423話 えっ? 終わり?
シャーミがいる洞窟から少し離れた場所で足を止めたナルガスさんが、ピアルさんを見る。
「シャーミが目覚めている可能性があるよな?」
「そうだな。調べるか?」
「そうしよう」
ピアルさんが、洞窟から隠れるように指示を出したので、ソルを抱きかかえて大木に身を隠す。
シエルを見ると、ぴょんと木の上に飛び乗ったのが見えた。
腕の中のソルがもぞもぞと動くので足元に置く。
「隠れてようね」
私の言葉に、視線を合わせてプルプル揺れるソルの頭をそっと撫でると洞窟を見る。
特に変化があるようには見えない。
ただ、洞窟の中までは見えないので、確かに調べる必要はありそう。
「少し見てきます。ここで待機していてください」
お父さんに向けてナルガスさんが言うと、ジャッギさんと一緒に洞窟へ向かった。
2人を見送りながら、周りの森を見渡す。
1時間ほど前と何も変わっていない森。
「ずっと寝ているのかな?」
シャーミの姿を思い出す。
4本ある足を体に巻き付けて、洞窟の壁に体を寄せてギュッと小さくなって寝ていた姿は、まるで何かから身を守っているように見えた。
元々そのような姿で寝ているのだろうけど、魔法陣の術に嵌っているとわかった今ではとても痛々しく感じてしまう。
「どうだろうな。もしそうならその状態のままで術から解放させてやりたいな」
「そうだね」
お父さんと小声で話しながら、隠れている大木からそっと洞窟を見る。
洞窟にたどり着いた、ナルガスさんとジャッギさんが洞窟内に入っていくのが見えた。
無言で待っていると、川の流れる音が聞こえた。
「あれ?」
目を閉じて耳を澄ませる。
川の流れる音、木々が風で揺れる音が聞こえるが、動物の鳴き声のようなモノがひとつも聞こえない。
森の中にいるのに、聞こえない事に首を傾げる。
「どうした?」
「森の中にいるのに、動物の鳴き声が聞こえてこなくて」
私の言葉にお父さんが、頷く。
「気付いてたの?」
「少し前にな。森全体が、どこかおかしくなっているのかもな」
神妙な表情で森を見るお父さん。
何だか嫌な感じがする。
「戻って来たぞ」
ピアルさんの言葉に、視線を洞窟の方へと向けるとナルガスさんとジャッギさんの姿が確認できた。
「シャーミは寝ていて動きは無かった。他の動物や魔物の気配もなかったから大丈夫だろう。アイビー、行こうか?」
「はい」
足元にいたソルを抱き上げる。
腕の中でプルプルするソル。
「ソル、お願いね」
「ぺふっ」
小声で話す私たちに合わせたように、小さな声で返事をするソル。
私とソルを守るように周りを囲まれながら、洞窟までゆっくりと進む。
洞窟前でソルを地面に下ろすと、いつの間にか木から降りていたシエルがすっと私の隣から顔を出した。
それに少し体がびくついてしまう。
音をさせずに移動するから、心臓に悪い。
「アイビー」
「はい」
アーリーさんが、私の傍に来てソルを見る。
「ソルが何をするか分かるかな?」
「……食事?」
「あ~、どういう風に?」
あっ、そうか。
「ゴミの場合は、魔力を浮かばせてバクバクと食べてました」
私が説明すると、アーリーさんだけではなく、前にいたピアルさんも振り返ってソルを見た。
「バクバク、食べた?」
「はい。ソルの触手が空中に浮かんだ魔力をがしっと掴んで、口にもっていってバクバクと」
「触手?」
あれ?
見た事なかったかな?
そう言えば、無かったかも。
「ソルは手のように動かせる触手が出せるんです。結構可愛いですよ」
「いや、可愛くはないぞ」
私の言葉を静かに否定するお父さん。
そうかな?
可愛いと思うのだけど。
「どうしたんですか?」
ピアルさんが私の傍にいたソルを持ち上げて、色々な角度から眺めている。
「……いや、悪い。実はスライムではないのかと思ったんだが、スライムだったな」
「当たり前じゃないですか。フレムから産まれたんだから……多分」
ソルが産まれてから、フレムの黒いシミは完全に消えた。
なので間違いなく、フレムから産まれたはず。
スライムから産まれたのだからスライムだろう。
それは、間違いないはずだ。
「はぁ~」
「どうしたんですか? アーリーさん?」
「うん、なんでもないよ。とりあえず、ソル、頼むな」
「ぺふっ」
ソルがピョンと洞窟に向かって飛び跳ねる。
その後をそっと追いかけるが、ドキドキする。
シャーミが気付いたら、ソルを攻撃するかもしれない。
その時は、ソルを持って洞窟からとりあえず逃げよう。
「本当に寝っぱなしだな」
お父さんの言葉につられて、シャーミがいる場所に視線を向ける。
確かに先ほど見た時と同じように見える。
そのままソルの後を追って洞窟の奥へ進む。
少し薄暗くなったあたりでソルが止まると、ソルから触手が出てきた。
「本当に出てきた。すごいな」
確かにすごいけど……長い。
今まで見た事もないほどソルから出てくる触手が長い。
ソルから出た触手はゴミの山の上を右へ左へ。
ゴミに触れることなくゴミの少し上の空中を右へ左へ。
何往復かすると、触手はぴたりと止まる。
全員の視線がソルに向く。
ソルは特に気にすることなく、ぴょんとゴミの山に向かって飛び跳ねゴミの上に乗ってしまう。
魔法陣が発動しないかとドキドキするが、止める事はしない。
「ぺふっ、ぺふっ、ぺーふっ」
なんとも気の抜けた鳴き声が洞窟内に響く。
そっとシャーミを見るが、起きる気配はない。
それにほっとしてもう一度ソルを見る。
ソルがゴミの頂上辺りに近付くと、地面がぶわっと黒く光りだした。
「うわっ」
ゴミに近付いていたジャッギさんが、慌ててゴミから離れ壁に体をピタッとくっつける。
「触れないように気を付けろ。記憶を奪われるぞ」
お父さんの言葉に、ナルガスさんたちも黒い光に体が触れないように壁に寄る。
「ぺ~ふっ」
皆下を向いていたが、ソルのいつもより少し大きな鳴き声に反応して、視線をソルに向ける。
「あっ」
視線の先には、ソルの体がゴミを覆うように広がっていく姿。
そう言えば、ソラも元の大きさからは想像できないほど伸びてシエルを包み込んだ姿を思い出す。
ただ、ゴミの量は多く、黒く光っている場所を見ると、かなり大きな魔法陣だと分かる。
「大丈夫かな?」
「ソルの様子からは、心配なさそうだけどな」
確かに、なんとも楽しそうな鳴き声だった。
ワクワク感が伝わるような。
……心配するのは無駄かな?
「元の大きさが分からないほど、スライムって伸びるんだな」
隣にいるアーリーさんが、目の前の光景を見て呆然としている。
「ソルだからじゃないか?」
「レアだから?」
ナルガスさんの声と、ピアルさんの声が聞こえる。
そっと壁から体を離して、2人の様子を見る。
アーリーさんと同様、ソルの状態を見て呆然としていた。
「すごいな、この量のゴミを覆いつくしたぞ」
ジャッギさんの言葉にソルの様子を見ると、確かに大量のゴミを覆いつくしていた。
ソラ以上の伸びの良さだ。
「そう言えば、魔法陣の光がいつの間にか無くなってるな」
ナルガスさんの言葉に地面を見る。
確かに黒く光っていたのに、今は光っていない。
無効化が出来たのだろうか?
こんな短時間で?
「そうなんじゃないか? 魔法陣の色が変わった」
お父さんが指す方を見ると、ゴミから少し見えている魔法陣に変化が見られた。
魔法陣は黒い何かで描かれていたが、今は白くなっている。
「ぺふっ!」
ソルの鳴き声に、慌ててソルを探すとゴミの山の上にソルが真ん丸い姿でいた。
良かった、見た目はあまり変わっていないみたいだ。
丸いけど。
「げふっ」
やっぱりちょっと食べ過ぎだよね。
というか、もしかして終わったの?