415話 判断した理由
「いや、おかしいだろ? 魔物と判断した理由があるはずだ」
そうだよね。
森を騒がすのは毎回魔物と思いがちだけど動物もいる。
だから何らかの証拠がない限り、魔物とは判断しないはず。
それとも術で判断が捻じ曲げられたとか?
「森の異変は、去年の冬からあったんです。ほんの些細な異変だったので、気にする冒険者は少なかったのですが。まぁ、既に術に嵌っていた冒険者が多かったので、それが原因かもしれませんが……」
「どんな異変があったんだ?」
「音と鳴き声だと聞いてます。俺は聞かなかったんですが。冬に聞いたことがない鳴き声だと言ってました」
音と鳴き声?
アーリーさんが、机の上のシエルの頭を撫でる。
「雪が融けだしたぐらいかな、森に出た冒険者が連日何かに襲われたんです。襲われた冒険者たちの証言は皆似ていました。『姿が見えなかった。気配はなかった。それと、襲われた瞬間に何かを感じた』と」
「調査はしなかったのか?」
「えっと雪解けの時期に……あれ? えっと確か、調査隊が組まれたはずです。おかしいな、その調査に参加したはず……いや、しなかったのか? 何だろう、よく覚えてない」
「術の影響だろう。気にしない方がいい」
お父さんの言葉にアーリーさんが、頷く。
「調査はしたと思います。俺が覚えている範囲では、調査結果は特に異状なしだったような……。多分いつものチームで調査したと思うので。あとで確認しておきます。あれ、何だっけ?……どうして魔物と判断したかでしたよね? えっと……それは傷痕です」
アーリーさんの話を聞いていると、記憶の方に少し不安を覚えた。
彼も自分の記憶がおかしい事に気付いたのか、困惑した表情だ。
「大丈夫か?」
神妙な表情で、お父さんを見るアーリーさん。
「話には聞いていたし、少しおかしな部分があるのは分かっていたんですが、思ったより記憶がおかしくなっているみたいです」
「経験者から言わせてもらうと」
「はい」
「諦めて受け入れるしかない。無くした記憶は戻ってこなかったし、変えられた記憶も元に戻ることは無かった、だから覚え直す必要がある」
「……分かりました。えっと、また話がそれてしまった。……なんでしたっけ?」
「魔物と判断した理由が、傷痕だと教えてくれたところだ」
アーリーさんは一度大きく深呼吸をする。
何かを吹っ切ったような表情をすると、私たちに笑みを見せた。
「すみません。もう大丈夫です。襲われた冒険者の傷を見た者たちからの報告で、傷を負った本人とは別の魔力が傷痕に残っていたんです。それも1人ではなく数人の冒険者に」
傷に魔力が残っているという事は、襲った時に魔力を使ったという事だよね。
それだったら、魔物だと勘違いしても、おかしくない。
「お父さん、動物が魔力を持つようになることはあるの?」
お父さんが首を横に振る。
「聞いたことは無い。シエル、シャーミ以外の魔物や動物はいなかったか? いたら返事をしてくれ」
シエルはお父さんと見つめあうが、反応は返さない。
つまりシャーミが、今回の原因という事になってしまう。
「そう言えば、本来のシャーミとは少し姿が違うと言っていたが、どう違うんだ?」
「毛です。シャーミはもっと毛が長いんですが。襲ってきたシャーミは皆、毛が短かったんです。それに爪ですね。こんなに長くないです。本来の姿は」
机に乗っているシャーミを見る。
毛は短く、爪はかなり鋭く3本。
この爪で襲われたら怖いだろうな。
「それと、性格は全く違ってました。シャーミは人懐っこい性格で冒険者たちにちょっとした悪戯をする事はあっても、襲うような事はなかったんです。でも、会った瞬間襲われました。こんな事初めてで、とっさに対処できなかったから、怪我をする羽目になったんですよ。情けないです」
姿に性格の変化。
これってゴミの魔力で凶暴化した魔物と一緒だよね。
シエルが魔物を倒して、ソルがその魔力を食べたんだけど、その後に残った魔物を見てあまりの違いに驚いた事がある。
それに話を聞く限り、凶暴化したと言える状態みたい。
「原因はゴミの魔力じゃないかな? 大人しい魔物の性格を変えちゃうし。姿が変わっていた魔物もいたよね?」
「いたな。だが、もともと魔力を溜める核を持っていない動物が、どうやって魔力を溜めるんだ?」
そうだよね。
団長さんの話で分かった事だけど、魔力を受け止める核が無ければ、魔力は溜まらない。
動物も実は核を持っているとか?
……いや、核を持っているなら自然と魔力が溜まって魔物になっていくか。
「入るぞ~」
ナルガスさんとピアルさんが部屋に入ってくると、机の上に乗っているシャーミを見て少し顔を歪めた。
「話は?」
「終わってる」
ナルガスさんがアーリーさんの傍に来て、シャーミを見つめる。
「どう思います?」
ナルガスさんがお父さんに視線を向けると、お父さんは首を横に振った。
「色々考える事は出来るが、全て想像だ。そこに何の証拠もない。分かった事は、襲ってきたのがシャーミと言う動物だったという事だ」
「シャーミはこの村にとって春を知らせる動物で、ずっと仲良くやってきたから……信じられない」
ナルガスさんたち、この村で生活してきた人にはかなり衝撃を与える事実なんだろうな。
3人の雰囲気がかなり暗い。
「お茶を淹れてきますね。調理場を借ります」
気分を変えるためにも、心を落ち着かせるためにも少し時間が必要だと思う。
椅子から立ち上がって、調理場がある場所を聞いて皆がいる部屋を出る。
「一緒に行こう」
後ろからピアルさんが追ってきて、一緒に調理場へ行く。
そっと彼を窺うと、少し顔色が悪い。
お湯を沸かしながら、茶葉を用意する。
すぐにお湯が出るお鍋もあるが、時間をかけて準備をした方がいい事もある。
少しでも落ち着いてくれたらいいけど。
「お菓子も用意しようか」
「そうですね。疲れた時には甘い物が一番ですよ」
「あぁ。そうだ、この村で一番甘いお菓子は、もう食べた?」
一番甘い?
「いえ。どんなモノなんですか?」
「あ~、口の中がすごい事になる。俺は1口で駄目だったな」
そんなすごいお菓子があるの?
そう言えば、どこかで1口食べたらすごい甘味があると聞いたような?
何処でだったかな?
「どうした?」
「いえ、似たような話をどこかで聞いたような気がして」
「似たような話?」
「すごい甘いお菓子の」
「へ~。あっ、そのお菓子の名前は『だんず』と言うんだ」
「それだ!」
あ~、そうだ。
思い出した、ミーラさんたちを捕まえたお店にあった甘味だ。
最終的にあの店では何も食べなかったから、だんずがどんなものか今でも分かってないけど。
同じ名前って事は、一緒なのかな?
ラットルアさんが、あの甘さはやばいと言っていたよね。
何だかすごく気になる。
「すごい甘党じゃないなら、挑戦はしないほうがいいぞ。ジャッギが1口食べて顔色を変えていたからな」
……すごく気になる。
「アイビー……呼び捨てでいい?」
「どうぞ。普通に話してもらってもいいので」
「ありがとう。話していたら食べたくなってきたな。皆で1口ずつ分ければ、食べられない量じゃないよな。でも、今は駄目だよな。さすがに」
ピアルさんが、どこか楽しそうに笑う。
良かった。
さっきまでの雰囲気が消えている。
「ありがとう、アイビー」
「いえ、さてお茶も準備出来ましたし、戻りましょう」
「そうだな」
「あっ、全てが終わったら奢ってくださいね。だんずを」
私の言葉に破顔したピアルさんは、そっと私の頭を撫でる。
「いくつでもいいぞ」
「いえ、1個で十分です。お父さんと分けますから」