404話 嘘の噂
「えっと、どうしたらいいんだ?」
ピアルさんが困惑した表情で私とお父さんを見る。
「治療中だ。だから動かすのも邪魔をするのも駄目だ」
お父さんの言葉に神妙に頷くピアルさんは、ベッドに近付き治療の観察を始めた。
部屋にはフレムが団長さんを治療するシュワーという音が静かに響く。
唖然としていたジャッギさんも、ベッドの周りをうろうろして様子を窺っている。
何だか面白い光景だなと2人を見る。
「アイビー、噂を覚えているか?」
「噂?」
お父さんを見ると眉間に皺が深く刻まれている。
何か腑に落ちない事があるらしい。
噂……気になる噂って事だよね。
何だっけ?
「団長とギルマスがまた喧嘩をしたというものがあっただろう? 覚えてないか?」
「あっ、覚えてる。あれ?」
ベッドでフレムに包まれている団長さんを見る。
どう頑張っても起き上がってギルマスさんと喧嘩をする気力は無いだろう。
でも、あの噂は最近の話だったはず。
どういう事?
「団長とギルマスが喧嘩ってなんだ? いつの噂だ?」
ジャッギさんが団長さんの様子を気にしながら私とお父さんを見る。
「少し前にこの村の噂を調べた時に聞いたんだ」
「なら最近だな?」
「あぁ」
首を傾げるジャッギさん。
ピアルさんも何か考え込んでいる。
「間違いなく、誰かが流した嘘の噂だよね」
嘘の噂だとしても、誰が信じる?
だって、団長さんが病気なのは村の人たちは知っているのだから。
……いや、知らないのかな?
もし知っていたら、彼女たちがあんな噂話をするはずがない。
えっ、村の人たちは団長さんが病気だとは知らないの?
「あの、団長さんが病気だという事は、村の人たちは知っているんですか?」
「それは当たり前……あれ?」
私の質問に焦りだしたピアルさん。
「どうした?」
「いや、発表するという話を聞いた後の記憶がない。どうして覚えていないんだ?」
ピアルさんがジャッギさんを見ると、彼も首を横に振る。
どうやら2人とも発表したのか覚えていないらしい。
「魔法陣の術は不安感や危機感を薄れさせるモノだ。団長が病気だと不安感を煽る事になるから、なかった事にされた可能性があるかもな」
お父さんの言葉にピアルさんが頭を抱える。
「恐ろしいな。あったことがなかった事になるなんて」
「あぁ」
ジャッギさんも顔色が悪い。
でも、誰が「団長さんとギルマスさんが喧嘩している」と噂を流したんだろう。
この噂を流すことの意味は?
「あの、団長さんが病気と知った上で、団長さんとギルマスさんが喧嘩していると聞いた場合はどういった行動をとりますか?」
もしかして誰かが何か伝えようとしているとか?
いや、考え過ぎかな。
「そうだな。とりあえず放置だな」
「放置?」
ジャッギさんが放った言葉に驚く。
まさか、何もしないなんて。
「だが、何度もその噂が流れた場合は調べる事になるな。まず、噂の出所。それと団長とギルマスが本当に喧嘩していたかどうかの真偽。この場合は、団長が病気だからすぐに嘘だとばれるだろうが」
なるほど。
だとしたら余計に疑問が生まれる。
この噂は調べればすぐに嘘だとばれる。
噂の出所を調べるなら、きっとすぐに誰が言い始めたのかばれるだろう。
そんな危険まで冒して噂を流す理由は何なんだろう。
きっと何かあると思うんだけど。
ん?
待った。
村にいる冒険者たちは術に嵌っている。
ジナルさんの予想では自警団員も同じ状態だろうと言っていた。
そんな状態で誰が噂の真相を調べるだろう。
たとえ、何度同じような噂が流れたとしても調べないのでは?
「どうした? 噂が気になるのか?」
「うん。ジャッギさんは何度も噂が流れれば調べると言ったけど、術に嵌っていた状態でも調べるのかなって思って」
「あっ、そうだよな。自警団も冒険者たちも術に嵌っているんだから、どんな噂が流れても気にしないかもしれない」
やっぱり。
もしかしてこの噂を流したのは敵?
調べられないとわかっているから何も気にせず噂を流した?
この噂は最近の物だ。
つまりまだこの村に敵がいるかもしれない。
でも、この噂を流す意味は?
団長さんとギルマスさんの仲が悪い事を広めるため?
でも、他の村や町でも意見のぶつかり合いはあると聞いたことがあるから、意味がないような……。
ベッドで寝ている団長さんを見る。
死んでいるように見えた。
「もしかして団長さんは元気だと言いたかったのかな?」
「ん? アイビー、何がだ?」
「あんな噂を流した理由です。病気で寝込んでいる団長さんを知られたくないから喧嘩するぐらい健康だと言いたかったのかと……」
まさかね。
「アイビーさんは噂を流したのが敵だと思っているのか?」
ジャッギさんの言葉に頷く。
面白半分に流す噂ではないような気がする。
誰だって、自警団に目を付けられたい人なんていないだろう。
ただ、術に嵌っているとはいえあまりに無防備すぎる。
それに違和感を覚えるんだよね。
ここまで色々やってきた敵が、こんな小さなミスを犯すだろうか?
「団長の事が解決したら、俺たちは噂の事を調べるよ」
ピアルさんの言葉に「お願いします」と言うと、笑われた。
それに首を傾げると、今度は頭をちょっと激しく撫でられた。
「髪の毛ぼさぼさだな」
「誰のせいですか!」
髪を手で直しながらピアルさんを睨む。
なのになぜか嬉しそうな表情を返された。
「もう」
コンコン。
扉を叩く音に全員が扉を見る。
そして団長さんを見て、困った事に気付く。
ポーションで治す予定だったので、この状況は駄目だ。
さて、どうしようか?
お父さんを見てピアルさんたちを見る。
「よしっ!」
ジャッギさんがなぜか気合を入れて扉を開けて出ていく。
少し説明が欲しかった。
「えっと、どうしたらいいですか?」
「ジャッギが説明するから大丈夫だよ。看護師の2人は元冒険者だから、話も通じるだろうし」
「元冒険者?」
「そう、有名な冒険者」
「悪い。嘘がばれたし、抑えられなかった」
いきなり扉がバーンと開くと、ナルガスさんが謝りながら入ってくる。
その後を、疲れた表情のアーリーさん。
苦笑いしているジャッギさんが続く。
最後に看護師の2人がにこやかに部屋に入ってきた。
そしてベッドで寝ている団長さんを確認する。
「団長は治りますか?」
メリサさんが心配そうにお父さんを見る。
「おそらく」
「そう」
メリサさんの手が団長さんの方に伸びて止まり、そのまま元の位置に戻った。
手を握りたかったのかもしれないが、今はフレムに全身が包まれているのでそれは出来ない。
「私のせいなんです。あれが毒だと知らなかったから」
毒?
えっ、病気では無かったの?
「どういう事だ?」
ピアルさんがナルガスさんたちに訊くと、アーリーさんが「毒を盛られてたんだ」と静かに答えた。
「エッチェーさんがいなければ団長は毒殺されていた」
ナルガスさんの言葉にピアルさんが固まる。
まさか毒殺されそうになっていたなんて。
フレムは病気を治すけど、毒も消すことが出来るのかな?
フレム自身に何か問題が起こったりしないかな?
ちょっと不安になって、団長さんが寝ているベッドに近付く。
「フレム、大丈夫?」
私の声に、団長さんを包み込んでいるフレムの体がプルプルと揺れる。
頑張ってはほしいけど無理だけはしてほしくない。
「フレムならきっと大丈夫だ。アイビーを悲しませるような事はしないよ」
お父さんの言葉に、握りこんでいた手から力が抜ける。
「メリサさん、エッチェーさん。話を聞かせてください」
お父さんの言葉に2人は頷いた。
403話でアイビーがナルガスの子になっていました。
ドルイドの間違いです。
申し訳ありません。