395話 ジナルさんの息子
美味しかった~!
初めて、あんなふわっとした柔らかいお肉を食べちゃった。
煮込んで柔らかくするのとはちょっと違ったな。
あまりの美味しさに、ついお代わりまでしちゃって……。
フィーシェさんの顔色が、昼前より悪いのはきっと気のせいだよね?
そういう事にしておこう。
「美味しかったか?」
「とっても美味しかったです。皆さん、ごちそうさまでした」
ガリットさんの質問に、満面の笑顔で答える。
「まさかおかわりされるとは」
聞こえな~い。
お父さんが隣で笑っているけど、おかわりを勧めたのはお父さんだからね。
のってしまった私も私だけど。
「さて、気分転換も出来たし宿に戻って現実と向き合うか。フィーシェ、いい加減にしないと鬱陶しいぞ」
落ち込んでいるフィーシェさんの肩を、ジナルさんが軽くこぶしで叩く。
「何が鬱陶しいだ。あ~、ジナルに払わせるつもりでゲームを仕掛けたのに!」
フィーシェさんの叫び声が周りに響くと歩いていた人たちが何事かと見てくる。
これはちょっと恥ずかしいな。
「煩い。賭けを持ち掛けて、勝手に負けたのはフィーシェだろ。諦めろ」
ジナルさんは容赦ないな。
フィーシェさんが、拗ねちゃってるよ。
「何か欲しい物は無いか?」
ガリットさんが屋台を指しながら訊いてくれるが、今はいらないな。
「いえ、大丈夫です」
「そうか。甘い物もいらないか?」
ん?
もしかしてガリットさんが食べたいのかな?
前に部屋で話した時も、用意していたお菓子を1人で全部食べていたよね。
後でフィーシェさんに文句を言われていたっけ。
「お腹がいっぱいだからいいです。ガリットさんが欲しいなら買いに行きましょうか?」
「いや、いらないならいいんだ。大満足って顔しているな」
「はい。とっても!」
ガリットさんは楽しそうに笑うと、私の頭をポンと撫でる。
そう言えば、フィーシェさんとジナルさんには子供がいると聞いたけど、ガリットさんはどうなんだろう?
「ガリットさんにもお子さんがいるんですか?」
「あぁ、いるぞ。駆け出しの冒険者だ」
冒険者なんだ。
ジナルさんみたいにガリットさんも覚悟しているという事か。
すごいな。
そう言えば、ジナルさんの息子さんの名前って聞いてないな。
あれ?
ジナルさん、一度も息子さんの名前を呼ばなかったな。
「あ~、やっぱりなんか手軽に食べられるものを買って来るな」
宿の前まで来るとガリットさんが、今来た道を急いで戻っていく。
手軽に食べられるもの?
お昼も結構な量があったんだけど、足りなかったんだろうか?
「あれ? ガリットは?」
「手軽に食べられる物を買いに行きました」
私の答えに苦笑するジナルさん。
「ははっ、我慢できなかったか」
我慢?
「ガリットは、甘い物に目がないんだ。手軽に食べられる甘い物を買ってくると思うぞ」
なるほど。
甘いものは別腹って奴かな。
「あれは……」
フィーシェさんの視線を追ってみると、若い冒険者がこちらを睨みながら歩いて来るのが見えた。
何だろう、雰囲気が悪いな。
「ナルガス」
ジナルさんが小さく言葉を発する。
見ると、眉間に皴を寄せて険しい表情をしている。
知り合いのようだけど、仲が悪そうだ。
「久しぶりだな」
「なんで、ここにいる」
「ギルマスに村に来た事を言っておいたが、聞いてないか?」
ジナルさんの言葉に、ナルガスさんと言う人の表情に怒りが混じる。
なんだか殺気までぶつけ合っているようで、体が少し震えた。
そっとお父さんが背に手を当ててくれる。
手の温かさに体から力がすっと抜けた。
「なんでこの村にいる」
「息子が上位冒険者になったからな、祝いに来た」
「祝い? そんなものいるか! 帰れ!」
もしかして息子さん?
この雰囲気という事は、仲が悪いの?
「息子が上位冒険者になったんだ」とジナルさんが言った時、すごく嬉しそうだったのに。
ちょっと驚いたな。
それにしても2人とも随分と表情が硬い。
怒っているのもあるんだろうけど、どうもナルガスさんはジナルさんを拒絶しているみたい。
ジナルさんは、それを諦めているように感じる。
……ところでいつまで続くんだろう、これ。
やる事、あるのにな。
それに、親子喧嘩している暇あるのかな?
息子さんの術を解除したかったのじゃないの?
煽るような事を言ったら駄目なのに。
もう、せっかくナルガスさんが来てくれたんだから、それを利用しないでどうするの!
「ジナルさん、ナルガスさん。いい加減に黙ってください」
言い合いを始めてから、すでに10分以上は経っている。
買い物に行っていたガリットさんも、戻って来たしそろそろ止めて!
「えっ?」
「なんだお前!」
怖いな。
でも、大丈夫。
お父さんが隣にいてくれるから。
「少し興奮し過ぎです。ジナルさん、ナルガスさんに話があるんでしょ? このままでは一向に話が進みませんよ」
「俺にはこんな奴と話す事なんて無い!」
「ナルガスさんは少し黙ってください。ジナルさんが嫌なら私とお父さんから話があります」
「はっ?」
あっ、驚いた表情がジナルさんそっくり。
これを言ったらすごく怒るんだろうな。
「ナルガスさん、上位冒険者ならもっと感情を抑えないと。任務に失敗する事になりますよ」
お父さんの指摘に、苦々しい表情をするナルガスさん。
「すみません。ところであなた方は?」
何とか興奮を落ち着けたナルガスさんは、お父さんと私を交互に見る。
「俺はドルイドで、こっちは娘のアイビーだ。よろしく」
「よろしくお願いします」
「ナルガスです。よろしく」
ジナルさんが関わっていないと素直なのかな?
少し困惑しているけど、ちゃんと答えてくれる。
「ナルガスさん、少し込み入った話をしたいから付いて来てくれないか?」
「込み入った話? どういう話ですか?」
「ここでは無理だ。誰が聞いてるか分からないからな」
ナルガスさんの表情が険しくなると、お父さんをじっと見る。
そして私に視線を向ける。
向けられた視線は真剣で、少し背筋が伸びるような気がした。
「重要な話という事ですか?」
「あぁ、この村で起こっている事でだ」
お父さんの答えにナルガスさんが一瞬だけ言葉に詰まる。
じっと様子を見ると、何か目が濁ったような気がした。
さっきまで、綺麗な鮮やかな青だったのに。
そう言えば、ジナルさんと同じ色の目だな。
「重要って言うほどの事もないのでは?」
「魔物がすぐそばまで来ているのに?」
「あっ、そうですよね。あれ? えっと……」
ナルガスさんの後ろにジナルさんがいるのだが、何か様子がおかしい。
少し視線をずらして、驚いた。
ジナルさんの顔色はかなり悪く、悲愴感が溢れている。
私と目があうと、口に力を入れて何かを我慢するのが分かった。
何だろう、嫌な予感がする。
これは急いだほうがいいのかもしれない。
「ナルガスさん、行きましょう。話をするところを借りているので」
「えっ? いや、だが」
「とりあえず話を聞いて下さい。それから判断したらいいのでは? ね?」
こうなったら子供の我儘という事で、諦めてもらおう。
ナルガスさんの手をギュッと握って歩き出す。
ちらりと隣のナルガスさんを見ると、すごく戸惑っているのが分かる。
大丈夫、私もすごく戸惑っているから。
だって、これどうしたらいいんだろう?
困ったな。
後ろから足音がするからジナルさんたちも付いて来てくれているみたい。
それにほっとする。
「アイビー、昨日のジナル方式でやるか?」
ジナルホウシキ?
あっ、不意打ちでって事か。
なるほど、それがいいよね。
きっと説明を重ねても理解してくれないのは、先ほどの様子で分かったし。
と言うか、様子がおかしくなった。
「それでいきましょう」
あれがもし魔法陣による術の影響だったら、怖い。
ジナルさんたちの反応を見ると、予感があたりそうだけど。