385話 協力
お茶を入れ直してそれぞれの前に置く。
ジナルさんをそっと窺うと、小さくため息をついている。
どうも落ち込んでいるように見える。
お父さんを見ると、苦笑された。
なんとも言えないこの空気、どうしたらいいのだろう?
「しかし、客観的に見たらジナルは変態に見えるのか」
フィーシェさんの言葉にガリットさんが頷く。
この2人、ジナルさんの仲間だよね?
止めを刺してどうするの?
「お前らな」
ジナルさんの声が、恐ろしいほど低くなっている。
「いや、だって。そうだろ?」
フィーシェさん、お願いだからそこで私を見ないで下さい。
お茶を持ってゆっくり飲む。
美味しい、ホッとするよね。
うん、今は前を向くのは止めよう。
お茶だけを見てお茶を楽しもう。
「そういえば、なんの話をしてたんだっけ?」
ガリットさんがお菓子を食べながら、全員を見渡す。
そう言えば、なんだっけ?
「あれ?」
フィーシェさんも首を傾げている。
それを見ていたジナルさんが、大きくため息をついた。
「ドルイドがなぜ上位冒険者になっていないか、調べていたんだろうが」
そうだった。
さっきまですごい緊張感がある空間だった。
「あ~、そんな話だったな。で、スキルの問題だっけ?」
フィーシェさんってどこまでも軽いな。
空気を明るくする感じ?
いや、違うな。
今までの行動を見ると、悪くしてる気がする。
「スキルの問題で上位冒険者にはならなかったと言ったんですよ」
「それなんだが、冒険者登録したらスキルはばれるよな?」
ガリットさんの言葉にお父さんが頷く。
「でも、上位冒険者でない限り地元に記録が残るだけですから」
「あっ、なるほど。確かに上位冒険者だと周りの村や町、国にも報告されるからな」
ジナルさんが、納得した表情で頷く。
「えぇ、それだけは嫌だったので。地元のギルマスが友人だったこともあり、上位冒険者にはならずに済みました」
「なるほどな。最初から訊いていれば変態にならずに済んだのにな」
フィーシェさんの言葉に青筋を浮かべるジナルさん。
それににやりと笑うフィーシェさん。
ガリットさんは2人のやり取りに呆れている。
「えっと」
止めた方がいいのか悩んでいると、ガリットさんが私を見て首を横に振る。
「気にしなくていいよ。この2人はいつもこんな感じ」
「そうなんですか? ジナルさんはもっと冷静な方かと思っていました。見た目と違いますね」
「……さらっと毒、吐いた」
「えっ?」
毒?
私が不思議そうにガリットさんを見ると苦笑された。
もしかして、私の発言に問題があったのか?
あっ、見た目と……ジナルさんを見るとニコリと笑われた。
笑みを返しておこう。
お茶は冷めてしまっていた。
「そういえば、訊きたいことが」
お父さんが前に座る3人を見る。
ガリットさんが、最後のお菓子を食べながらどうぞと手で合図する。
「あなたたち『風』は調査員ですか?」
調査員?
私が首を傾げると、ジナルさんたちが顔を見合わせる。
「なんでわかった?」
「上位冒険者の事にやたら詳しそうだったので、何となく他の上位冒険者と雰囲気違いますし」
私の知っている上位冒険者ってラットルアさんたちだけど、雰囲気違うかな?
私には分からないや。
「ドルイド。君、そうとうな修羅場乗り越えてきているな。普通は気付かないと思うぞ」
ジナルさんが眉間に皴を寄せてお父さんを見る。
修羅場か。
お父さんを見ると、きまりが悪い表情をしていた。
投げやりな生き方をしてきたお父さんは、確かにいっぱい修羅場を経験していそう。
「まぁ、昔はな。で?」
「あぁ、正解。俺たちが上位冒険者の調査を請け負っているよ」
上位冒険者の調査?
私が首を傾げるとジナルさんが教えてくれた。
上位冒険者というだけで人から尊敬される存在になる。
だが、全ての人がそれに値するとは限らない。
上位冒険者という立場で悪い事をする者たちもいる。
それらを調べていくのが、ジナルさんたちの仕事らしい。
大まかに説明されたけど、つまり人となりを調べるってことなのかな?
結構大変な仕事だよね。
「知られて良かったのか?」
お父さんの言葉にジナルさんが首の後ろを掻く。
どうやら秘密の事らしい。
「誰にも言いませんよ。ねっ、お父さん」
「あぁ」
「それにしても、大変な仕事をしているんですね」
人となりを調べるなんて、すごく大変そう。
「そうか? 人の粗を探すのは楽しいよな?」
ガリットさんの言葉に頷くジナルさんとフィーシェさん。
あれ?
ジナルさんだけじゃ無くて、ガリットさんもいい性格してるのかな?
もしかして全員、お腹真っ黒?
お父さんを見ると、ゆっくり頷かれた。
なるほど、『風』って怖い。
「ん? どうかしたのか?」
ジナルさんが不思議そうに聞いてくるが、首を横に振る。
最初の印象って当てにならないな。
そう言えば、いつの間にか全員が砕けた話し方になっているな。
警戒心が強いお父さんも。
本来の性格を引き出すのが上手いのかな?
だから調査員なのかも。
「アイビーは鋭いね」
あっ、さん付け止めた。
それにジナルさんも鋭いよね。
私、何も言ってないのに。
「どうして今回は、あれが発揮されなかったんだろうな?」
「いつもなら、見極められるのにな」
ガリットさんとフィーシェさんがジナルさんを見て首を傾げる。
「アイビーが可愛かったからか? それで判断能力が落ちた?」
「そうなるとやっぱり」
「いい加減にしろ! 失敗ぐらいある」
ジナルさんをいじるガリットさんもフィーシェさんも楽しそう。
ジナルさんも本気で怒っていないようだし。
なんだか、のんびりした空気だな。
この部屋に来た時と全く違う。
「それで、他には?」
お父さんが訊くと、ジナルさんたちが首を傾げる。
あれ?
確か確認したいことと相談したいことがあるって言っていたよね?
確認がお父さんの事だと思うから、後は相談だよね?
「相談があると言わなかったか?」
「あっ! そうだった。意見が聞きたかったんだ」
相談ではなく意見か、なんだろう?
ジナルさんが、咳ばらいをして私たちとしっかり目を合わせる。
「村の噂やギルマスたちの話を聞いて、気になることが数点あるんだ。ドルイドは経験も知識もありそうだから協力を仰ぎたい」
お父さんは3人を順にみて、何度か頷く。
「分かった。協力できる範囲で協力する」
「ありがとう。えっと、アイビーは」
「一緒に話を聞く事と、アイビーも参加することが条件だ」
お父さんの言葉に、少し考えこむジナルさん。
フィーシェさんもなんだか複雑そう。
「アイビーは9歳だが、色々な事を経験してきている。だから問題ない」
まぁ、経験はしているな。
この年齢で言えば豊富なのかな?
嬉しくないけど!
「「「えっ?」」」
「まぁ、色々あるから」
「そうか」
お父さんと私の雰囲気に何か感じたのか、ガリットさんが頷く。
ただ、なんとも言えない表情だ。
「えっと、とりあえず噂の事だが。捨て場のゴミの量の噂と夜中に死体を運び出している冒険者の噂だ。ここまでで気になる事は?」
ジナルさんがじっとお父さんを見る。
ゴミの量の噂は知っているけど、死体を運ぶ冒険者?
「私たちが聞いたのは冒険者ではなくお化けでした」
「あぁ、そうだな。あとゴミの量の噂は俺たちも聞いている」
何処でお化けが冒険者になったんだろう?
私が聞いた噂は、実際に見た人が話していたはず。
ならお化けは見た人の意見って事だよね?
確か黒いお化けだったかな?
「知っていたのか」
「俺たちも噂については調べましたので」
「さすがだな」
ガリットさんとフィーシェさんが、感心した表情をする。
そう言えば、お化けってどんな姿なんだろう。
黒い……違うな。
真っ白い服を着て足が無くて……あれ?
「400話、おめでとう」の感想ありがとうございます。
感想見て慌てて、確認しました。
また、「本を購入しました」のコメントもありがとうございます。
コロナのため、流通に支障があり届くまで時間が掛かるところもあるようです。
もうしばらくお待ちください。
これからも、どうぞよろしくお願いいたします。