394話 奢ってください
「アイビー、起きられそうか?」
お父さんの声に、ふっと意識が浮上した。
「おはよう……あれ? なんでベッド?」
テントで寝泊まりしているはずなのに。
ここは……あっ、そうか。
昨日はジナルさんたちが借りている一室を借りたんだった。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫。あれ? 今何時?」
窓から入ってくる光の強さに違和感を覚える。
どう考えても朝ではないような気がする。
「昼だよ。昨日は疲れているみたいだったし、起こさなかったんだ。俺も少し寝過ごしたしな」
「そうだったんだ」
久々に寝過ごしたな。
でも、そのお陰なのか頭も体もすっきりしている。
やっぱり寝不足は駄目だね。
「ありがとう。十分に寝たからかな、すっきりした。皆もおはよう」
ソラたちが、私を見てプルプルと震える。
あっ、この子たちのご飯!
「それは良かった。ソラたちのご飯は終わっているから。それとガリットたちが目を覚まして、今ジナルが何が起こっているのか説明してる」
良かった。
お腹を空かせている状態かと焦ってしまった。
「ソラたちの事、ありがとう。ガリットさんたちは大丈夫だった?」
何をきっかけにしたんだろう?
「2人と少し話をしたが、問題は無さそうだ。そうそう、ジナルの奴。朝に起きられないほど飲んだ事をきっかけにしてたよ」
なるほど、非常事態の時は起きられないほど飲まないもんね。
と言うか、飲むこと自体しないよね。
あれ?
起きなかったのは、ジナルさんが睡眠薬の量を間違えたからでは?
「まぁ、細かい事は気にするな」
お父さんを見ると苦笑される。
さすがジナルさん、自分の失敗を上手く隠したな。
「そろそろ、話し合いも済んだ頃だろうから隣に移動しよう。そうだ、昼はガリットたちに奢ってもらうか」
「なんで?」
「迷惑料」
「あはははっ。それいいね!」
起き上がるとベッドを整え、身支度を簡単に終わらせる。
なんだか本当に頭がすっきりしている。
そんなに疲れていたのかな?
ソラたちをバッグに入れて、お父さんと部屋を出る。
隣の部屋まで行くと、お父さんが扉を叩く。
「話は済んだか?」
返事がある前に開けるのは駄目だと思うが、ジナルさんは気にしていないみたい。
私の姿が見えると、嬉しそうに手を振ってくれた。
部屋の中には、顔色の悪いガリットさんとフィーシェさん。
飲み過ぎたせいか、話の内容のせいか、どっちが原因でそんな顔色になっているんだろう?
まさか、睡眠薬を飲み過ぎでとかあるのかな?
どれだろうと、じっと見ていると2人がこちらに向いたので慌てて挨拶をした。
「おはようございます」
「おはよう。悪いな、迷惑かけたみたいですまない」
ガリットさんが申し訳なさそうな表情で挨拶する。
かなり気にしている様子だ。
私を見て顔色が悪くなった。
大丈夫だろうか?
「いえ。大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないかも。こんな失態初めてだ。アイビーもごめんね」
フィーシェさんも項垂れている。
えっ、2人とも落ち込み過ぎでは?
ジナルさんは2人に一体どんな説明をしたのだろう?
不思議に思いジナルさんを見ると、肩を竦められた。
「本当の事しか話していないよ。ほらっ、2人ともしっかりしなよ。これからの事を話しあう必要があるんだから、シャキッとしてくれないと」
ジナルさんが2人に喝を入れるが、なかなか気持ちの整理がつかないようだ。
このままでは、まともな話し合いをするのに時間が掛かりそうだな。
少し気分を変える何かが必要かもしれない。
さっき、面白半分でお父さんが言った事をお願いしてみようかな。
今はお昼みたいだから、お腹も空いているだろうし。
お腹が空いていたら碌な事を考えないしね。
私もお腹が空いているし。
「ガリットさん、フィーシェさん。お昼、豪華に奢ってください」
「よろしくな」
お父さんも乗ってくれた。
ガリットさんとフィーシェさんが、私とお父さんを見る。
「迷惑料ってやつだな。この村で一番いい店でお昼は決定な」
お父さんが意地の悪そうな表情で説明する。
「俺にも奢れよ」
ジナルさんも乗ってくる。
それに頷きかけたガリットさんが、首を傾げた。
うん、疑問に思うよね。
「なんでジナルにまで奢るんだ? お前も迷惑かけたんだからこっち側だろうが!」
「細かい事は気にするな」
ガリットさんがジナルさんを睨むが、まったく効いていない。
それどころか、 馬鹿にしたように鼻で笑われている。
「ずるいぞジナル。お前には奢らない」
少し元に戻りだしたかな?
いや、なんだろう。
少し前より3人ともが粗暴な感じ?
これが調査員としての顔を取り去った3人なのかな?
「なんだかあれだな。最初の印象にかなり騙されたな」
まぁ、それは言えるな。
この3人、どこか子供っぽい?
いや、少し違うな。色々な性格がまじりあっているような、なんとも掴みにくい性格をしている。
「悪いな、3人で奢らせてもらうよ。この村で一番の店だと、大通りの『やんぽ』という店になる。そこは肉が美味いと評判なんだ。そこでいいか? 昼に肉が無理なら夜でもいいぞ」
フィーシェさんが騒いでいる2人にため息を吐きながら、私たちにお店の情報を教えてくれた。
私は昼から肉でも大丈夫。
お父さんを見ても、興味をそそられている様子。
「肉でも大丈夫だ。アイビーもいいか?」
「うん。楽しみ」
実は奢ってもらうのはちょっと気が引けてたけど、ジナルさんたちを見ているとどうでもよくなってくる。
今は3人で誰が一番お金を出すかで、勝負をしている。
ジナルさんとガリットさんの言い合いに、ため息を吐いていたフィーシェさんも参加している。
しかもノリノリのようだ。
と言うか、3人で割り勘にしないのだろうか?
勝負がついてフィーシェさんが項垂れた。
どうやら彼が一番多く払う事が決まったらしい。
「面白いな」
「そうだね」
話し合いが済んだようなので、お父さんと部屋を出る。
宿の外で、3人の用意が済むのを待つ間、周りを見渡す。
「普通だね」
宿の周りを行き来する人たちの様子は、ここ数日変わらない。
昨日まで私たちもそっち側だった。
今は、それから外れてしまったけれど。
「そうだな。普通をこれほど怖く感じた事は無いよ」
お父さんの言葉に頷く。
確かに怖い。
「待たせたな。どうした?」
ジナルさんが宿の扉を開けて出てくる。
そのあとにフィーシェさんとガリットさん。
「いや、変わらないなと思ってな」
「そうだな。まるで何事もない日常の風景だ」
魔物の危機は、すぐそばまで来ているのにな。
犯人は、この村をどうしたいんだろう。
何が目的で?
と言うか、そもそも犯人はまだこの村にいるのかな?
村の人たちの様子を見ていたら、なんの用意もなく魔物に襲われる未来の村が想像できる。
そんな問題を抱えたような村に、いつまでもいたいとは思わないよね。
この村を潰したかった?
それなら上手くいっているのだろう。
「お昼を食べたらここに戻ってきてもらっていいか? 部屋を借りれるように主人に話を付けたから」
ジナルさんの言葉にお父さんが頷く。
テントより確かに安全だろう。
「2人は大丈夫か?」
「俺たちもそれなりの修羅場を乗り越えているから、時間を少し貰えれば大丈夫だ。まぁ、今回ほどデカい失態は今までなかったけどな」
ガリットさんがため息をつくが、先ほどより表情は明るい。
良かった、少しは折り合いがついたみたいだな。
『やんぽ』という店に向かって歩いていると、ジナルさんがお父さんと私の傍に寄ってきた。
「アイビー、ドルイド。今日起きた時に違和感を覚えなかったか?」
「「えっ?」」
違和感?
すっきりした感覚はしたけど、それは疲れがとれたからだろうし。
「すっきりした感覚か?」
えっ!
お父さんも?
「やはりドルイドは感じたんだな。アイビーは?」
「私もです」
「そうか。俺もだ。最初は疲れが取れたからだと思ったんだが、どうもいつもと違うから気になってな。術から解放されたからなのか、他にも何か原因が。分からない事だらけだな」
「そうだな。魔法陣について誰かに訊けないか?」
「王族関係か一部の貴族だな。だが、魔法陣に関わったと知られたら行動を制限される可能性がある」
貴族?
フォロンダ領主なら知っているかな?
でも、行動に制限か。
それは嫌だけど……少し覚悟した方がいいかもしれないな。
話し合いの時に相談してみよう。