389話 魔法陣は怖い
「本当だな。森の状態も聞いているはずなのに、危機感を覚えていないように見える」
問題が起こった場合は、冒険者たちの態度がすぐに変わる。
なぜなら問題が大きければ大きいほど、命を懸ける事になるからだ。
そして今回の問題は、間違いなく命を懸ける事になる可能性が高い。
既に村の傍にまで魔物が来ているのだから。
「俺たちも少し危機感が足りなかったよな?」
「うん。今から考えたらのんびりし過ぎている気がする」
「つまり俺たちも、何らかの術にはまっていたという事か?」
「たぶん。さっき隣の子供たちの会話を聞いたのと、少し違和感を覚えた事で気付けたみたい」
どうして違和感を覚えたのかは不明だけど、よかった。
そう言えば、ソラたちは大丈夫なんだろうか?
「ちょっとテントの中に戻ってますね」
「あぁ、夕飯の用意をしておくよ。どこかに見張りがいる可能性があるから」
お父さんは、普段通りの態度で机の上を片付けだす。
そしてそっと小声で注意をしてくれた。
小さく頷くと、テントの中に戻る。
「ソラ、フレム、シエル、ソル。何か、えっとどういえばいいんだろう? 操られたりしていない?」
いや、この質問は駄目だよね?
でも、他に訊きようが……。
とりあえず4匹を見つめるが、じっとしている4匹。
大丈夫という事なのかな?
いや、質問の仕方が駄目なような気がする。
「えっと、私が操られていたのは知ってる?」
何を訊いてるのよ!
ちょっと混乱している頭をすっきりさせるためにフルフルと頭を振ると、目の前の4匹もフルフル揺れていた。
ん?
「もしかして、知ってたの?」
フルフル。
すごい、知ってたんだ。
「そっか。ごめんね心配かけて」
フルフル。
4匹を順番に撫でていく。
本当に解けて良かった。
ぴょんと目の前にソルが来る。
「どうしたの?」
声を掛けると、ぴょんと私の顔に向かって飛び跳ねてきた。
「うわっ」
驚いて、後ろに体が傾く。
とっさに後ろに手をついて倒れるのを防いだが、気が付いたら頭が何かに包まれている。
ポコポコとまるで水の中にいるような……?
えっ、何事?
一瞬呼吸を止めたが、驚いて息を吐きだしてしまう。
どうしようと焦ったが、呼吸が出来る事に気付いた。
首を動かすことも出来るので、周りを見渡す。
視界は薄暗くぼんやりしているが、ソラたちの姿は見えた。しかし特に焦っている様子は無い。
もしかして、ソルに包まれているの?
でも、どうして?
じっとしていると、ふわっと頭から何かが移動するのが分かった。
「ふ~」
前を向くと膝の上にソル。
じっと見つめるとソルも私を見つめている。
何が起こったのか全く分からない。
きっと意味がある事なんだろうけど、なんだろう?
「ぺふっ?」
操られた事を知っている皆に驚いて、心配掛けたから謝って……。
「あっ、もしかして操られたのを解いてくれたのはソル?」
そんな事出来るのかな?
でもソルだしな。
「ぺふっ」
これは正解という事だよね。
そうか、ソルが解いてくれたのか。
もしかしてお昼寝の時かな?
そう言えば、お父さんもさっきすぐに気付いてくれたよね。
ソルが対処してくれていたから?
それとも何か切っ掛けがあれば、術から解放されるの?
「ソル、お父さんの術も解いてくれたのかな?」
「ぺふっ」
解いてくれたのか。
切っ掛けは関係ないのかな?
ん~、でも違和感があったけど子供たちの話を聞かないと解けなかったよね?
「アイビー、どうした? 開けていいか?」
テントの外から声がかかる。
「いいよ」
そう言えば、ソルはいつお父さんの術を解いたんだろう?
テントの入り口が開いてお父さんが顔を出す。
「夕飯出来たぞ。どうしたんだ?」
「あのね、聞きたいことがあるんだけど。お父さんも昼寝したの?」
「あぁ、気付いたら寝てた」
なるほど、術から解放されたのは昼寝の時か。
「私とお父さんの術を解いてくれたのはソルみたいなの」
「ん? そうなのか? まぁ、ソルだしな。そんな事が出来ても不思議じゃないか。ソル、ありがとうな」
「ぺふっ、ぺふっ」
「そう言えば、ソルは魔力を吸収するスライムだったな」
お父さんが納得したように何度か頷く。
術を解くのに魔力を吸収する必要があるのだろうか?
首を傾げていると、
「まずは腹ごしらえをしよう。ソル、俺たちはまた操られそうか?」
ソルを見るが特に動くことなくじっとしている。
これは「操られない」という事だろう。
それにほっとすると、お父さんも安心したような表情をした。
ソラたちのポーションと、ソルのマジックアイテムをバッグから出すとテントから出る。
「お待たせ」
「食べよう、お腹空いた」
「うん。わっ、良い香り。お父さんも料理、上手だよね」
「1人暮らしが長いし、冒険者は体が資本だからな」
投げやりな生活をしていたお父さんだけど、食生活はしっかりしているよね。
確か師匠さんに叩き込まれたって言っていたな。
「「いただきます」」
野菜もお肉もじっくり煮込まれているので美味しい。
「お父さん、美味しい」
「それは良かった」
ゆっくりと食事を堪能して一緒に後片付けをする。
いつも通り、お茶を飲んで少しゆっくりしてからテントに戻る。
意識していつも通りを演じるのはちょっとしんどい。
テントに入ると大きなため息が出た。
「ご苦労様。気配から見張りはいないとは思うんだけどな」
「うん。こちらを窺う気配はなかったよ」
それでも警戒は必要だもんね。
お父さんの料理は美味しかったのに、堪能できなかったな。
「お父さん、警戒心を薄れさせる術なんてあるの?」
危機が迫っているのにのんびりしていたから、そういうモノだと判断したけど、そんな術があるなど噂でも聞いたことが無い。
「俺も知らないんだ。ただ、状況からそういう術があるのかもしれないと思っただけだ」
お父さんも知らないのか。
そう言えば、魔法陣ってどういうモノなんだろう?
「魔法陣はどうやって人を従わせるの?」
一般的に奴隷には奴隷の輪が使われる。
その輪には専用の魔法が組み込まれていて、本人の魔力を使って永久的に輪に組み込まれた魔法が発動されるそうだ。
そう言えば、専用の魔法と聞いたけど、それが魔法陣?
「魔法陣については、よくわかっていないんだ。ただ、本人の魔力を強制的に捻じ曲げる力があると言われている」
「えっと?」
どういう意味だろう?
私の魔力を、強制的に捻じ曲げる?
それが指示に従わせることになるの?
いや、そもそも魔力を強制的に捻じ曲げるって何?
……さっぱり分からない。
「俺たちの体や心を守っているのは魔力だと言われているだろう?」
「うん。その魔力は誰にも侵される事は無く、本人でも干渉できない」
私が私で在れるのは、その魔力が守っているからだって聞いた。
「そう。その魔力に魔法陣は干渉できると言われているんだ。つまり人を作り変える事が出来るとも」
「えっ?」
「奴隷の輪はそこまでの干渉は出来ない。ただ、本人の意思に向かって命令を強制的に施すだけだ。だから魔力が強い者には、魔力を抑え込む魔法が奴隷の輪に組み込まれている。そうしないと命令を力で跳ね飛ばしてしまうからな。だが魔法陣は根本から作り変えるから、その心配は無いらしい。まぁ、本当かどうかは分からないが」
なんだかすごい話になってきたな。
それにしても魔法陣って怖い。
「分からないの?」
「魔法陣は禁忌だ」
「禁忌?」
「そう。持つことも利用することも研究することも禁止されている」
確かにそんな魔法陣が溢れたら大変な事になるもんね。
「あれ? 魔法陣はどうやって誕生したの?」
そんな危険な魔法陣を誰が作ったんだろう?
「魔法陣は、遥か昔に作られた古代の魔法と言われているんだ」
古代の魔法?
私たちが使っている魔法の元という事?
「今晩は。少しいいか?」
あっ、ジナルさん?
「ちょっと待ってください」
ジナルさんたちもきっと操られているよね。
どうしよう?