421話 真ん丸
団長さん宅に着くと、帰って来るのが早かったためか驚いた表情の団長さんが出迎えてくれた。
「早すぎないか?」
「相談した方がいい問題が見つかったので、戻りました」
ナルガスさんの返答に、団長さんがため息を吐く。
「問題か、部屋で聞くよ。あっ、アイビー、ソラとソルをありがとうな。ソラたちに許可を貰って、最終的に2人追加させてもらったんだ」
「そうなんですか?」
「あぁ、勝手をして悪かった」
「いえ、お役に立ててよかったです。ソラたちはどこですか?」
私の質問に団長さんがちょっと困った表情を見せた。
それに首を傾げる。
「何か問題でもあったんですか?」
私の質問に団長さんが首を掻く。
それを見たお父さんの目がすっと細くなる。
「ドルイド、大丈夫だ。問題はない。ただな、ちょっと」
「はっきり言ってほしい。何があったんですか?」
お父さんのちょっとイラついた声が廊下に響く。
その声に団長さんが苦笑を浮かべると、1階にある少し広い部屋に通される。
「まぁ、見たら分かるから」
部屋に入ると、すぐにソファの上で遊んでいたソラを見つけた。
「へっ?」
「あっ」
ソラを見た瞬間、私とお父さんの少し驚いた声が口から漏れた。
後ろから部屋に入ってきた、ナルガスさんたちも同じような反応をしている。
なるほど、確かに説明されるより見たらすぐに分かるね。
それにしても、見事に丸い。
「ソラ……一杯食べたんだね」
ソファの上には、真ん丸な姿になったソラ。
「ぷっぷぷ~」
元気な声に、体調に問題はないという事は分かる。
それにほっとすると、少し離れた1人掛けのソファの上で熟睡しているソルを見つけた。
こちらも見事な丸さになっている。
「悪い。ずっと見た目も変わらなかったから大丈夫だと思ったんだ。あと2人は大丈夫かと聞いた時も、大丈夫と答えてくれたしな。でも2人が終わって迎えに行くと、この状態で……悪い。というか、あの子たちにとって食事だったんだな」
団長さんがソラたちに近付いて、頭をゆっくりと撫でる。
「はい。すみません、内緒にしてて」
やっぱり、言っておけばよかったな。
「いや、それは構わないが。これは大丈夫なのか?」
団長さんの視線の先には、丸々としたソラとソル。
「ぺっ?」
あっ、ソルが目覚めた。
「おはよう。ソルもたくさん食べたんだね」
「ぺふっ」
満足そうに鳴くソルに笑みが浮かぶ。
「2匹とも、転がりそうだな」
「ぷっぷ!」
「ぺっ!」
お父さんの言葉に、抗議のような鳴き方をする2匹。
でも、その体型は本当に真ん丸で、間違いなく転がると思う。
「ソラ、ソル。満足できた?」
「ぷっぷぷ~」
「ぺふっ」
私の質問に嬉しそうに鳴きながら飛び跳ねる2匹。
その丸さで、飛び跳ねられるんだ。
「体は大丈夫?」
「ぷっぷぷ~」
「ぺふっ」
元気に鳴くし、いつもよりちょっと重そうだけど飛び跳ねているし、大丈夫だろう。
「ソラもソルも元気みたいなので大丈夫です。まぁ、ただの食べすぎでしょうから」
私の言葉に、安心した表情をする団長さん。
ナルガスさんたちが、ソラに近付いて撫でたり突いたりしだすと、ソラとソルも楽しそうに遊びだした。
その様子から、2匹がそうとう機嫌がいい事が分かる。
お腹がいっぱいになると幸せだもんね。
「お疲れ様。お茶を入れましたよ」
メリサさんがお茶とお菓子を持って部屋に入ってくる。
ソラとソルの事は既に知っていたのか、特に反応することなく机にお茶とお菓子を並べてくれた。
「話を聞かせてくれ。何かあったんだろう?」
団長さんの言葉に全員が椅子に座る。
バッグからシエルとフレムを出すと、ソラたちの下へ飛び跳ねていった。
2匹を見たシエルがちょっと固まったのが、可愛い。
きっと見た目が変わっていて、驚いたんだろうな。
「簡単に説明します。シャーミの洞窟へ行く道中、いるはずの魔物がどこにもいませんでした。なので安全にシャーミの洞窟に到着したので、すぐに洞窟内部の調査に入りました。洞窟内は捨て場から消えた大量のゴミが捨てられており、中の調査は大変だと思います」
確かに何をするにも、あの大量のゴミをどうにかするのが大変だな。
「それとゴミの下に魔法陣らしき模様をアイビーさんとドルイドさんが見つけました」
ナルガスさんの説明が終わると、団長が頭を抱えた。
「魔法陣? どんな模様だったか分かるか?」
「大量のゴミがあったので全貌が全く見えてません。見えたのはほんの一部なんです」
「一部だけか……悪いが、その模様を描いてくれないか?」
団長さんの言葉に、お父さんが模様を思い出しながら説明し、ナルガスさんがそれを紙に描いていく。
描かれた模様をお父さんが確認すると、団長さんに渡した。
「これは……」
「詳細は話せないが、その模様は、ある魔物を従わせようとした魔法陣に使われていたものだ。下手に触れると記憶が消される可能性がある」
お父さんの説明に団長さんの眉間に深いしわが刻まれる。
目もかなり吊り上がり、怖い。
「俺も見た事がある模様だ。以前魔法陣を使った事件に関わったといっただろう。その時にこれを見た」
「そうか。どうやって対処をした?」
「……魔法陣の上書きをしたんだ。だが、そのせいで冒険者が8人死んだ」
えっ、冒険者が?
「膨大な魔力が必要になるんだ。8人が命を掛けて最悪な魔法陣を無効化してくれた。ドルイドが見つけた魔法陣はどうしたんだ?」
「その魔法陣はまだ不安定だったんだろう。シエルが力で抑えつけてくれた。ただ、少し触れてしまった俺とアイビーは記憶の一部を消されて、今も戻っていない」
「記憶を? 俺の知っている魔法陣ではそれは無かったな。違う魔法陣か? だが、この模様は……」
「どうする?」
お父さんの言葉に、苦悶の表情を見せる団長さん。
「冒険者と自警団員に協力を求めるよ」
「だが、今は術に掛かっている状態だ。出来るのか?」
「…………」
部屋の中が異様に静かになる。
「後回しに出来そうか?」
「ん~、魔法陣の指示が何か分からないからな。分かってるのは……ナルガス?」
「動物でありながら魔力を持って、人間を攻撃する事ですね。それ以外は、門へ攻撃する回数が増えていたので、村を襲うように指示している可能性もあります」
お父さんに名前を呼ばれ、ナルガスさんが慌てて説明をする。
門への攻撃が増えていたのは知らなかった。
でも、これだと猶予はそんなにないのかな?
「それと、門番たちはぎりぎりかもしれません」
それは術の事だろうな。
「…………そうか。分かった」
団長さんをそっと窺う。
静かに目を閉じて、考えているのが分かる。
全てに時間が足りない。
コンコン。
「ナルガスたちが帰ってきてると聞いたが、何かあったのか?」
扉を叩いた後すぐに扉が開き、ジナルさんたちが部屋に入ってきた。
部屋の雰囲気を見て、険しい表情をする。
「何があった?」
ジナルさんの言葉に、団長さんが簡単に説明をする。
それを聞いたガリットさんが、大きくため息を吐いた。
「最悪な事になってるな」
「あぁ、何か解決策は無いか? 村の問題を解決する最低限の者たちしか、術は解いていない。俺の知っている解き方では、術が解けてもすぐに動ける者たちはいない」
団長さんの言葉にジナルさんたちが考え込むが、時間だけが過ぎていく。
「ぺふっ」
ソルの声に視線を向けると、飛び跳ねようとして失敗したのかソファから転がり落ちてしまっていた。
「ソル、大丈夫?」
ソルの傍により抱き上げると、ちょっと重いような気がする。
見た目だけでなく、体重も重くなっているソルにちょっと笑みが浮かぶ。
「ぺふっ、ぺふっ。ぺふっ、ぺふっ」
ソルを見るとじっと私の顔を見る。
何だろう?
「何かを伝えたいの?」
「ぺふっ」
「アイビー、どうかしたのか?」
お父さんの言葉に、ソルを抱っこしたまま元の椅子に座る。
するとソルは、隣に座っているお父さんに向かっても、鳴く。
「ぺふっ、ぺふっ。ぺふっ、ぺふっ」
「何か伝えたいみたい」
今この場所で伝えたいこと?
話していたのは洞窟の魔法陣を無効化する方法。
ソルを見る。
何か期待したようにキラキラしている目を向けてくる。
「もしかして、ソル。解決方法を知ってるの?」
私の言葉に、団長さんたちの視線が集まるのが分かる。
「ぺふっ」
知ってるのか。
……どうやって、解決方法を教えてもらおうかな。