417話 覚悟
「あの、何かするんですか?」
ナルガスさんが困惑した表情で私とお父さんを交互に見る。
他の3人も、私たちの様子を窺っている。
「何って、森へ行ってシャーミの住処を探すんだ。そう言えば、場所を知っているか?」
「それは知ってますが。待機と言われていますし」
ナルガスさんの答えにお父さんがため息を吐く。
「君たちは上位冒険者だ。分かってるか?」
お父さんの質問に、ナルガスさんたちが少し不機嫌な雰囲気を出す。
その反応にお父さんはにやりと笑う。
「君たちは上位冒険者だ。トップの命令を聞くだけでは許されない存在だ。分かっているか? 俺が話した事をそのまま受け止めたが、あれも駄目だ。というか、俺を逃げ道に使うなよ」
お父さんの言葉に、4人の表情が強張る。
「上位冒険者になってすぐにこの大きな問題に関わったのは可哀そうだとは思うが、君たちは既に上位冒険者で、それを承諾したんだろう? なら、しっかり自覚しろ。逃げても、何も解決しない」
お父さんが言い切ると、ナルガスさんが気まずそうに俯く。
「すみません。そうですよね」
1度深呼吸したナルガスさんが顔を上げると、お父さんをまっすぐ見つめた。
その目に力が戻り始めている。
「団長が倒れる前ですが、違法な薬を売っている集団がこの村に入り込んだことがあったんです。証拠を掴むため、被害者を把握するため色々な指示が飛び交いました。俺たちはそれについていくのに必死で。でも、指示に従えば良かったので今思えば楽でした」
ナルガスさんの言葉に、他の3人も頷く。
確かに、指示に従っていれば良い立場は楽だろうな。
失敗したら怪我の心配はあるだろうけど。
「問題が起こっている時に、指示が途切れた事がないんです。今までは。それが、初めて『待機』なんて、言われてしまったから……」
待機に意味があるという事?
「考える時間を与える時に、団長が時々待機を使うんです。だから、急に怖くなって……」
あっ、そんな意味があったんだ。
この村の冒険者たちだけに通じる言葉だったのか。
なるほど。
「駄目ですね。上位冒険者にならないかと言われた時に、しっかり覚悟したはずだったのに」
まだ20代だもんね。
それに上位冒険者になって初めての問題がこれって……お父さんじゃないけど可哀そうだと思う。
「でも、もう大丈夫です。お前たちもだろ?」
ナルガスさんが力強く言うと、他の3人も頷く。
その表情には、どこかすっきりとしたものがある。
やっぱり上位冒険者になると覚悟した人はすごいな。
私だったら、逃げ出すと思う。
「で、これからナルガスたちはどうするつもりだ?」
口調が柔らかくなったお父さんに、アーリーさんの体から力が抜けるのが見えた。
そんなに緊張していたのかな?
私と視線が合うと、恥ずかしいのかさっと視線を逸らした。
「協力できることはさせてください。その前に確認したいのですが、アイビーさん、シャーミの住処に行く必要があると考えたのはどうしてですか? とりあえず、村を襲うまでの時間を稼げたので魔法陣の問題を解決する方が先だと思うのですが」
ナルガスさんの言葉に、首を横に振る。
この村には時間が足りないのに問題が大きく分けて2つある。
1つは魔法陣の問題。
魔法陣の被害者である冒険者は、今も術に蝕まれ続けている。
日に日に核が傷つけられ、いつ廃人になってしまうか……。
ただ、これに関しては団長さんが解決策を見つけてくれた。
全ての人を助けられる訳では無いようだけど、光が差したのは嬉しい。
でも、それで魔法陣の問題が全て解決したわけではない。
団長さんたちの話を聞く限り、魔法陣は使用した者にも影響を及ぼす。
最悪、村で今回の犯人が暴れ回る可能性だってある。
そうなれば、村の人たちに被害が出るだろう。
それだけではない。
魔法陣が仕掛けられている場所がまだわかっていない。
このまま放置すれば、術による被害者は増え続ける。
それに、術を解いた人たちが再度術に掛かる可能性もある。
ただ、術を掛けた人を探すのも、魔法陣を探すのもとりあえず動ける人が必要となる問題だ。
その人手を今団長さんたちが確保してくれている。
なので、私が出来ることは無い。
そしてもう1つの問題は、森で暴れ回っている存在の事になる。
存在の正体はシャーミという動物だとわかったが、新しい問題が出てしまった。
本来のシャーミは人懐っこい動物だと聞いたが、今は人を襲う動物に変わっている。
その原因を探り、排除しない限りいつかシャーミは村を襲ってしまうかもしれない。
今日は、シエルが追い払ってくれたおかげで数日は村を襲わないだろうけど安心はできない。
それに、数で攻められたらシエルだって対処出来ないかもしれない。
でも、今はシエルの存在を怖がってくれている。
だからこそ今、シャーミの寝床を調べる好機だと思う。
これを逃すのは惜しい。
そして団長さんたちは魔法陣の方にかかりきりだ。
動けるのは私とお父さんとナルガスさんたち。
もしかしたら、団長さんはこれに気付いてほしかったのかな?
「魔法陣についての問題ですが、私が今できる事はありません。今は団長さんたちに任せるべきです。シャーミの住処を今探す理由は、シャーミが変わってしまった原因を探すためです。そしてシャーミがシエルを怖がっているからです。かなり暴れてくれたようなので、洞窟までシエルが一緒なら襲われる危険性が少ないと思います」
安全を考えるなら、間違いなく今だ。
シャーミの頭脳がどれほどなのかは聞くのを忘れたが、次はシエルに怯えないかもしれない。
そうなれば、洞窟に近付くまでにかなり攻撃されるだろう。
怯えて逃げて行った今が、洞窟に安全に行ける好機のはず。
「なるほど。確かにそうですね」
ピアルさんが少し驚いた表情でだが、納得してくれた。
「確かに今が好機かもしれないな。団長に相談しようか。早い方がいいだろう」
ジャッギさんが立ち上がって出かける用意を始める。
それにつられてみんなが動き出す。
お父さんは私の頭をポンと撫でてから、バッグにシエルとフレムを入れた。
あれ?
皆、動くとなったら速すぎない?
「団長宅に行ったら少し待っていてください。裏から入れるようにするので」
アーリーさんの言葉に首を傾げる。
どうして裏から入るのだろう?
「術を解いた者たちは、何人になっただろうな?」
あっ、そうだ。
今の団長宅は、ちょっと慌ただしい事になっていたんだった。
ソラはまだ、大丈夫かな?
食べ過ぎて動けないなんて事になっていないといいけど。
団長さん宅に着くと、玄関には見た事がない自警団員の姿があった。
「あっちが裏なんで」
ナルガスさんに教えてもらった方に歩いていくと、団長さん宅の裏にある出入り口が開いていてアーリーさんが手招きしてくれた。
中に入ると、賑やかな声が聞こえる。
どうやら団長が目覚めた事を喜んでいる声のようだ。
団長さんに話があるため、見つからないように少し離れた部屋で待機させてもらっているとメリサさんがお茶を持って来てくれた。
「すごいわね、あのソラちゃんとソルちゃん。あと4人で全員術が解けるのよ。それにね、術を解く時間がどんどん短くなって。ギルマスさんたちが慌ててるわ、次の人を連れてくるのに。ふふふふっ、アイビーさん、ありがとう」
会った瞬間話し出したメリサさんに少し驚くが、どうやら上手くいっているらしい。
それにしてもあと4人?
予想よりかなり速いよね。
ソラとソル、すごいな~。