426話 あり過ぎ……
マーシャさんの孫の名前はどうしても思い出せないようで、全員が首を捻っている。
「顔はどうだ?」
団長さんがギルマスさんやナルガスさんたちに問うが、全員が首を横に振る。
私とお父さんはそもそも知らないので、様子を見るしかない。
それにしても孫を全員が忘れているというのは気になる。
「何かありそうだな」
「私もそう思う。何か変だよね?」
孫の事を知られたくない誰かがいるのかな?
それとも孫が、今回の事に関わっているとか?
「分からないことを考えていても仕方ない、明日ギルドに行って調べるよ。誰かは覚えているだろう」
「ウリーガ、気を付けろよ。術から解放された者がいる事は明日には絶対に敵にバレる。もし孫が敵の一味だったら、何か仕掛けてくる可能性がある」
団長さんの言葉にギルマスさんが頷く。
「分かっている。注意はするが、調べない事には何も進まないしな。だから1人で行動するのは控えるよ。ジナルたちの誰かと一緒に行動する」
「そうしてくれ」
ギルマスさんの言葉に、団長さんが安心したように笑う。
「あ~。ドルイドたちは夕飯どうするんだ? 俺は1人だからいつも屋台なんだが」
夕飯か、どうしようかな?
あれ? 1人?
ギルマスさんは確か結婚しているという話だったよね?
……そうだ、間違いない。
仲のいい奥さんがいるって聞いた。
「ギルマスさん、奥さんはどうしたんですか?」
「あっ、そう言えば」
お父さんも忘れていたようで、私の言葉にハッとした表情をした。
「はっ? 奥さん?」
私の質問に不思議そうな表情をするギルマスさん。
「なんだ、再婚したのか? 知らなかったな」
あれ? 再婚?
「アイビー、何の話だ? 俺は結婚はしたが、彼女は15年ほど前に病気で死んでいる。それからずっと独り暮らしなんだが」
「本当に?」
ギルマスさんの言葉に、険しい表情をしたお父さんが訊く。
「俺が知っている限りでは、こいつの奥さんは15年前に病死している。それからは一人身だ」
ギルマスさんが団長さんの言葉に頷くと「誰から聞いたんだ?」と不思議そうな表情をする。
「ジナルさんたちから聞いたんです。2年ぐらい前からギルマスさんがおかしくなったという話をした時に、借金があったり、大切な人が亡くなったりしてませんかと確認したんです。その時に、仲のいい奥さんがいると言っていました」
どういうことだろう?
「あの、本当に奥さんはいないんですか?」
ナルガスさんがそっとギルマスさんに声を掛ける。
その声は、どこか不安そうな印象を受ける。
視線をナルガスさんたちに向けると、なぜか顔色が悪い。
「どうかしたのか?」
団長が訊くと、ナルガスさんたちは顔を見合わせて頷く。
「2年半ぐらい前だったかな、ギルマスから1人の女性を奥さんだと紹介されたんですが」
「俺も見ました。というか冒険者ギルドに一緒に来てたので、冒険者たちの多くが見てます」
ナルガスさんとアーリーさんの言葉にギルマスさんと団長さんが固まる。
ナルガスさんたちも、かなり戸惑った様子でギルマスさんたちを見ている。
「悪い。本当に、俺が紹介したのか?」
「はい。間違いないです」
ギルマスさんが確認すると、ピアルさんが頷いて答える。
「どうなっているんだ?」
ギルマスさんが頭を抱えてしまう。
「どんな女性だった?」
お父さんの質問に、ナルガスさんが少し考え込む。
ギルマスさんは顔を上げ、じっとナルガスさんを見つめる。
「肩ぐらいまでの髪で濃い青色をしてました。年は30歳ぐらいで随分若い奥さんだなって話したのを覚えてます。可愛らしい印象の人でしたよ。2年前はよく一緒にギルドに来てました」
ナルガスさんの説明を聞いてもギルマスさんは首を横に振った。
まったく覚えがないらしい。
「ジナルたちはどこにいるか知っているか? 彼らからも話を聞いた方がよさそうだ」
お父さんの言葉にアーリーさんとジャッギさんが、ジナルさんたちを探すために部屋から出ていく。
「ウリーガ。術から解放された後、家に戻ったよな?」
「あぁ、帰った」
団長さんの質問に、力なく答えるギルマスさん。
かなり衝撃を受けたようで、随分と顔色が悪くなっている。
「家の中に変化は無かったか? 女性用の何かが置いてあるとか」
「無かった。それは間違いない」
「そうか。奥さんと紹介されたが、生活は一緒では無かったという事か」
「俺の妻は、彼女だけだ。他にいらない!」
ギルマスさんが悔しさをにじませた声で、団長に断言する。
「分かっている。だが、覚えていないとはいえ、誰かを奥さんと紹介したんだ。家にいてもおかしくないだろう?」
「……そうだな。いなくて良かった」
ギルマスさんが少しほっとした声を出すが、その表情は強張っていて少し怖い。
「だが、誰なんだろうな? 青い髪の可愛らしい30代? 思い当たる人物はいるが、彼女たちは既婚者だしな」
団長さんが首を捻る。
「最悪だ。誰なんだよ」
悔しそうなギルマスさんの肩をポンと団長さんが叩く。
「なんなんだ? 何かあったのか?」
しばらくするとジナルさんが部屋に入ってきた。
「アーリーに、ここに行くように言われたんだが、何かあったのか?」
「ジナル、確かめたいことがあるんだ。いいか?」
お父さんがジナルさんに近くの椅子を勧めながら問う。
「あぁ、なんだ?」
ジナルさんは、椅子に座るとお父さんと向き合う。
「ギルマスには奥さんがいると言っていたよな?」
「あぁ、2年ぐらい前かな、この村に来た時にたまたまギルマスが奥さんを連れてきていたから、紹介してもらったんだ」
やはりギルマスさんから紹介されたようだ。
お父さんが、ギルマスさんにはその記憶がない事などを話すとジナルさんが唖然とした表情をした。
「いや、本当に? だが、俺は実際にギルマスに紹介されたぞ?」
「……悪いが、記憶にない」
ギルマスさんの声と表情を見たジナルさんが、少したじろぐ。
話が進むほどにギルマスさんの顔色が悪くなり、表情が怖くなっていく。
それにしても、ここに来てまた違う問題が出てきてしまった。
少しゆっくり整理したいな。
それにこれ以上の情報を詰め込んでも、こんがらがるだけだ。
「あの、今日はもう終わりにしませんか? いろいろな事があって混乱していると思うんです」
「そうだな。冷静になる時間も必要だろうしな」
私の言葉にお父さんが賛同してくれる。
ギルマスさんは何かを言おうとしたが、首を振って「そうだな」と言ってくれた。
彼も落ち着く時間が必要だとわかっているのだろう。
「ジナル、悪いな。来てもらったのに」
お父さんが椅子から立ち上がって帰る準備を始める。
「いや、大丈夫だ。他の仲間からも話を聞いておく。明日はどうするんだ?」
「朝はシャーミの洞窟へ行く予定になっているから、昼から集まれるなら集まろうか。団長、それで構わないか?」
「あぁ、午前中に調べられることは調べておく。ウリーガは動くな。今のお前はやばい。朝起きたらすぐにここに来い」
「大丈夫だ」
首を横に振るギルマスさん。
「駄目だ! ウリーガはここに来い。暴走されると迷惑だ」
静かに断言する団長さんを睨むギルマスさん。
しばらく睨みあっていたが、ギルマスさんが大きくため息を吐く。
「分かった。悪い、少し……」
「分かっている。ドルイド。悪いがこいつを朝、ここまで連れて来てくれ」
「了解。アイビー、出られるか?」
ソラたちをバッグに入れて、忘れ物が無いか確かめる。
大丈夫と頷くと、お父さんがギルマスさんの肩をポンと叩く。
「後でお邪魔するので、屋台で何か見繕ってください。アイビーがお腹を空かせているので、よろしくお願いしますね。3人分じゃ少ないですがあまり多すぎると余るので気を付けてください」
「はっ? あぁ、分かった」
「あと、アイビーはお菓子が好きですので、それも考えて買ってきてください」
お父さんの態度に少し唖然とする。
少し前に衝撃を受けた人に言う言葉だろうか?
戸惑っていると、ジナルさんが小さく笑うのが分かった。
視線が合うと、余計に笑われた。
「何かする事があると、気が紛れるからだろう。ギルマスにとってアイビーは恩人だしな」
恩人という言葉に、少し恥ずかしくなるがギルマスさんからも「恩人だ」と言われている。
だから、私を引き合いに出すのは分かるのだけど。
「アイビーは舌が肥えているので、美味しい物をお願いしますね」
何だろう、釈然としない。