないだろうな。
かなり機嫌がよかったからね。