392話 隠し玉
「まて、瀕死を回復させるポーションって、あの伝説級の? いや、それは間違いだろう」
「ここにあるのがそうだ。俺のように欠損していなければ、大概の傷は治癒も可能だ。それはオール町で起こった魔物の暴走の時に実証済みだ」
お父さんの言葉に、唖然としてソラを見るジナルさん。
そう言えば、ジナルさんがさっき「魔力を傷つけられた」と言っていたな。
不可侵の魔力を魔法陣で強制的に変える事は、魔力に傷を負わす事になるのかな?
傷なら、確かにソラの出番だよね。
だって、ソラは瀕死のシエルやお父さんの傷を癒したんだから。
魔力の傷を癒せるのかは知らないけど、ソラが出来るって言ったんだから出来るんだろうな。
「ソラはすごいね~」
「ぷっぷぷ~」
ソラとこっそり話していると、お父さんと話をしていたジナルさんのため息が聞こえた。
彼に視線を向けると、頭を抱えている。
何があったのだろうか?
「魔法陣の事で混乱している俺に、そんな情報を話すか?」
お父さんは、いったいどんな説明したんだろう?
「実際に起こった事を話した方が理解しやすいだろう?」
「確かにそうだが、そういう重要な話は、場を設けて契約してからだろうが。俺が悪い人間だったらどうするんだ!」
ジナルさんは信用できる人だね。
仲間になれそうでよかった。
「ジナルなら問題ないと判断した。俺たちとソラたちが」
「だから! ……はぁ、分かった。ソラが息子を助けてくれるという事だな、信じてみるよ。それよりドルイド、お前オール町の隠し玉だろう」
隠し玉?
うわっ、お父さんの嫌そうな顔。
「その顔は正解だな。ドルイドの身のこなしや考え方から只者では無いとは思っていたが、まさか隠し玉と呼ばれている冒険者だったとは」
「ジナルさん、隠し玉って何ですか?」
「オール町には上位冒険者ではないが、それに見合う力を持った冒険者がいると噂されていたんだ。その冒険者の事を冒険者ギルドの隠し玉と呼んでいたんだよ。まさかドルイドだったとは。俺たちも真偽を確かめるために何度かオール町に行ったが、全然会えないし。ギルマスには目を付けられるし散々だったよ」
オール町のギルマスさんって、お父さんの親友のゴトスさんの事だよね。
隠してくれていたんだろうけど、楽しんでそう。
それはもう、すごく楽しんでそう。
それにしても隠し玉?
「アイビー、顔が引きつっているぞ。笑いたかったら笑え。俺だって知らなかったんだからな。ゴトスの奴が勝手に!」
「ぷっ。あはははは」
我慢できずに噴き出してしまった。
だって、お父さんが二つ名を持っていたなんて!
「まさか、オール町から出ているとは思わなかったな」
「まぁ、色々あってな」
「しかも、レアスライム4匹をテイムする娘がいるとか、すごすぎるだろう」
ジナルさんが順番にソラたちを見ていく。
彼だったら大丈夫かな?
「テイムしているのは3匹で、その黒のスライムのソルはしていません。それとその不思議な柄が入っている子は本当はスライムではなくてアダンダラなんですよ」
説明していくとジナルさんの顔が引きつった。
そして、ソラ、フレム、シエル、ソルを見て、最後にお父さんに視線を向けた。
視線が合ったお父さんは、肩を竦める。
「はははっ、そうか。とりあえず今聞いた事は、全てが終わったら契約を結ぼう。今はこれ以上の混乱は遠慮させてくれ」
「了解。まずは目の前の問題を解決しないとな」
お父さんが苦笑を浮かべてジナルさんに賛同する。
確かに、この村の問題を解決しないと先が無い。
「今、解決できるのはガリットたちをこちら側に戻すことだな」
「あぁ、術からなるべく早く解放した方がいいだろう」
お父さんの言葉に何度も頷く。
仲間を増やすこともそうだけど、術は長く掛かっていると大変な事になるみたいだし、今日中に何とかしたい。
「今日の夜中はどうだ? 奴らは飲んでくるから、間違いなく押さえ込みやすいだろう」
「こちらは大丈夫だ。アイビーもいいか?」
「うん。大丈夫。ソルとソラも行ける?」
私の言葉に2匹がプルプルと揺れる。
それを見たお父さんがジナルさんに頷く。
「ジナルの気持ちは大丈夫か? 息子の事もあるし」
「なんだろうな。さっきは遣る瀬無さに押しつぶされそうだった。もしかしたら俺がこの手で息子を殺す可能性もあるのかもしれないと。でも」
ジナルさんが私を見ると、なぜかふっと優しい笑みを見せる。
それに首を傾げる。
「あんな自信満々に言われるとな、信じたくなる。本当に不思議な子だよ」
ジナルさんが私の頭をポンと撫でると、お父さんが苦笑を浮かべた。
私とソラを信じてくれたんだ。
頑張らないとって、私はすることが無いんだけど。
それにしても、「遣る瀬無さに押しつぶされそう」と言ってたけど、そんな風に全然見えなかったな。
気持ちを隠すことが上手すぎるよ、ジナルさん。
職業病かな?
「息子の事、頼むな」
「はい、ソラに頑張ってもらいます」
「ぷっぷぷ~」
ジナルさんと私の間にぴょんぴょんと飛び跳ねるソラ。
信じて貰えてうれしいようだ。
「ガリットたちは今日の夜中だが、息子も一緒か?」
「いや、息子は別の日に頼む」
「分かった。起きないように準備を頼むな」
「あぁ、睡眠薬でも飲ませておくよ」
「えっ?」
飲んで帰ってくるから大丈夫だと言っていたのに?
「俺たちは色々な訓練を受けているからな。部屋にメンバー以外の気配が入ってきたら、どんな状態でも起きる可能性があるんだ」
ほ~、すごいな。
気配に敏感という事だよね。
それって、広場とかで寝たら大変そう。
「分かりました」
「さて、帰るか。今日の夜中、待ってるな」
「はい」
「帰りに少し周りの気配を探ってくれ。術をどうやって俺たちに掛けたのか、分からないからな」
術を掛けた方法か。
そう言えば、隣の子供たちは普通に恐怖を感じていた。
両親は他の人たちと同様に恐怖心なんて無いようだったけど。
どうしてだろう?
「分かっている。ドルイドたちも気を付けてくれ」
「あぁ」
ジナルさんが広場から出ていくのを見送る。
小さくため息を吐くと、ポンと頭に手が乗った。
「疲れただろう?」
「大丈夫」
「無理はしない事。それと少し寝ておこう。夜中まで数時間ある」
「うん」
テントに戻り寝床を準備する。
顔を洗って歯を磨いて、布団に入る。
「「お休み」」
なんだか、一気に色々な事が分かって、それと同じくらい分からないことが増えて。
気持ちの整理も頭の整理も追いつかないな。
出来る事をやるしかないけど、森の魔物の状態を見るとそれほど余裕は無いように感じるし。
今のこの村の状態で襲われたらどうなるんだろう?
そう言えば、門番さんが危機を感じて人数を増やしていたよね?
門番さんたちは危機を感じている?
「アイビー、色々考えたいのは分かるけど、今は寝よう」
「……ごめん」
「いや。ややこしい事がいっぱい起こったから、1つ1つ整理したいのは分かる。でも、寝不足は体に悪いし、魔法陣を仕掛けた奴が、どこにいるか分からないから、体調は万全にしておいたほうがいい」
「うん。お休み」
「お休み」