378話 メルメのタレ漬け
店主さんはコウルさん。
年齢は22歳で奥さんが幼馴染のリジーさんで同じく22歳。
ご夫婦でメルメ専門の肉屋をやっていて、2人の両親はメルメの畜産をしている。
人が多くなったハタカ村では食料不足が懸念されているらしく、数年前からメルメの畜産が村長の指示で行われたが、硬さと味の悪さでいまいち人気が出ず、今では村のお荷物とまで言われ始めているので心配。
コウルさんとリジーさんのご両親がメルメの畜産に参入したのは、村長の奥さんにお願いされたため。
リジーさんのお母さんが昔、村長の奥さんにお世話になった事があるらしい。
村長さんも、メルメを何とか美味しく食べられないかと、研究しているそうだが、いまだ解決策は無し。
畜産から撤退する人も出てきているが、人口が増えている以上後にも引けない状態になっている。
という事を、コウルさんは怒涛の勢いで話してくれた。
よくあれだけ口が回るなと感心してしまった。
「えっと、簡単に纏めると、ハタカ村のためにメルメを美味しく食べられるようにする方法が知りたいという事でいいですか?」
お父さんが話を纏めてくれたけど、簡単にしすぎでは?
もっと色々説明してたよ?
途中聞き流したけど、奥さんの自慢もあったような。
「はい、そうです。あまり高額だと買えませんが、お願いします」
かなり端折られたのに、気にしないんだ。
まぁ、伝えたいことは伝わっているからいいのかな?
お父さんが私を見る。
えっと、調理方法だったね。
でも、私としては調理方法を買ってもらうつもりはない。
「あの……コウル?」
女性の声に視線を向けると、店の奥から女性が顔を出している。
もしかして奥さんのリジーさんかな?
「お邪魔しています」
「えっと、はい?」
困惑気味の、おそらくリジーさんと思われる女性。
どう説明したらいいのかとお父さんを見ると、お父さんも首を傾げていた。
この場合は、コウルさんがするのかな?
コウルさんを見ると、なぜか必死な表情で私を見ている。
えっ?
気付いてない?
「リジーさんでよろしいですか?」
お父さんが女性に話しかけると、驚いた表情で頷くのが見えた。
やはりコウルさんの奥さんリジーさんだった。
お父さんがコウルさんとのやり取りを説明すると、少し呆れた表情でコウルさんを見た。
コウルさんもリジーさんが来たことにようやく気付いたようで、ちょっと居心地が悪そうにしている。
「すみません。この人はちょっと思い込みが激しいけれど、決して悪い人ではないので」
コウルさんを見ると、目が泳いでいる。
なんだかこれまでも色々やってそうだな。
とりあえずは、私の気持ちをちゃんと伝えておこう。
「コウルさん、調理方法ですが、無料で教えますよ」
「えっ! いいんですか?」
私の言葉にリジーさんが私を窺うように見る。
味が心配なのか、コウルさんが騙されないか心配なのか。
どうしたら、リジーさんの心配を減らせるかな?
「そうだ。今日の夜ですが、時間があるなら広場に食べに来ませんか?」
コウルさんの家にお邪魔するなんて言えば、リジーさんは警戒するだろう。
きっとコウルさんは気にしないだろうけど。
広場だったら、何かあってもハタカ村の自警団の人がいる。
リジーさんも安心だと思う。
「えっ、それだったら家で」
「いえ! 広場でお願いします」
もう、奥さんの顔をちゃんと見て。
すごく心配そうな表情をしてるから。
ちらちら、リジーさんを見ているとふと視線が合う。
じっと私を見て、なぜか楽しそうな笑みを見せた。
「ふふっ」
「ん?」
リジーさんが小さく笑うと、それまで彼女にあった警戒心が無くなったような気がした。
もしかして、私の考えが分かったのかな?
「えっと、では今日の夕方に広場に伺います」
リジーさんが承諾の返事をすると、コウルさんは納得がいっていない表情を見せる。
「リジーさんは大変ですね」
お父さんがしみじみと言った言葉に、リジーさんが苦笑する。
色々あったんだろうな。
「では、また広場で」
広場でのテントの場所を大まかに説明して、店が終わる時間を聞いて肉屋を出る。
「手伝うけど、料理は間に合うか?」
コウルさんの店で少し長居したので、思ったより時間がたっているみたい。
でも、メルメのタレ漬けは焼くだけだし、スープは野菜を少し小さく切れば、問題ない。
サラダも葉野菜を切って、ソースは少し味を足すだけでいいし。
「大丈夫。それより同意も得ずにコウルさんたちをごはんに誘うような事してごめんね」
「いや、そうなるだろうなって思ったから」
私ってそんなに分かりやすいのかな?
「アイビーが困っている人を放っておく事は無いからな」
「そんな事ないよ。私ではどうする事も出来ない事には、手を出さないよ」
ぬか喜びさせちゃうだけだもんね。
私は万能ではないから、出来ない事はいっぱいある。
だから出来る事なら精いっぱい手伝いたいとは思うけど。
今回は、私の知識が役立ちそうだから手伝うだけ。
「優しい自慢の娘だね」
不意の言葉に、お父さんを見上げる。
「顔が真っ赤だよ」
お父さんに頬をつんと突かれる。
「もう、急いで帰って頑張って作るよ!」
広場に向かって歩みを速める。
両手を頬にあてると、熱が上がったような気がした。
…………
机の上の料理を見て頷く。
これで焼きおにぎりが焼けたら完了。
お肉もスープもあるし大丈夫だよね。
「アイビーさん」
名前を呼ばれたので振り向くと、カゴを持ったリジーさん。
その隣には、料理を見つめているコウルさん。
「今日は夕飯に招いてくれてありがとう。これどうぞ。ナッツンです」
ナッツン?
カゴの中からは木の実の香ばしい香りがする。
カゴを受け取り、布をずらして中を見ると、木の実を混ぜ込んだクッキーのようだった。
「ありがとうございます。食後に一緒に食べましょうね」
私が軽く頭を下げお礼を言うと、嬉しそうにほほ笑むリジーさん。
でも、料理に近付こうとしたコウルさんの腕を掴んでいる手は、力が込められているのか白くなっている。
本当に大変そうだね、リジーさん。
「お待たせ」
リジーさんとコウルさんに椅子を勧めていると、焼きおにぎりを乗せたお皿を持ったお父さんが来た。
皿を机に置くと、2人がなんとも不思議そうな表情で焼きおにぎりを見つめている。
そうだ、米も紹介しておこう。
米は簡単に育てられるって言っていたから、食料問題に役立つはずだ。
「えっと、メルメのタレ漬けと焼きおにぎりとスープです。どうぞ」
「「「いただきます」」」
コウルさんがメルメの肉を持って香りをかいで、驚いた表情をする。
「本当にあの嫌な匂いがしない」
「本当、すごい」
リジーさんもちょっと興奮した声を出す。
2人が食べるのを、ドキドキしながら見守る。
お父さんもジナルさんたちも美味しいと言ってくれたけど、初めての人に振る舞うのは緊張する。
「柔らかい、それに美味しい。ちょっと癖があるけど、それがいいわ」
リジーさんが、コウルさんの肩をバシバシ叩きながら、感想を言ってくれる。
良かった、リジーさんの口に合ったようだ。
「本当にすごい。ここまでの味だとは思わなかった」
コウルさんが嬉しそうにメルメを口に運ぶ。
リジーさんもコウルさんの隣で嬉しそうにメルメを食べ続けている。
その表情や仕草を見て、お父さんと笑ってしまう。
喜ぶ時や、美味しそうな時の仕草がこの夫婦一緒だ。
「面白いな」
「そうだね、ここまで仕草が似てるのって珍しいよね。幼馴染だからかな?」
「そうかもな、小さい時から一緒にいるから」
なるほど。
それにしても……よく食べるな。
「足りるかな?」
「もうないのか?」
お父さんがメルメのタレ漬けを、私のお皿にのせてくれる。
「あと3人前ぐらいかな」
「そうか」
前の2人を見る。
全部、焼いてこようかな。