391話 ソラだから
「いえいえ、楽しかった。ではなくて、えっと、術が解けてよかったです」
あっ、本音が出てしまった。
だって、皆がすごい絶妙な動きで面白かった……て思ったら駄目だよね。
術を解きたかったから仕方なく、協力してくれたんだから。
お父さんが苦笑を浮かべながらジナルさんの縄を解く。
「アイビー、それは黙っていた方がいいぞ」
ジナルさんにジト目で見られてしまったので、すっと視線を逸らした。
「それより、後の2人はどうするんですか?」
「殴るか、それとも薬で眠らせるか……」
ジナルさんの口から、恐ろしい言葉が聞こえる。
いやいや、そんな事をしなくても大丈夫では?
「あの、寝ているところにソルを連れて行けばいいのでは?」
「えっ、普通だね。俺にはあれだったのに?」
ジナルさんは、一体何を求めているんですか!
思わずため息を吐いてしまう。
「それは時間が無かったんですから、仕方なくです」
「まぁ、そうなんだろうけど。何となく納得できない」
少し不服そうな表情のジナルさん。
「ジナル、性格が変わってないか?」
お父さんの言葉に苦笑を浮かべるジナルさん。
「だろうな。術に嵌るという情けない姿を見られたんだ。もう、調査員としての顔はいいだろう」
あぁ、やっぱりずっと調査員の顔だったんだ。
何処となく掴めそうで掴めない性格に感じたのはそのせいなのかな。
「人の心を掴むのが上手いのは、訓練したからですか?」
「いや、違うよ。もともと人に合わせるのが上手かったから、それで調査員に選ばれたんだ」
なるほど、持っていた性格を生かしたのか。
ジナルさんたち3人とも、人との距離の取り方が上手いもんね。
「アイビーは、なんというか……不思議なところがあるよな」
「私がですか?」
不思議なところって何だろう?
特に意識したことは無いけどな。
前の私の記憶があるからとか?
「そう、そこに何となく引き付けられるというか、なんとなく構いたくなるって言うか」
どういう事だろう?
よく分からず、首を傾げてジナルさんを見る。
ジナルさんはふっと笑うと、ポンと私の頭を撫でた。
「それで、どうするんだ?」
「そうだな。いい加減に現実を見ないとな」
お父さんの質問にジナルさんは、深くため息を吐くと表情を険しくした。
あれ、私が考えているより深刻そうなのはなんで?
「真面目な話。確かにあの2人のために、ソルというスライムを貸してもらいたいと考えている。心配なら一緒に宿まで来てほしい。今日はきっと飲んで帰ってきて朝まで寝ているだろうから」
お父さんを見ると、1つ頷いてくれた。
これは私が判断していいという事だろうな。
仲間を増やしたいから、ガリットさんたちの術を解くのは賛成。
ジナルさんが言う通り、飲んで寝ているならちょうどいいような気もする。
途中で起きてこられると面倒くさい事になるからね。
で、ソルだけを預けるのは心配だから駄目。
「私とお父さんも一緒に行っていいんですよね?」
「あぁ、もちろん」
だったら、問題は無いよね。
「それなら協力します」
「ありがとう、助かるよ。あのさ、2人以外にあと1人、息子もいいかな?」
「息子さんですか? 上位冒険者になった?」
「あぁ。どれくらいの期間、術に侵されているのか分からないから、元に戻るか不明だが。助けられるなら助けたい」
親として助けたいと思うのは当たり前だよね。
「お父さん、良いかな?」
「あぁ。ただジナル、覚悟しておけよ」
「分かっている」
何だろう?
何の覚悟?
そう言えば、元に戻るか不明だって。
もしかして長く術に嵌っていると、元に戻せなくなるの?
「お父さん、魔法陣の術に長く嵌っていると何か起こるの?」
「魔法陣による術は本人を変質させることがあるんだ。本来は、けしていじってはいけない場所の魔力をいじくるからな。実際に見た事は無いが、文献によると廃人になったり、手が付けられないほど暴れたりするらしい。……攻撃的になり死をもって止めたと、書かれている文献まである」
そんな。
ジナルさんを見る。
視線が合うと、彼はかすかに笑みを浮かべた。
上位冒険者になった息子さんのお祝いだって言っていたのに……。
「術を解かないとどうなるの?」
術を解くとおかしくなるなら、そのままなら?
「長くはもたないそうだ。力技で変えられた魔力が、体を攻撃するらしいから」
術に嵌っているなら解いたら解決するって、軽く考えてた。
魔法陣による術がこんなに重いなんて。
「よく俺の術を解こうと考えたな。もしかしてと思わなかったか?」
ジナルさんの言葉にはっとする。
そうだ、危なかった可能性があるんだ。
「俺たちより、数日早くこの村に来たと聞いていたから、間に合うと考えたんだよ」
お父さんってすごいな。
私と違ってちゃんと考えて行動してる。
私は、勢いで行動しちゃったから恥ずかしいな。
「お父さん、色々とありがとう」
「ん? 気にするな。アイビーの行動力が無ければ、ジナルはまだ術に嵌ったままだっただろうし」
それはお父さんが何とかしそうだけどな。
「言っておくが、俺だけだったら無理だぞ」
「そうなの? えっ? どうして?」
「考え過ぎて、身動きできなくなるのが俺だからな」
そうかな?
そんな事は無いような気がするけど。
「仲がいいな」
あっ。
これから最悪な結果を目にするかもしれないジナルさんの前で、何をやってるんだか。
私に出来る事って何だろう?
「ソル」
「ぺふっ?」
「3人の術を解いて欲しいの、お願いできる? そのうちの1人がもしかしたら長く術に嵌っている可能性があるんだって。大丈夫かな?」
「ぺふっ」
「ぷっぷぷ~」
ん?
ソラ?
「ぷっぷ?」
何だろう?
何かを伝えようとしているように感じる。
「一緒に来るの?」
「ぷっぷぷ~」
当たった。
「ぷっぷ?」
まだ何か伝えたいみたい。
そもそも、どうしてソラは一緒に来たがるんだろう。
「何か用事でもあるの?」
「ぷっぷぷ~」
あてずっぽうに言ってみたけど当たった。
ソラが用事?
ガリットさんたちに?
「ガリットさん? フィーシェさん?」
反応が無いという事は、ジナルさんの息子さん?
でも、どうしてソラが?
少し記憶を整理しよう。
えっと、ソラが鳴く前ってなんの話をしていたっけ?
たしか、長く術に嵌っている人がいるけど大丈夫か聞いたんだよね。
そうしたらソルもソラも鳴いて……ん? つまり大丈夫だとソラたちは判断したんだよね。
ソルは術を解くから分かるけど、ソラは?
ソラは何が出来ると判断したんだろう。
「もしかしてソラ、ジナルさんの息子さんを助ける事が出来たりするの?」
「えっ?」
「ぷっぷぷ~」
「「…………」」
「なぁ、どういう事だ? 俺の息子を助けられるって……」
あっ、そうだ説明しないと。
でも、本当に助けられるのかな?
もし、無理だったら?
「ドルイドもアイビーもそんな顔をする必要ない。息子に冒険者になると言われた時に覚悟は出来ている」
ジナルさんの言葉に胸が痛くなる。
「ぷぷ~」
不服そうなソラの鳴き声が耳に届く。
ソラを見ると、じっと私を見ている。
あっ私は今、ソラの気持ちを疎かにしてしまった。
ソラが助けられるって判断したのに。
それに、ジナルさんの覚悟も甘く見てる。
「ジナルさんの息子さんの状況は分からないけど、ソラが助けます。ソラならきっと助けられます」
「ぷっぷぷ~」
大丈夫。
ソラならきっと出来る。
「えっと、アイビー? スライムはそのだな」
ジナルさんの戸惑った声。
ソラをもう一度見ると、私を見てプルプル揺れる。
うん、大丈夫。
だって、ソラだもん。
「大丈夫です。だって、ソラだから」
「そうだな。ソラが出来るって判断したんだから、出来るか」
お父さんの言葉にジナルさんが複雑な表情を見せた。
「ジナル。ソラは普通のスライムとは違うから」
「それは見ていたら分かる。意思の疎通がしっかりできているし、どうやら俺の事も認識している。だがスライムはゴミを処理する魔物だぞ? 魔力を傷つけられた息子をどうやって助けられるんだ!」
ジナルさんが険しい顔して叫ぶ。
それを見たお父さんが、マジックボックスを開けてある物を取り出してきた。
そして、それをジナルさんの前に置く。
「これは、ポーション? だが、なんで青く光っているんだ?」
「そのポーションはソラが作った傷用ポーションだ。瀕死ぐらいだったら生き返るぞ」
「はっ?」