397話 契約書
「待った! その前に契約書を交わそう。なんか重要な話みたいだし」
話し出そうとしたら、ガリットさんに止められた。
契約を先にしたいようだけど、この最後の条件が気になる。
「最後の条件は本人たちが望めば、俺たちは全力で協力するって事だから。消す必要はない」
フィーシェさんがペンを渡しながら教えてくれる。
それなら、契約しても大丈夫かな。
心配そうな表情をしていたのか、お父さんがポンと頭を撫でてくれた。
「アイビー、大丈夫だ」
「分かった」
もう一度契約書を上から確認する。
やはり最後の条件以外は、いつもと変わらない文章が並んでいる。
こういうのって、決まった型でもあるのかな?
疑問に思いながら2枚の書類に名前を書く。
1枚はガリットさんたちが、もう1枚はお父さんと私が管理する事になる。
「これで安心だな。と言うか、聞く側の俺たちの方が緊張するっておかしいだろ」
フィーシェさんが少し呆れた表情で私たちを見るが、そんな事を言われても困る。
「で、アイビーには何が隠されているんだ?」
他にも話す事があるから、簡単に話した方がいいよね。
「簡単に話しますね。オトルワ町で貴族を巻き込んだ人身売買の組織を壊滅させた功労者として、私が載っているんです。その関係で他の功労者の方たちや貴族の方とも知り合えて。今も友人関係を続けてくれています」
「「「はっ?」」」
あっ、ジナルさんが復活した。
そんなに驚く内容だった?
まぁ、あの組織を壊滅させた功労者に私みたいな子供がいたら驚くか。
「見事に無駄のない説明だったな」
なぜかお父さんに感心された。
いや、本当の事を端的に説明するとこれで合ってるよね?
思い出してみるけど……うん、大丈夫。
「王族にまで広がっていたあの組織を潰した1人なのか。貴族ってもしかしてフォロンダ領主様の事か?」
「はい。フォロンダ領主の事です」
あっ、様を付けた方がよかったかな。
フォロンダ領主に会う前にラットルアさんたちがそう呼んでいた事と、私の中で貴族と言えば村長だったから、思うところがあったみたいで、無意識に呼び捨てにしてしまったんだよね。
最初の頃は、その事にまったく気付かなかったし。
周りも注意してくれなくて……いや、私が悪いんだけど。
犯罪組織の問題が片付いて、その事に気付いて慌てて言い直したらフォロンダ領主にものすごく悲しそうな表情で「嫌われてしまったのかな?」とか「距離が開いたみたいで寂しい」などと言われたから元に戻した。
それに今思えば、村長が貴族だったのか知らないんだよね。
あの村で一番偉いから貴族なのかな?って思っただけで。
「あの方と知り合いなのか。すごいな」
ジナルさんの目が、ちょっとキラキラしている。
何だろう、どこかで見たような気がする視線だ。
「アイビー、もしもの時は助けてもらえたりしないか? 連絡を取る方法はこちらが何とかするから」
「それなら問題ないと思うぞ。アイビーとフォロンダ領主は『ふぁっくす』でやり取りする仲だから。あと関わった功労者のほとんどとも、今も交流がある」
「本当に?」
フィーシェさんが驚いた顔をする。
そんなに珍しい事なのかな?
皆気軽にファックスを送ってくれるけどな。
「ぷっぷぷ~」
「「「「「あっ!」」」」」
忘れてた。
ジナルさんが急いでナルガスさんの様子を見る。
見た感じは先ほどと変わらない。
「ソラ、ナルガスさんは大丈夫?」
「ぷっぷぷ~」
「そっか。お疲れ様。ありがとうね」
「ぷっぷぷ~」
ソラが大丈夫というなら目を覚ますだろう。
それにしても、術による傷は深いみたいだな。
シエルやお父さんの時より、時間が長く掛かった。
「んっ」
ナルガスさんの声に部屋が静まり返る。
様子を見ていると、うっすらと瞼が開いたのが見えた。
が、すぐに見えなくなった。
ジナルさんがナルガスさんに抱き付いたのだ。
「えっ? な……あれ?」
ナルガスさんは戸惑った後、ジナルさんに気付いて怒りの表情になったが、すぐに困惑した表情になった。
微かにジナルさんから、泣いている声が聞こえる。
ナルガスさんは、どうしていいか分からないみたいだ。
「ナルガス。お前、魔法陣による術で廃人になってたんだよ。覚えてるか?」
「魔法陣? 廃人?」
ガリットさんの言葉に、首を横に振るナルガスさん。
「この村が今どうなっているか分かるか?」
フィーシェさんの質問に少し考えるそぶりを見せる。
そしてはっとした表情をした後、顔色が悪くなった。
「あぁ、分かる。かなり危ない状況だ。どうして俺は何もしていないんだ?」
「それは術に嵌っていたからだ。危機感が抑え込まれたんだ」
ナルガスさんがジナルさんを引っ付けたまま起き上がろうとすると、ジナルさんがすぐさま手を貸した。
少し戸惑った表情を見せたが、ナルガスさんはジナルさんの手を借りて起き上がった。
「大丈夫なのか? どこか違和感があるところは?」
ジナルさんが、ナルガスさんの顔をじっと見る。
困惑した表情を見せるナルガスさんは、何とか首を横に振った。
「大丈夫みたい。その、ありがとう」
「いや。無事でよかった。アイビー、本当にありがとう」
ジナルさんが深く頭を下げる。
「ジナルさん、お礼は受け取ったので顔を上げて下さい。もう十分です」
私の言葉に顔を上げたジナルさんの目は、少し赤くなっている。
それを見て気付く。
ずっと不安だったという事に。
私たちの事を信じてくれたとしても、不安が消えるわけでは無いのだから。
それにしても、ジナルさんは感情を隠しすぎた。
今の様子を見れば、誰もが不安を抱えていたと気付くだろうに。
ガリットさんたちは分かっていたのかもしれないけど。
「ナルガスさん、椅子に座れるか? 何が起こっていたのか話すよ」
そう言えば、術に嵌っていた時の事を覚えているのかな?
「はい。えっと、あなた方は……あっ、いえ。ドルイドさんと娘さんのアイビーさんでしたね。覚えてます」
廃人になるほど術に長く侵されていても、記憶はあるのか。
「ナルガス、正直に答えろ。いいな」
「はい」
ガリットさんがナルガスさんの正面に座り、質問を始める。
「魔法陣による術に嵌っていたと、自分で分かるか?」
「いえ、よく分かりません。ただ、ずっと違和感が付きまとっていたという事は覚えてます」
「魔法陣をどこかで見た記憶は?」
「…………ありません」
「そうか。どれくらい前から、違和感を覚えていたか分かるか」
「……1年半くらい前だと思います。確か、ギルマスがなんとなくおかしくなったと感じて……」
ギルマスさんは1年半前から術に嵌っているという事か。
「団長の事で分かる事はあるか?」
「団長? 確かギルマスがおかしくなったから、団長に相談して。しばらくして病気で倒れたと聞きました」
本当に病気なのかな?
こうなってくると全てが怪しいな。
「あの、俺からも訊きたい事があるのですが」
なんだかナルガスさんの性格が丸くなってない?
もしかして術で少し性格が変わった?
それとも、ジナルさんの涙を見て?
ん~、このまま仲直り出来たらいいけどね。
「魔法陣による術に嵌っている期間が長いと、自我を失うと聞いています。さっき俺は廃人になっていたと。どうやって元に戻したんですか?」
「あっ、それは」
「待った!」
ガリットさんにまた止められた!
「ナルガス、これから話す内容は極秘だ。そして、契約を交わす必要がある。どうする?」
「契約。もちろんどんな契約でも交わします。俺の命の恩人です。望まれるならなんだってします」
いやいや、何?
「望まれるならなんだってします」とは、いったいどういう意味?
ちょっと考え方が怖いと感じるのは私だけ?
「なんで書類がすでに用意されているんですか!」
「息子の分と、息子の仲間の分は用意しておいた。朝の短時間に用意したから定型文になったが」
やっぱり型があるんだ!
「と言うか、なんで契約書の紙を持ち歩いているんですか?」
「あぁ、仕事上必要でな」
「そうなんだ。大変ですね」
仕事中に契約で縛らないと駄目な事が起こるって事だよね。
ジナルさんたちの仕事って、やっぱり大変なんだな。
「はい、書きました」
あ~、ナルガスさんが名前を書いてしまった。
これって、この問題が解決するまでに何枚契約書に名前を書く事になるんだろう。
更新、遅くなりすみません。
396話でアイビーの名前が一部間違っていました。
ソルとソラの名前が入れ替わっているとのご指摘も。
いつも、誤字脱字報告ありがとうございます。
これからもどうぞ、よろしくお願いいたします。