428話 増えていく……
「何を考えてたんだ?」
お父さんが、ポンと私の頭を撫でる。
視線を向けると、その目は真剣で少し緊張する。
自分の中でもまだよく分かっていない事だから、話していいのかどうか。
でも、お父さんとギルマスさんだったら何か答えを導きだしてくれるかもしれない。
「ジナルさんが言った事を覚えてる?」
私の質問に首を傾げるお父さん。
「ギルマスさんの事なんだけど」
「俺?」
「ギルマスさんがおかしいって、『まるで人が変わったようだ』と言ってたんです」
「……あぁ、そう言えば言っていたな」
お父さんは思い出したようで、頷いてくれた。
目の前に座っているギルマスさんは、少し情けない表情をした。
「バレるという事は、違和感を与える行動をとっていたって事だよね? 術に掛かっているのに、どうしてそういう行動が出来たのかなって。あれ? そもそもジナルさんたちも何故そう感じられたんだろう?」
「「ん?」」
ジナルさんたちも、あの時は既に術に掛かっていたはずだよね?
なのにどうして違和感を覚える事が出来たんだろう?
まだ、術に掛かっていなかった?
その可能性はあるのかな?
あの時のジナルさんたちは、違和感について調べていたし……。
いや、術には掛かっていたはずだ。
そうでなければ、冒険者たちの態度がおかしい事にまず気付くはず。
「どうした?」
「ジナルさんたちはどうして術に掛かっていたのに、違和感を覚える事が出来たのかなって今気付いて」
「そう言えばそうだな。術に掛かっていたなら他の者たち同様に、気付けないはずだ」
「それともう1つ思い出したんだけど、ナルガスさんたちが1年半前にギルマスさんがおかしいって団長に話をしたと言ってたよね? どうして他の人は気付かなかったのにナルガスさんたちは気付いたの? それとも他の人たちも気付いていたけど言わなかったとか?」
「「…………」」
「もう1つおかしいのは団長さんを毒殺しようとしたこと。他の人は術を掛けたのにどうして団長さんは毒殺しようとしたのか。団長さんだけ別件とか?」
「いや、それは無いだろう。アッパスを毒殺しようとしたのは、その地位が欲しかったからじゃないか?」
ギルマスさんの言葉になるほどと思う。
「それだと少しおかしくないか? なぜ最後まで実行しなかった?」
「メリサが気付いたからだろう」
メリサさんとエッチェーさんが守ったという事か。
「彼女たち2人に術を掛けるぐらいの事は出来るでしょう。この村の冒険者や自警団に術を掛けたんだから」
「……そうだな。だったら別の理由があるという事か……思いつかないな」
お父さんとギルマスさんが黙りこむ。
あ~、問題が増えていく。
どんどん答えから、遠ざかっているような気がする。
落ちつこう。
えっと、とりあえず一番知りたい事は何だろう?
ギルマスさんと団長さんが、どうして他の人と違うのかって事かな。
そのまま訊いてみよう。
「あの団長さんとギルマスさんの二人と他の人の違いは何ですか?」
「1つ挙げるとしたら魔力量かな」
「魔力量ですか?」
「俺とアッパスは他の人より少し魔力量が多いんだ」
「そうなのか?」
ギルマスさんの答えにお父さんが少し考える仕草をした。
「あぁ。だがこれに意味があるのか?」
「魔力量が多いと、魔法陣の術に掛かりにくいとかありますか?」
それだと2人だけ違った理由にはなると思うけど。
「魔法陣による術の発動に魔力量は関係ないから、どうだろう? ん~、無いんじゃないか?」
そう言えば、そう教えてもらっていたな。
その事を聞いて一瞬、私でも攻撃魔法が使えるようになるのではと期待しちゃったもんね。
2人を一緒に考えていると、答えは出ないかな。
今度は別々に考えてみよう。
えっと、ギルマスさんだけなら、なぜ第三者におかしいと気付かれたのか。
ギルマスさんだけ……ギルマスさんだけ?
もしかして。
「ギルマスさんだけ、他の人とは違う術が掛けられたとは、考えられませんか?」
だから1人だけ他の人とは違う反応になった。
「俺だけ違う? それは……あるかもしれないな」
ギルマスさんだけ術が違うなら、その理由は……ありすぎるか……。
ギルマスさんを利用したら、なんだって出来てしまうもんね。
利用するなら一番簡単な方法は、ギルマスさんを支配下に置く事だよね。
そうすれば、やりたい放題になる。
もし術で支配下に置いたと考えて……当分の間は1人にはしないよね。
ちゃんと支配下に置けているのか、見たいだろうし。
ん?
ギルマスさんが覚えていない奥さん、確か冒険者ギルドに一緒に来ていたって……。
まさか見張り役?
えっ奥さんと紹介されたのは2年半前だってナルガスさんたちが言っていたよね。
あれ? おかしいな。
ジナルさんが見た2年前はまだおかしくなかったんだから、その前から術に掛かっていたとは考えられない。
本当に?
本当に考えられないかな?
例えば、徐々に支配を強めていくとか……。
「あの、魔法陣による術って強いモノだけなんですか?」
「強いモノ?」
「例えば、何度も何度も術を掛けないと魔法が発動しないとか……少しずつこう従わせていくとか」
「どういう事だ?」
「強い術で一気に従わせたら、さすがに周りは少し違和感を覚えると思うんです」
「確かに、そうなるだろうな」
ギルマスさんが少し顔色を悪くする。
何が言いたいのか気付いたようだ。
「だから、周りに気付かれないようにギルマスさんにゆっくりと術を掛けたとは考えられませんか?」
「洗脳か?」
お父さんの言葉に首を横に振る。
「そこまでは分からないけど……その可能性は否定できないと思う」
「俺が利用されていたという事だな」
ギルマスさんが苦々しい表情をする。
「まだ、そう決まったわけでは無いですが」
「だが、俺が敵の手先になれば、冒険者や自警団たちに術を掛けるのは簡単だ。俺の部屋に呼びつけて俺が掛ければいいんだから」
「ギルマス、待て。術に掛かった者が術を掛けられるのか?」
「それは、分からない。だが俺が、敵の手先になっていれば冒険者も自警団員も術を掛ける事が簡単に出来るはずだ」
そう、とても簡単に出来てしまうよね。
ギルマスさんの指示を、拒否する冒険者も自警団員も少ないから。
これを利用して、術を掛ける場所に順番に送り込むことも簡単にできる
最悪な想像だけど、可能性はある。
「はぁ~、俺は何をしたんだ?」
「まだ決まったわけじゃないですよ」
ギルマスさんの言葉に慌てる。
まだ、そうだったと決まったわけでは無い。
「間違いないと思うぞ」
「ギルマスさん?」
「不思議なんだが、洗脳という言葉を聞いて1人の女の顔が浮かんだ。もしかすると……」
「奥さんか?」
「認めたくないが」
ギルマスさんがいやいや頷く。
「思い出したのか?」
「いや、顔だけだ。だが、すごい嫌悪感を感じる」
つまり奥さん役の人は敵という事か。
「つっ……」
ギルマスさんが、こめかみを押えて小さく呻く。
少し耐えるような表情をしたが、痛みが増したのか両手で頭を押さえた。
「大丈夫か?」
「ぷっぷぷ~」
ぴょん……ぽふん。
「「………………」」
何処から飛んできたのか、いきなりギルマスさんの首から上がソラに包み込まれる。
さすがに驚いて、全員が固まってしまう。
ギルマスさんもソラの中で目を瞬かせている。
「あとで、ソラの中から見た世界を教えてもらおうか」
「そうだね。うん」