386話 問題が多すぎ!
「で、この噂どう思う?」
ガリットさんがお父さんに訊く。
お父さんが小さくため息を吐く。
「死体に見えたのはゴミでしょう。布をかぶせてしまえば見え方はその人次第ですからね。あえてそう見えるようにしたのかは、分かりませんが。そしてそのゴミは村の捨て場ではない場所に捨てられた。そのため、捨て場のゴミが増えなかった。それがテイマーたちに違和感を覚えさせた」
お父さんの答えを聞いて、ジナルさんが嬉しそうに笑いフィーシェさんが少し残念そうな表情をした。
この表情ってもしかして……、
「賭けでもしてました?」
ジナルさんたちは、少し視線を彷徨わせてにへらと笑った。
広場にいる冒険者たちが、賭けの結果が出た時によく見せる表情に似ていると思ったら正解だったのか。
「うわっ、最悪」
「本当に最悪」
お父さんに続いて言ってみる。
「ごめん、ごめん。いつもこんな感じなんだよ」
うん、そんな感じがするなと思い「ふふっ」と笑ってしまう。
それにしても、相手の懐に入るのはうまいな。
ある意味怖い人たちだよね。
「でっ? ジナルさんたちの意見は?」
「俺たちも同じ意見だ」
ジナルさんがお父さんに答える。
やっぱりそう考えるよね。
「あの、確認したいんですが」
ジナルさんの目をじっと見る。
「この村のギルマスさんと団長さんはどんな方たちですか?」
村がこんな状態なのに、喧嘩していると噂されているこの村のトップ2人。
何か理由があるのか、ただ仲が悪いのか。
「それがな」
ジナルさんが、眉間に皺を寄せて首を横に振る。
その態度に首を傾げる。
「2年前に今のギルマスに代わったんだが」
「なんというか」
ガリットさんもジナルさんもなんとも歯切れが悪い。
お父さんも不思議そうに3人を見る。
「俺の知り合いだ。昔から知っている」
フィーシェさんの知り合いなのか。
「実力もあったし、正義感もあった。ギルマスになる覚悟もある奴だった」
何だろう?
すごく悔しそう。
「2年ぶりに会ったら最低な奴に成り下がってた。奴は村の問題に興味が無いようだ」
フィーシェさんが何かを耐えるような表情をする。
ジナルさんとガリットさんは、どこか諦めた表情だ。
「興味がない?」
何だろう?
何か違和感を覚えるな。
「だが、このまま魔物が暴走を続けたら」
お父さんの言葉にジナルさんが頷く。
そうだ、このまま魔物が暴走を続けたら間違いなく村が襲われる。
そうなれば、村の存続に関わってくるのに。
「おそらくゴミの事も知っているだろう。だが、対策はしていない」
ガリットさんが空になったコップを手で転がす。
「ギルマスの権限を剥奪したいが、王都にあるギルドの総本部に行かないと出来ないしな」
ジナルさんの言葉に、フィーシェさんが小さなため息を吐いた。
「ギルドの総本部?」
「アイビーは知らないか?」
「はい」
「冒険者ギルドと商業ギルドの決まりなどを決定しているところだよ。ギルマスに問題ありと報告しておくと、調べてくれて問題ありと判断されると権利を剥奪してくれるんだ。まぁ、この村の状態では村から出られないから報告に行けないけどな」
「ファックスで連絡するのは駄目なんですか?」
「『ふぁっくす』を使用していた時期はあったんだが、悪用された事があってからは対面での報告が義務化されたんだよ」
いつの時代も、愚かな事をする人がいるのだな。
「そうだったんですか」
「団長の方は?」
お父さんの質問に3人が首を傾げる。
「それが、病気で会えていないんだ」
「病気? だったら副団長がいるだろう?」
「それが、不在なんだ」
ジナルさんが少し苛立たし気に言う。
「不在?」
なんとも言えない表情をするお父さん。
それはそうだろう。
団長に何かあった場合に動くのが副団長だ。
なのに不在?
「居なくなったんだ」
なるほど、居なくなった。
ギルマスがおかしくなって、団長が病気で副団長が行方不明?
なんだかすごく嫌な感じだな。
何だっけ?
あっそうそう、陰謀が渦巻いているような。
誰かが裏で糸を引いているような?
駄目だ、『小説』の読み過ぎだね。
……えっ?
『小説』なんて、そんなに読まないよ?
というか、読んだ事は無いよね?
「『風』は上位冒険者以外の調査もするのか?」
お父さんの言葉に考え込んでいた意識が戻る。
何の事だろう?
「察しが良いな。俺が息子の祝いをするためにこの村に行くことを知った上が、この村の事を調査して来いと無理やり仕事を入れてきやがった。あの腐れジジイが」
ジナルさんが不服そうに口をとがらせる。
村の調査もするんだ。
「いいじゃないか。このままだったらあいつだって被害にあっていた可能性がある。俺たちがいれば、何とかなるかもしれないだろう?」
あいつって息子さんの事かな?
確かにこのままだと村は魔物に襲われる可能性が高い。
上位冒険者になっているのだったら、間違いなく前線での対応になる。
「何とかなりそうにないんだがな」
ジナルさんの表情が険しくなる。
その様子から、この村がかなり悪い状況になっている事が分かる。
思ったより深刻かもしれないな。
「なるほど、それで他から見た意見を聞きたいのか」
「そう、俺たちも色々考えてみたが八方塞がりでな」
ガリットさんが、お父さんをじっと見て続ける。
「魔物の正体が全く掴めないんだ。最近の研究で凶暴化しても元の魔物の苦手な物はそのまま継続されることが分かっている。だから魔物が分かれば、何とか対処できるかと思ったんだが。その魔物の正体が全く不明なんだ。なんなんだ、近づいても気配も掴めないって、ありえないだろう」
魔物としてありえない魔物か。
そう言えば、ゴミはどこに行ったんだろう?
「あの、ゴミが捨てられた場所は掴めたんですか?」
「えっ?」
私の質問に3人がきょとんとした表情をする。
何だろう?
おかしな質問でもしたかな?
「アイビーは、冷静だな」
「冷静ですか?」
フィーシェさんの言葉に首を傾げる。
別に冷静ではないと思う。
「この村が危ない事は理解しているだろう?」
「もちろん」
魔物が迫っているのに、危険を感じない人はいないでしょ。
あれ?
ギルマスさんも危険を感じているはずだよね。
だって、何かあればギルマスさんは前線に立つんだから。
そしてこのままいけば、何かが起こる可能性が高い。
命が危険にさらされているのに、興味がない?
そんな人いるのかな?
本当に、何もしていないのかな?
……何も出来ない?
したくても出来ないとか?
「アイビー?」
「はい?」
「……話を聞いてたか?」
あっ、「いえ、まったく」と答えていいのかな?
とりあえず、笑って誤魔化そう。
「へへっ」
「可愛いけどね」
フィーシェさんに苦笑された。
「危険と知っても、何が起こっているのか知ろうとしているから冷静だと思ったんだよ」
「あぁ、なるほど」
冷静に対処出来ているかな?
「たぶん、危険だとまだ実感していないからだと思います。話を聞いて頭では理解しているつもりでも、心ではどこかで大丈夫だ、守ってもらえると考えているんです。だから冷静に対応できているんです」
うん、危ないとは思うけど、それが実感できていない。
もっと危機感を持たないと駄目だな。
「冷静だな」
「あぁ、冷静だな」
ジナルさんとガリットさんがじっと私を見る。
フィーシェさんまで何か感心している感じだ。
お父さんは、満足そうだけど。