396話 あれ、条件満たした?
「恐ろしい」
目の前で行われた連携に少し体が引く。
お父さんと私がやろうとしていた不意打ち作戦は、ジナルさんも気付いたみたいで参加してくれた。
その様子を見たガリットさんたちも一瞬で判断したのだろう。
見事な連携がなされた。
「あれは逃げられないよね」
少し前の事を思い出す。
借りた部屋に入った瞬間、お父さんがナルガスさんを後ろから片手で拘束。
叫ぼうとしたナルガスさんの口をジナルさんが手で塞ぎ、次に何処から取り出したのか、フィーシェさんが縄でナルガスさんを縛りあげ、その間にジナルさんがナルガスさんの口に布をかませてガリットさんが足を縛っていた。
ジナルさんたちが持っていた縄や布はいったいどこから出したんだろう……怖い!
「どうした、アイビー。大丈夫か?」
フィーシェさんが、心配そうに顔を見てくる。
それはありがたいけど、私より苦しそうな声を出して暴れているナルガスさんは心配しなくていいのかな?
ちょっと色々と心配になってくるよ。
「大丈夫です」
まずはやることをやろう。
肩から下げている、ソラたち専用のバッグの蓋を開ける。
そして置かれている机の上に、ソラたちを乗せていく。
「皆、静かにね」
「大丈夫だ。音を遮断するマジックアイテムを作動させたから。それにしてもすごいスライムだな」
いつの間に?
まぁ、ありがたいけど。
「皆、声出して大丈夫だって。ソル、ソラ。ナルガスさんの術を解いてくれる?」
「ぷっぷぷ~」
「ぺふっ」
2匹は縛られて身動きが出来ないナルガスさんに、ぴょんと近づく。
ソルはそのまま止まらず、ナルガスさんの肩に飛び乗るとぐわっと体が膨れあがり、そのままナルガスさんの顔と頭を包み込んだ。
「すごい、驚いているな」
「と言うか、これが俺たちの昨日の姿なのか? ちょっと、いや、助けてもらったんだよな」
フィーシェさんは興味深そうに、ガリットさんはちょっと困惑した表情でナルガスさんを見つめる。
「それにしてもすごいな。一瞬であっという間に協力できるとは」
お父さんがジナルさんたちを見て、先ほどの連携した動きに感心している。
それにジナルさんが苦笑を浮かべる。
「それが必要な仕事だからな」
「調査員というのは大変だな」
「……まぁな」
なぜかジナルさんは自嘲的な笑いを見せた。
お父さんがじっとジナルさんを見る。
「ぺふっ」
ソルの声に、ばっとナルガスさんを見るジナルさん。
私もナルガスさんを見るが、何かがおかしい。
じっと下を向いたまま、動かない。
ガリットさんがナルガスさんの様子を見るが、すぐに首を横に振った。
「ジナル、駄目みたいだ」
きっと魔法陣による術で心配していた事が起こったのだろう。
でも、まだだ。
ソラが、ナルガスさんの傍で飛び跳ねている。
「ガリットさん、少し離れて下さい」
「えっ?」
ソラがナルガスさんの肩に乗ると、口に銜えさせている布を引っ張っている。
もしかして邪魔なのかな?
ナルガスさんの傍に寄り、口布に手を伸ばす。
すると今度は縛っている縄を銜えるソラ。
そちらも、外してほしいようだ。
「あのナルガスさんの拘束を全部外して寝かせてください。あとはソラに任せます」
私の言葉に戸惑った様子のガリットさんとフィーシェさん。
ジナルさんはナルガスさんをじっと見ている。
誰も動かない様子を見たお父さんが、ガリットさんに縄を解くように指示を出す。
全ての縄が外れると、横に倒れるナルガスさん。
ジナルさんがさっと手を出し体を支えると、床にそっと寝かせた。
ソラはナルガスさんの体の上に乗り、ふわっと体を膨らませると彼の全身を包みこんでいく。
しばらくすると、しゅわ~という音が部屋に響く。
「何をしているんだ?」
フィーシェさんが戸惑った声を出す。
もしかして聞いていなかったのだろうか?
「聞いてないですか?」
「いや、聞いてはいたが……本当に術による崩壊が治るのか?」
「はい。ソラが大丈夫だと言ったので、治ります」
私はソラを信じる。
とはいっても、ソラのすごさを知らないフィーシェさんたちは信じられないと思うけど。
でも、私もお父さんも知ってるから。
ソラだったらきっと大丈夫。
それにしても、頭だけではなく体全体を包み込んだ事に驚いた。
ソラは問題の箇所だけを包み込む。
魔法陣の術が体全体に影響を及ぼしているという事だよね。
本当に怖い。
「ソル、ご苦労様。大丈夫?」
「ぺふっ」
さて、ソラはどれくらい時間がかかるんだろう。
初めての事だから、分からないな。
でも、瀕死のドルイドさんの時だってそれほど時間は必要なかったから、そんなに時間はかからないかな。
「お茶でも飲んで待ちましょう」
部屋を見渡すと、隅の棚にお茶の用意がされている事に気付く。
確認すると、お湯を注げばいいようになっているし、お湯もあるようだ。
マジックアイテムはこういう時に便利だよね。
冷めないお湯!
お湯を注ぎ、しばらく待つ。
その間に人数分のコップを用意する。
コップにお茶を注ぎ、ジナルさんに一番近い机に置く。
「ジナルさん、どうぞ」
ジナルさんに声をかけると、はっとした表情をして私を見た。
それから、ナルガスさんを見る。
「ジナル、座って待とう」
「あぁ、そうだな」
それでも傍を離れないジナルさん。
フィーシェさんが小さくため息を吐くと、ジナルさんを引っ張り、椅子に座らせ手にお茶を持たせた。
「悪い」
「まったく。いつもは仲が悪い癖にな」
「俺は望んでいないがナルガスが……」
ジナルさんが首を横に振る。
その表情は既に諦めきっている。
「どうしてそんなに拗れているんですか?」
ナルガスさんの様子を思い出す。
ジナルさんの事を、嫌悪しているのは分かった。
でも、何かもやっとした印象を受ける。
それが何か分からないけど。
「ジナルの仕事が原因だよな。俺たちもいつか同じ事になるのかもしれないが」
ガリットさんが自嘲気味に話す。
仕事って調査員の事?
もしかして、家族にも内緒にしておかないと駄目なのかな?
それは、家族としては何となく寂しいな。
もしかして、ナルガスさんは寂しい気持ちもあるのかな?
それを認めたくないから、自分の気持ちも誤魔化している?
……まぁ、全部私の想像だから意味ないか。
「あっ、そうだ。これを」
ガリットさんが、いきなりバッグから2枚の紙を取り出してお父さんに渡す。
紙を受け取ったお父さんは、苦笑を浮かべながら内容を確かめ、少し驚いた表情をした。
「はい。アイビー」
2枚のうちの1枚を受け取り、最初に目に入った文字を見て小さく笑う。
「やっぱり」
お父さんから受け取ったのは、マジックアイテムの紙で作られた契約書。
簡単に言うと「秘密にしますね」という契約。
もう何人とこの契約を交わした事か。
書類の下を見ると、既にジナルさんたち3人の署名がされていた。
お父さんが驚いた内容が気になり、しっかりと順番に確認していく。
条件の欄の最後の行を読んで、ガリットさんを見る。
「あの、これ本気ですか?」
これまでに交わしてきた契約書と内容はほぼ同じ。
ただ、1つだけ大きく違うところがあった。
それは、今回の問題が解決したら、私とお父さんを極秘にこの村から逃がすと書かれてある事。
確か魔法陣の事を知った者たちは、行動に制限がかかる可能性があるという話だった。
だから、私たちの事を守ってくれようとしているんだろうけど、大丈夫なのだろうか?
「スキルに問題があるとドルイドもアイビーも言ったが、アイビーの方が重要なんだろう? 誰にも知られたくないスキルを持っている。違うか?」
フィーシェさんの言葉に驚く。
まさか気付かれているとは。さすがに鋭いな。
「はい」
「なら、この問題に関わったと知られないほうがいいだろう。貴族に知り合いがいたり、功労者の知り合いがいたら、力を借りる事が出来るが。ドルイドの隠し玉というのは通り名だからな。それだけでは少し弱い。まぁ、ドルイドかアイビーが功労者本人だったら一番いいんだがな」
ガリットさんの話を聞きながら、首を傾げる。
貴族の知り合い?
功労者の知り合い?
功労者本人?
「あ~、ガリット。アイビーは今言った条件の全てを満たしてるから」
お父さんの言葉にフィーシェさんが眉間に皴を寄せる。
ガリットさんもだ。
「どういう事だ? まさか、貴族に知り合いがいるのか?」
フィーシェさんが身を乗り出す。
「功労者にも? あれ? 全てって事は功労者……」
ガリットさんが困惑した表情で、私とお父さんを交互に見る。
これは正直に話した方がいいな。
「えっと、説明しますね」