406話 ちょっと癒し時間
「てっりゅりゅ~」
あっ、フレムの治療が終わった。
団長さんに視線を向けると、ソラが団長さんを包み込むのが見えた。
「あれ?」
メリサさんがベッドに近付こうとするが、ソラに包まれた団長さんを見て固まる。
「どういう事だ?」
ガリットさんが私を見る。
私を見られても困るのだけど。
「ん~もしかしたら団長さんも、魔法陣の術で魔力が傷ついているのではないですか?」
魔力の傷を治療できるようだから、考えられるとしたらそれぐらいなんだけど。
他には……何も思い浮かばないし。
「そうなのか?」
「たぶん」
「待つしかないな。それよりえっと、フレムでよかったかな。ありがとうな」
フィーシェさんがそっとフレムの頭を撫でる。
「てっりゅりゅ~」
嬉しそうに鳴くフレムにフィーシェさんの表情が緩む。
それを見たピアルさんやジャッギさん、アーリーさんが順番にフレムの頭を撫でる。
「なんだか癒されるな」
ジャッギさんがフレムを撫でながら言うと、ピアルさんが「今は特にうれしいな」と言う。
それにジナルさんたちも頷く。
「触り心地いいよな」
ガリットさんが自分の膝の上を見る。
そこではなぜかシエルが鎮座して撫でられている。
ソルはお父さんの膝の上で熟睡中。
「フレム、俺の膝においで」
ナルガスさんが自分の膝を叩く。
フレムはナルガスさんを見て、ピアルさんの膝に飛び乗った。
「なんで? 今こっち見たよね? フレム?」
「俺の勝ちだな」
ピアルさんの言葉に睨みつけるナルガスさん。
少し前までのどんよりとした空気が消えている。
それにちょっとホッとする。
あんな状態で考えてもいい案が浮かぶことは無い。
フレムたちには本当に感謝だね。
「はぁ、フレムたちのお陰で少し落ち着いたな」
フィーシェさんの言葉に全員が苦笑して頷く。
「あっ、そうだったわ。これ」
いつの間にか部屋に戻って来ていたメリサさんとエッチェーさん。
新しいお茶を淹れて机にお菓子を置いてくれた。
そしてお父さんに4枚の書類を渡した。
それを見たお父さんが、苦笑いして書類に何かを書き込んだ。
そして私にその書類を渡してくる。
「また?」
マジックアイテムの紙の契約書。
ここ数日だけで何回これを見た事か。
ざっと目を通して、お父さんの隣に名前を書く。
4枚のうち2枚をメリサさんとエッチェーさん。
残りの2枚をお父さんに渡す。
「契約書だけのマジックボックスが必要になりそうだな」
お父さんの言葉に顔が引きつる。
確かに専用の入れ物が必要になりそうな枚数が集まっている。
「この件が解決したら、探そうか?」
「そうだな。そのためにもこれからの事を話さないとな」
お父さんの言葉に、少しほんわかしていた空気が引き締まる。
といっても、先ほどのように暗い空気ではない。
「ジナル、先ほど気になる事があると言っていたがなんだ?」
お父さんがジナルさんを見ると、彼は視線をベッドで寝ている団長さんに向けた。
「団長とギルマスが喧嘩していたという噂だ。術から解放されて、もう一度この村について調べた時に団長の事は確認していたから、動けない事は知っていた。だからその噂が気になって少し詳しく聞いてみたら、2日ほど前の事で目撃者もいるという事だった。その目撃者の事を聞いたんだが、それがどうもあやふやなんだ。誰に聞いても目撃者はいるのに、その目撃者を覚えていない。それが気になった事の1つだ」
2日前?
私が調べたのは5日ぐらい前のはず。
私が調べた時とは違う噂がすでに流れているという事?
それにありもしない喧嘩の目撃者。
でも、その目撃者の情報は掴めない。
何だか気持ち悪いな?
「他にもあるのか?」
「『夜な夜な死体を運んでいる者がいる』という噂を知っているか?」
ジナルさんの言葉にナルガスさんが苦笑を浮かべる。
「それはゴミを不当に捨てている者を見た目撃者が、誤解して出来た噂だろう?」
ピアルさんが「そうそう」と頷いている。
私もその噂を聞いて、ナルガスさんと同じ結論だったため頷く。
「だが、死体が発見されたと噂が流れている、他にも行方不明の女性だったという噂まであった」
「「「「「えっ?」」」」」
喧嘩に続きこっちの噂も?
私がその噂を聞いた時、話をしていた女性の1人が調べて行方不明者はいなかったと言っていた。
あの女性の話しぶりから嘘は感じられなかった。
噂が広まれば広まるほど、最初の頃とは姿を変える事はあるけど、これは変わりすぎだよね。
誰かが意図的に変えたのかな?
「信憑性はどうなんですか?」
「詳しく調べた結果、どちらも嘘だと判断していいと思う。だが、調べればすぐに分かる嘘をどうして流したのか、それが分からない。だから気になる」
そうなんだよね。
団長さんたちの喧嘩や死体を運んでいるという噂はどちらもすぐに嘘だとばれる。
まぁ、それは術に嵌っていない時に限るんだろうけど。
「よほど、魔法陣に自信があるんですね」
私の言葉に数名が首を傾げる。
「だって、どの噂も術から解放されない限り疑わないでしょう? 疑わなかったら調べない」
「なるほど、魔法陣による術からは解放されないと思われているという事か」
私の言葉にフィーシェさんが理解を示してくれた。
お父さんも頷いている。
「やはり魔法陣か」
ガリットさんが疲れた表情を見せる。
「見つからなかったんですか?」
アーリーさんの言葉にガリットさんが力なく頷く。
「すまない。何ヵ所か目星をつけて探したが、マジックアイテムが反応する場所は無かった」
ジナルさんが全員に頭を下げると、フィーシェさんとガリットさんもが頭を下げる。
「頭を上げてください! そんな事であやまる必要はないです」
ピアルさんが慌てて叫ぶと、ジナルさんたちは頭を上げる。
「ありがとう」
「いえ」
ピアルさんはジナルさんにお礼を言われると、なんだか嬉しそうな表情をした。
もしかしてジナルさんのファンなのかな?
それにしても、情報を集めれば集めるほど、敵が見えなくなる。
本当に不気味。
「とりあえず、出来る事からしていこう」
お父さんの言葉に、全員が頷きやるべきことを順番に挙げていく。
「確認するぞ。魔法陣の調査と同時に噂の出所を探すんだな? それと術に嵌っていない人がいるかどうか調査だな」
あまり今までと変化が無いな。
それに、そんな時間があるかな?
「あの、時間ありますか?」
「それはどういう事だ?」
ナルガスさんが聞くが、全員が思っている事のようでじっと私を見てくる。
もしかして忘れてるのかな?
「魔物がこの村を狙ってますよね? それに長期間、術に嵌っている人は既にギリギリな状態ですよね? ゆっくり調べている時間は取れないと思いますが」
「あ~、そうだったな」
ジナルさんたちは本当に忘れていたようで、フィーシェさんは首を傾げている。
もしかしてこんな失敗はいつもはしないのかな?
術に嵌っていたのは私よりジナルさんたちの方が長い。
その影響があるのかも。
「ならばどうするんだ?」
ジャッギさんの問いに視線を向ける。
彼も色々考えているのか、その表情は険しい。
「ソル」
「ぺふっ?」
話し込んでいる間に起きていたソルに声を掛ける。
すぐにお父さんの膝の上から私を見る。
「術から解放したい人がまだまだいるの、頑張ってもらえるかな?」
「ぺふっぺふっ」
良かった。
まだ、大丈夫みたいだな。
「アイビー、どういう事だ?」
「出来るだけ多くの人を、こちら側に引き込みましょう」
色々考えてみた。
情報は、やはりまだまだ必要となる。
そのためには今の人数では足りない。
「情報を集めるにしても人手が足りないので、とりあえず人員の確保」
それと既に村の傍まで来ている魔物の対策も早急に必要になる。
どうしたらいいのか考えて、一番いい方法を思いついた。
「シエル、お願いがあるんだけど」
「にゃ?」
「森で思いっきり暴れてきてくれる?」
「にゃうん」
「なるほど、魔物対策か?」
お父さんの言葉に頷く。
「そう。アダンダラが暴れたら少しは時間を稼げるかなって」
少しでも村から魔物が離れてくれればいい。
そしてアダンダラという存在を警戒してくれれば、時間は稼げるはず。
でも、魔物の正体が分かっていないのが不安なんだよね。
「少しではないな、かなり稼げるだろう。その間にこちらの問題の解決か?」
「出来ればいいけど」